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『僕の周りの怪異たち〜学校の怪談や都市伝説と、なぜか普通に友達やってます〜』  作者: ハジェリ


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第五話 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

皆さん、こんばんは。はじめです。


そんなこんなで僕は今、学校に来ました。行動力の高さは割とある方です。これから花子を解放できるか、実践していきたいと思います。


だけど花子のもとへ行く前に、まずはあの人の気持ちの確認というか、許可を得なくてはいけない。


*


夜の校舎は、昼間とはまるで別の場所のように感じられる。廊下には人の気配がなく、遠くから聞こえる物音もない。自分の足音だけが、やけに大きく響いていた。


目的の教室の前で立ち止まり、扉に手を伸ばす。


コンコン。


「失礼しまーす」


ノックをして声をかけ、扉をガラガラと開けた。僕が来たのは音楽室だ。


「こんばんは。境はじめです」


挨拶をして、月明かりが差す室内を見渡す。整然と並んだ机と椅子、壁に掛けられた音楽家たちの肖像画。そして、部屋の奥に置かれたグランドピアノ。どれも見慣れた学校の備品なのに、夜の静けさの中では妙に存在感がある。


すると、ピアノから軽やかで少し物憂げな旋律が流れ始めた。


同じ音を行き来する短いフレーズ。そこから少しずつ音が下がり、ためらうように途切れては、また最初の旋律へと戻っていく。誰も座っていないはずのピアノから、鍵盤を叩く音だけが静かな室内に広がっていた。


「……あっ、これ知ってる」


親しみやすく、それでいてどこか切ない。聴き覚えのあるその曲は、ベートーヴェンの『エリーゼのために』だった。


先ほどまで誰もいなかったピアノの椅子に、ぼやけた何かが現れた。最初は人影のようにしか見えなかったが、演奏が続くにつれて少しずつ輪郭がはっきりしていく。やがて、そこに座っている人物の姿が明確になった。


ひとしきり弾き終えると、鍵盤から手が離れる。余韻が消えていくのを待つような短い沈黙のあと、低く穏やかな声が聞こえた。


「当然だ。私の代表作の一つだからな」


「ベートーヴェン」


確かにそこにいたのは、あの有名な肖像画の巨匠、ベートーヴェンだった。


思わず本人の姿を見つめていたが、ふと違和感を覚えて壁に目を向けた。天井に近いところに飾られた額縁の一つ。そこには描かれていたはずの人物の部分だけが、黒くくり抜かれたようになっていた。


そして、その穴から飛び出してきたように、顔だけ二次元のベートーヴェンがこちらを見ている。


身体は立体的なのに、顔だけは肖像画そのままの平面的な絵。輪郭も表情も、絵の中から切り取られたように見える。どうなっているかは説明できないので、どうにかして想像してほしい。


「はじめ君。どうも、はじめまして。君の話は耳にタコができるほど聞いているよ」


「あー、花子にですよね。変なこと言ってないといいですけど」


「……」


「え?なんですか、その間は?」


「いや、マットフェチ……とか」


「マット、フェチ?」


「他にもいろいろ聞いてはいる。だが、マットフェチとは何なのか気になっていたんだ」


「いや、僕が知りたいくらいですけどね。どちらかというと怪異好きです。マットの人は気になるけど、マット自体には興味ないですね」


「……なるほど。シチュエーション的なことに使いたい変態さんかと思っていた。安心したよ」


シチュエーション的な変態さんマットフェチ少年はまずいな。やってくれてるよ、花子。


「誤解が解けてよかったです」


「あぁ、ところでこんな時間に生徒が学校にいるなんて、よほどの理由があるのだろう?」


「はい。実は――」


僕は要点をかいつまんで端的に説明した。レポートを見せたら早々に嫌な顔をされたからね。


花子のこと、校外へ連れ出したい理由、そしてハロウィンに映画を見せてあげたいこと。余計な話を広げないよう、必要な部分だけを選んで伝えた。


ベートーヴェンは途中で口を挟むこともなく、僕の話を静かに聞いていた。肖像画のような顔からは感情を読み取りにくい。けれど、こちらの言葉を一つずつ受け止めているような、不思議な重みがあった。


説明を終えると、ベートーヴェンは腰を上げ、突然、鍵盤を叩いた。


ジャジャジャジャーン!


静寂を切り裂くような音が音楽室いっぱいに響き渡る。あまりに唐突だったので、僕の肩がびくりと跳ねた。


「……『運命』だ」


「いかにも。正確には交響曲第5番ハ短調作品67……だがね」


得意げにこちらを見るベートーヴェン。いや、本人が弾いているの、冷静に考えるとすごいことだぞ。いくら大枚を積んだって、聴くことは叶わない。その道の方々が泣いて喜ぶ対面ソロコンサートだ。


「そういえば話それますけど、ずっと気になってたこと聞いていいですか?」


「あぁ、かまわんよ」


「耳、聞こえるんですね」


「晩年は聞こえなかったがね。間際の形態でなくてはならない決まりはないだろう」


「なるほど。これまた重要なデータですね。縛りはあるのに、融通は利く。とてもいい兆候です」


「そうだな。先ほどの話にもつながるかもしれないが、花子くんを校外へ連れ出すには、前向きなエネルギーが不可欠だろう。そして、君こそがまさに『運命』だ」


ジャジャジャジャーン!!


