表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

この作品はトリトニアの伝説の外伝です。


本編完結後十数年後に、ある登場人物が過去を振り返って語っています。


本編は八部、外伝は現在他に17編投稿済みです。

 ―あなたは大人になったら勇者と添い遂げるのよ―

 ことある毎に母はそう言った。

 父もだ。

 私が生まれた時、占者にそう占われたという。


 私は王族の一人として生まれた。

 父の父、つまり私の祖父が前代の国王だった。

 現在の国王はオスカー三世。父の従兄弟に当たる人物だ。

 トリトン神が赤の剣の守人として選んだのは、国王の息子ではなく甥だった。父は王位争いに敗れたのだ。


 トリトニアの国王が世襲制ではないためにこのようなことが起こる。

 王の三男であった父は第三王位継承権者だった。前王には弟が二人おり、次男には一人、三男には二人の男児がいたため、父の長兄、父の次兄、父、前王の次男の一人息子、前王の三男の長男、次男、という順で継承権が与えられていた。女児の継承権の順位は低く、重きを置かれていない。


 トリトニアの場合、この継承権とは単に赤の剣の守人の試儀に挑める順番のことである。順位が上の者から試儀を試されてゆくが、だからと言って先に試した方が有利なわけではない。該当者が出るまで延々と試儀を繰り返したことも過去にはあったという。


 父は三番目だったが、すぐ上の兄もそのまた上の兄もだめだった。成し得たのは六番目に試儀をした若冠十四歳の父の従兄弟だった。

 その時の父がどんな気持ちでいたのかはわからない。悔しかったのか悲しかったのか、あるいは重責を担うことにならなくてほっとしたのか。


 国のトップに立つということがどれだけ大変なことなのかは私にも少しはわかる。皆に奉られ何不自由ない暮らしができたとしても、いいことばかりではないだろう。問題が起きれば頭を悩ませなければならないし、政治がうまくいかなければ民から不満の声が上がる。よほどできた人物か図太い神経の持ち主でなければ容易には務まらないだろう。


 父はどうだったのか。

 私にとって父は優しい父だった。末っ子の私を、母と共にとびきりかわいがってくれた。だが客観的に見て、やはり父には王となるほどの才覚は備わっていなかったのだと、私は思う。

 オスカー王は確かにやり手だ。その手腕と胆力は他国にすら知れ渡っていて、おかげでトリトニアは平和を保たれている。

 トリトン神は正しい。あるべきものをあるべきところへ配した。



 自分で言うのも何だが、私は器量よしだ。幼い頃からなんと可愛い姫さまでしょうと誉めそやされて育った。母譲りの切れ長な目と美しい肌、高い鼻梁に赤い唇…。成長するに従って美姫ともてはやされるようになり崇拝者もごまんといた。私が流し目をくれれば男は一発で骨抜きになった。

 今にして思えば鼻持ちならない女だった。


 占の実際は「この子は勇者と浅からぬ縁を結ぶであろう」というものであったらしい。

 それを聞き、有頂天になった父母は、娘が勇者と結ばれると思い込み、幼い私に繰り返しそう言い聞かせた。「あなたは大きくなったら勇者と結婚するのよ」と。


 トリトニアに限らずポセイドニアには勇者の伝説が数多ある。

 我が家にもよく語り部が来て様々な話を聞かせてくれた。どれも皆、血湧き肉躍る冒険活劇であり、ラブストーリーであり、成功物語であった。

 主人公たちはとても魅力的だった。幼い私が語り部の来るのを心待ちにし、勇者たちへの憧れを募らせていったのは当然の成り行きだったと思う。


 そして十四歳の時、トリトニアに勇者と呼ばれる者が現れた。私はすでに成人しており、数々の崇拝者を従えていたが、これぞと思う人はいなかった。

 成人して一年以上経っていたのにも拘らず、美貌の姫が嫁入りもせず修練所通いをしていることに世間の者は疑問を抱いているようだったが、私も家族も妥協するつもりはなかった。トリトニアに最後に勇者が現れてから幾百年。この機を逃せば勇者と邂逅する確率はなくなるに等しい。

 

 私は有頂天になった。やっと会えた。やっと会える…。やはり占は本当だった。これは何としても勇者と知り合いになりハートを射止めねば、とやる気満々だった。

 自信もあった。これまで私の作るしなに目を奪われない男性はいなかったし、くれてやった流し目に目をとろんと潤ませない男もいなかった。私の出す要求を拒むことのできる者も存在しなかった。見切りをつけ、手酷く振るのはいつも私の方だったのだ。


 迂闊なことに、その勇者に初めて相見えたのは他人より出遅れた。

 人伝にその存在を知り、ぜひとも確かめにいかなければと思ったのは、勇者がトリトニアに現れてから十日も経ってからだった。後手に回ったと後悔したが、運命の赤い糸で結ばれているのだからそんなことは大した問題ではないと楽観視していた。

