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第2話 アーティファクトは世界一ぃ!

「忍! ぐずぐずしないで、早く来なさい!」

「はーい! 今行きますっ、お嬢様ぁ!」


 眩い午後の陽光が降り注ぐ、九条家の広大な私有庭園。

 顔合わせをしてから数日後。手入れの行き届いたバラのアーチをくぐり、俺――佐藤忍は短い足を懸命に動かして、前を行く少女の後を追いかけていた。


 ふんぞり返って歩く彼女の、輝くような金髪縦ロールが揺れるたび、高価な香水の甘い香りが鼻をくすぐる。

 九条葵、七歳。現時点ではただの傲慢で我が儘な少女に過ぎないが、その立ち振る舞いにはすでに、日本最大の財閥を背負って立つ者としての気品と、周囲を圧するような天性の威圧感が備わっていた。


 客観的に見れば、名家のお嬢様とその影のように従う幼馴染の微笑ましい光景だろう。

 だが、俺の脳内は、危機感で埋め尽くされていた。

 ……なぜなら俺は、前世で遊び倒した現代ダンジョンRPG『ダンジョン・ブレイブ』――通称『ダンブレ』の世界に転生したのだから。


 この世界には、常識を塗り替える特異点――ダンジョンが存在する。

 三十年前、それは何の前触れもなく地表に突如として現れた。

 出現当初、人類はなすすべもなく蹂躙され、ダンジョンから溢れ出したモンスターによって未曾有の大惨事――のちに『ダンジョン災害』と呼ばれる混乱に見舞われた。


 しかし、人間も負けっぱなしではない。

 世界各国が総力を挙げてモンスターを駆逐し、災害を終息させた後、人類はダンジョンから産出される未知の魔導エネルギーや資源を取り込み、科学技術を爆発的に進化させた。

 今や、ダンジョンを攻略して富を持ち帰る『探索者シーカー』は、英雄であり、子供たちのなりたい職業トップ3の常連だ。


 そして俺が仕える九条家こそ、その探索者用装備のシェアで世界ナンバーワンを誇る巨大財閥。お嬢様はその正当なる後継者だ。まさに世界の頂点に立つべくして生まれた存在と言える。


 だが、この輝かしい発展の裏側には、俺だけが知る真実がある。


(……この世界は、邪神が効率よく人間を《《消化》》するための『養殖場』に過ぎないんだよな)


 ダンジョンの正体とは、ラスボスである異星からの侵略者――ナイア・ラ・ソトスが地球を効率よく《《消化》》するために設置した収穫装置だ。

 邪神は人間に豊かな資源と魔力を与え、それに依存させ、文明を太らせる。そして、人間が強烈な《《欲望》》や《《絶望》》を抱いた瞬間、それを極上の果実として収穫する。

 その収穫を加速させるための最悪の仕掛け。それが、ダンジョンで稀にドロップする強力な装備――『遺物レリック』だ。


遺物レリック』は強力だが、使い手の精神を邪神へと接続し、内側から食い荒らしていく。その果てに待つのは、人間性を喪失した化け物――魔人への変貌だ。

 原作のお嬢様は、後に現れるゲーム主人公に敗北し続ける屈辱に耐えられず、より強い力を求めて自らその罠に飛び込んでしまう。

 魔人と化して最後は討伐される彼女。

 かませでありながら、お嬢様キャラが好きな自分にとっては刺さるキャラだっただけに、闇堕ち後に救いもなく死んでしまった事には驚きを隠せなかった。


 そして、その傍らでお嬢様を煽り散らかしていた三下腰巾着、佐藤忍は、魔人化した彼女に最初の餌として食い殺される……。


 そんな未来、絶対にお断りだ。お嬢様を救い、俺が生存するための戦略。それは、彼女の行動をコントロールすること。


「忍、何をボケっとしてますの? ほら、これを見てご覧なさい。今日、お父様から頂いた新しい人造遺物(アーティファクト)よ!」


 お嬢様が急に立ち止まり、自慢げに突き出してきたのは、九条グループの魔導技術を注ぎ込んだ最新の魔導杖だった。緻密な銀細工が施され、中央には高純度の魔導結晶が嵌め込まれている。


 人間が自らの知恵と科学によって組み上げた遺物レリックを参考に造られた『人造遺物アーティファクト』。

 一点物の遺物(レリック)と違い、魔人化のリスクはない。

 今では一般的な人造遺物(アーティファクト)は誰でも扱えるようにカスタマイズされて広く流通しているが、強力なものほど肉体への負荷は凄まじく、使い手の実力を選ぶのだ。

 お嬢様の持つ人造遺物は彼女用にカスタマイズされており、一般に出回っている物よりも幾分かは強力である。

 それでもあくまで子供でも使えるレベルだが。



 俺はそこまで考えると思考を瞬時に切り替え、顔に張り付いたような卑屈な笑みを浮かべた。中身が大人の男だという事実は完全に封印し、お嬢様を崇拝する愚かな子供の皮を被る。


「すごーい、お嬢様! その杖、キラキラしてて、お嬢様に似合ってます!」

「オーッホッホ! 当然ですわ! あなた、少しはセンスが良くなったじゃない」


 お嬢様は満足げに胸を張り、杖を軽く振ってみせた。よし、ここでダメ押しだ。


「僕、お嬢様がダンジョンに落ちてるような、誰が使ったか分からないうす汚いレリックよりも九条家の技術が詰まったアーティファクトの方がお似合いです!」

「……誰が使ったかわからない、ですって? ふん、言われてみればそうですわね。レリックは確かに強力と聞いていますが……九条の開発したアーティファクトの方がずっと優秀ですわ。私にふさわしいのは、常に最高で最新、そして『私のためだけに作られた』ものだけですわ!」


 手応えありだ。

 九条を誇りに思う彼女には、「自社製品こそが至高であり、天然の拾い物など劣っている」と教え込めばいい。

 お嬢様が魔人にならない=俺が食べられない=お嬢様が、気高い令嬢として、太陽の下で幸せに高笑いしていられる。

 これが俺の考えるハッピーエンドだ。


 俺は正義の味方じゃない。自分の命が何より惜しい、ただの臆病な小市民だ。

 それと同時に、俺の推しである彼女を守りたい。俺が彼女の従者として転生したのは、きっと運命だろう。


「僕、お嬢様にずっとついていきますからね! どこまでも、一緒ですよ!」

「当然ですわ! あなたは私の影……九条葵の所有物なのですから。飽きるまで、私の快進撃を特等席で見せてあげますわよ!」


 お嬢様は満足げに鼻を鳴らし、再び力強く歩き出した。俺はその小さな、しかし危うい背中を追い、揉み手をしながら付き従う。


 ……傍から見たら、七歳にして卑屈道を極めた恐ろしい子供だが、構わない。

 周囲の評価なんて犬にでも食わせておけ。

 俺の主人が誇り高い悪役令嬢のまま、この世界を闊歩できるなら、三下キャラなんて喜んで演じ切ってやる。

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