また鳴らした。


この人、決め台詞のたびにピアノを鳴らすつもりなのだろうか。しかも、さっきと同じところを。演出としてはわかりやすいけど、本人がやっていると思うと妙に面白い。


「その、大変聞きにくいことを聞きますけど。花子を外に連れ出して、嫌だったりしますか?嫉妬とか、羨望とか、ネガティブなものがあったら困るなと思って。もちろん恋の邪魔をしようなんて気はありません。ただ、ハロウィンに映画館でハリウッド版花子さんを見せてあげたい一心なんです」


「彼女が外に出れるようになると……何か問題があるのかな?」


「あっ、いや、会える数が減ってしまって、寂しくないかなとか」


「彼女の幸せを願えど、恋路の邪魔をする暇などない」


(彼女……ベートーヴェンから彼女という言葉を聞く日が来るとは。さすが彼氏)


思わず、目の前の人物を見直してしまった。あの厳めしい肖像画の男が、そんな言葉をさらりと口にする。怪異の恋愛事情というのは、やっぱりよくわからない。


「わかりました。では、花子をどうにかして連れ出してみたいと思います」


「あぁ、そうしてくれたまえ。花子くんにも伝えたことだが、文字や言葉は不完全で、感情を表現するには限界がある。言葉で言い表せない領域を描くのが音楽だ。だからこそ彼女は、君たちの言う『月光ソナタ』を選んだのだろう」


「すみません、どういう意味ですか?」


「『月光ソナタ』。正式には『ソナタ・クワジ・ウナ・ファンタジーア』。型にはまらない、自由な感情の吐露という意味だ。あまりにも深い悲しみと、抑えきれない情熱。それを表現するのに、明るく始まらなくてはならないソナタなど、何の意味も持たない」


ベートーヴェンの声は、先ほどまでの軽妙なやり取りとは違っていた。音楽室に置かれたピアノも、壁に並ぶ肖像画も、いつの間にか彼の言葉に耳を傾けているように思える。


(ジュリエッタから奪い取りたいとか言ってたけど、悲しみと情熱があったってことで月光ソナタを選んだって意味か?)


言いたいことは何となくわかるような気もする。けれど、それが花子の気持ちとどうつながるのか、僕にはまだ見えてこない。


「ごめんなさい、よくわからなくて」


「言葉が途切れるところから、音楽が始まる。想いとはそういうものだ。だが、始まる曲目が必ずしも月光ソナタである必要はない。わかるな?」


「ごめんなさい。全然わからないです」


「……私は宛名のないラブレターを、机の引き出しに永遠に眠らせてきた。恋を語る資格など、とうにないのかもしれないな」


ベートーヴェンは、どこか遠くを見るように視線を落とした。絵のような顔から表情を読み取ることは難しい。それでも、その言葉には先ほどまでとは違う静けさがあった。


(何を言ってるんだ。天才とはかくも違う生き物なのか?花子すげーな)


「何かのヒントになればいいが、もう一つ話しておこう。ソナタは明るく始まらなくてはならない。そんな決まりに縛られていたのは、貴族どもの考えにすぎない」


ベートーヴェンはピアノのそばから動かず、淡々と言葉を続けた。今度は鍵盤に触れない。音楽室には、彼の声だけが響いている。


「……なるほど?」


「いや。ただ自由に叫びたいだけなら、即興曲で十分だ。だが、それでは奴らには届かない。異端の戯言として片づけられて終わりだろう。だからこそ、私は奴らが誇る形式を選んだ。最も格式高い『ソナタ』という檻の中に、奴らの美意識では決して受け入れられない感情を叩き込んだのさ」


「自由に?」


「そうだ。型を無視したのではない。型を知り尽くしたうえで、その内側から打ち砕いたのだ。貴族どもが誇る秩序など、私の音楽の前では何の意味も持たん。そして出来上がったのが――月光ソナタだ」


ベートーヴェンの言葉が途切れる。まるで、そこから先は音楽に任せるとでもいうように。


(なるほど。要するに力技だけど力だけじゃないってことか?だよね?ちがう?)


僕なりに考えてみたものの、どうにも理解が追いつかない。言っていることは格好いい。ものすごく格好いい。けれど、いざ自分の言葉に置き換えようとすると、途端に何も出てこなくなる。


ベートーヴェンは、そんな僕の理解度などお構いなしに、静かにこちらを見つめていた。


「それは今から君がやろうとしていることと、まさに同じなのではないかね?」


「僕が?」


「そうだ。決められたルールを破るのではない。そのルールの中で、君にしかできない方法を見つけるのだ。君なりの幻想風曲を作りたまえ」


ベートーヴェンはそう言って、微笑んだ。


天才っているんだよな。

サキコも天才だけど、サキコの天才はなんかこう知的というか卑猥、そこいらのアイドルなんかじゃ歯が立たないほどの美人だし、胸が大きくて、背も腰も高いし、胸は凄い破壊力、肌はもちもちつやつやだし、優しいし思いやり深いし、いい匂いもして頭もいい。おまけに力もすごくて料理もプロ並み。


ベートーヴェンはほんとに才能爆発人間力と創造力の革命家。圧倒的な精神力。


正直、最後まで何を言ってるかよくわからなかった事のほうが多い。


ただ、花子を外に連れ出すためには、今までのルールに従うだけでは駄目なのだろう。

かといって、何も考えずに壊せばいいわけでもない。


難しいけど、でもやることは決まっている。

レポートも固まってるし、やはり方向性は定まっている。

花子に、ハロウィンの映画を観せてあげたい。

そのために、僕なりの方法を全部試せばいいだけだ。

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