 問題なのは勇者には既に思いを寄せる人がいたということだった。



 その勇者は名を一平といった。

 変わった名だと思ったら、生まれはトリトニアではないという。遥か海の彼方、日本という地上人の国で彼は生まれたらしい。父はこのトリトニアの出だが母は海人ではない。混血なのだ。

 まあ、それはさしたる問題ではない。彼は海人として暮らすことに何の不都合もない生態に身を置いているのだから。


 その日本で彼はトリトニアの王女を見つけた。九歳の時に突然行方不明になった父の父の弟の孫、私にとっては再従姉妹(はとこ)に当たるパールティア王女。現国王オスカー三世の娘だ。虚弱で殆ど自室から出ることのない娘。再従姉妹とはいえ、遊ぶことはおろか面識すらなかった。


 なぜ王女がそんな遠い場所にいたのかは未だに明らかになってはいないが、一番有力なのはとてつもなく長い距離を跳躍する点繋道に足を踏み入れてしまったのだろうという説だ。


 ともかく、その地で二人は出会い、三年の歳月をかけてトリトニアへ帰還した。

 その過程で二人が恋仲になったとて不思議な話ではないが、当時王女はまだ九歳の幼魚。帰還した時もまだ尻尾があった。それに対し勇者は既に成人して二年経っており、体格も立派な、大剣を使いこなす数少ない傑物の一人であった。

 そんな男性が幼魚と恋仲とは俄かには信じられない話だ。


 七つの海を己の腕ひとつで王女を守り抜いてきたその功績故に、彼は勇者と呼ばれるようになった。その月の託宣にも「赤き珊瑚が勇者を(いざな)う」と予言が下されていたのだという。



 帰還した王女は、昔とは打って変わって丈夫になっていた。修練所に通える身体ではないので家庭教師をつけられていたはずだが、とてもそうとは思えない心と身体の持ち主だった。


 私の通う芸術科に入所して初めて会った王女は想像以上に幼かった。言葉遣いはさすが腐っても鯛で遜色のないものではあったが、言葉の端々に子どもっぽさが滲み出ている。ついたあだ名は童女姫。そしてあだ名と同じように身体も幼い。

 幼魚とはいえ、そろそろ十三になるというのに細くて小さくて貧弱だ。十三の誕生日を迎える前に大変態を終えた私は恋多き大人の女だと自負していたから、これでは見るに耐えないと見下げ果てた。


 そんな風采の上がらない幼魚が私の勇者を崇拝者として従えているなど、許せるものではなかった。絶対に取り返してやる。何が何でもこのチビから勇者を奪って自分のものにしてやると意気込んで、あの手この手で王女を貶めた。


 幸いにして王女は理不尽な扱いを受けても反抗してくるタイプではなかった。とりまきの同級生(クラスメイト)と一緒になって意地悪をしても、悲しそうな顔をするだけで黙って耐えているような、そんな子だった。

 自分が未熟なのだから仕方ないと諦めの境地にいるように見えたが、それも私からしてみれば同情を引こうとしているとしか思えなかった。


 私は勇者の前でも王女を貶めることを厭わなかった。目の前にいるのに無視したり、自分がいかに素晴らしい女性であるかを述べ立てたり、秋波を飛ばしたりしたが、勇者は全て受け流した。

 私のことなど眼中にない―彼の意向はそれに尽きていた。



 彼の為人はすこぶる素晴らしいと伝わってきていた。体格や剣の力だけではない。人柄も温厚で、正義感に篤く、顔もよい。国王の覚えめでたき英雄は誰の目にも好ましく映る。中でも人当たりがよいというのが一番の評判だった。尊大なところなど微塵もない。人を見下さない英傑だと。


 ―嘘だ―

 彼は私のことをナマコを見るような目で見る。

 いつでもあなたの子を産んで差し上げられると提案したのに、頬を染めるどころか冷ややかな目をして断ってきた。

「オレはこのパールに求婚している。残念ながらあなたと結婚する気はないと申し上げなければならない」

 私のことを、はっきりと振ってきた。


 ―どうして?―

 ―私はあなたと結ばれる運命なのよ。この女こそ、邪魔者なのに―

 その時の彼の目の光を思い出すだけでゾッとする。目で人を殺すというのはこういうことを言うのだろうと、私は思った。何が彼をそうさせているのか、その時の私にはわからなかった。


 私は彼の逆鱗に触れたのだ。

 自分のことを誹謗中傷されても決して意に介さない彼が唯一許せないこと。それはこの王女を非難したり蔑ろにしたりする者がいるということなのだ。

 そのことを私はわかっていなかった。王女を見下した私に対し、彼が決して心を開くことがないことを、占を信じるが故に顧みることがなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