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「情報とは資産であり、無知とは死刑宣告だ」 第3章 第8話(前編)

夜だった。天空の頂にはまだ遠い月が、群青の夜空を微かに彩り始めたばかりだった。時刻は夜の九時になろうとしており、息を吐けば白く凍てつくような冷気が漂っていた。


ギルドの入口前には、新調した衣装に身を包んだリョウが立っていた。しかし今回は、独特なデザインの白いジャケットを上に羽織っていた。体に密着するタイプではなく、ゆったりとしたストレートラインの裁断で、裾は腰の下まで優雅に落ちていた。袖口や裾のゴムやリブは完全に削ぎ落とされ、清潔感のあるシルエットを描いている。高めのラウンドカラー(立ち襟)が彼の首元をすっぽりと覆い、吹きすさび始めた冷たい風から喉元を守っていた。


九時を回っていたが、月光は雲の切れ間から僅かに差し込む程度だった。風は刃物のように鋭く、骨の奥まで凍てつかせる冷気を孕んでいた。


リョウはギルドのファサードの前に佇み、白いジャケットのポケットに両手を深く突っ込んでいた。背中には、しっかりと固定された愛刀の柄が覗いている。鋭い二色の眼差しは、前方の暗闇の奥へと注がれていた。


リョウ:「……ふぅーっ」


唇から吐き出された濃厚な白い蒸気が、夜の静寂の中にゆっくりと消えていった。まさにその瞬間、背後でギルドの重厚な木製扉が軋む音を立てて開いた。暗がりから姿を現したのは、受付のホセだった。筋骨隆々な体に丸刈り頭、白髪の混じった濃い髭がベテランの風格を漂わせていた。その右手には、書類の束がしっかりと握られていた。


彼は重い足取りで歩み寄り、少年の隣に立つと、冷気混じりの静寂を破って声をかけた。


ホセ:「出発の準備は万全のようだな?」


低いダミ声が響いたが、リョウは微動だにしなかった。姿勢も変えず、視線も動かさない。


リョウ:「ああ。パーティで向かう」


絶対的な冷徹さで応えるリョウに、ホセは眉をひそめ、顔の皺に困惑を浮かべた。


ホセ:「パーティで……? この任務は、お前と連れの二人だけでやるものだと思っていたが」


リョウ:「俺は全知全能じゃない。あちこちに目を光らせるわけにはいかないだろ。情報を集めるには、より多くの目が必要だ」


ホセ:「俺はあまり人を信用せん主義でな……何より重要なのは、絶対に敵に勘づかれないことだ。こんな重大な任務で内通者を出すわけにはいかん」


リョウは男の不信感を意に介さず、地平線を見つめたまま言い放った。


リョウ:「心配いらん。街へ向かう道中で任務の概要を説明する。それに、あいつらの見た目なら……俺と同様、潜入任務で目立たずに動くには打ってつけだ」


ホセは腕を組み、深く息を吐き出した。片手で黒い髭を弄りながら、顔の硬さを緩めていった。


ホセ:「ふむ……お前を信じるしかなさそうだな。そうそう、これを持っていけ」


リョウは首だけを動かして視線を向けた。ホセが差し出してきた紙束を、力強い手つきで受け取る。


リョウ:「これは……?」


ホセ:「ユーフラテスに関する調査資料だ。市長の名はマツイ・カズミ。元はただの平民だったが、二十年ほど前にスキューシアの新国家が樹立された際、優れた指導者として頭角を現した。民衆からの信望が非常に厚く、市民の後押しによって市長に上り詰めた男だ。最終的には国王自らが彼を正式な市長に任命した」


ホセは劇的な間を置き、二人の間に冷たい風を吹き抜けさせてから、核心部分を切り出した。


ホセ:「だが、事態が狂い始めた。俺たちに依頼してきた彼の弟――あの村人によれば、以前から兄に手紙を送り続けていたが、カズミからの返信は途絶えていたらしい。街が敵の手に落ちるより前の話だ。つまり、彼は約半年間、完全に消息を絶っている。奇妙なのは……街のギルドからの情報でも、同時期から彼の姿が目撃されていないことだ。丸六ヶ月、痕跡一つ残さず消えている。その資料に詳細な情報と似顔絵が載っている」


リョウは手元の書類を強く握りしめ、手書きで描かれた市長の顔画に目をとめた。


リョウ:「なるほど……これで少しやりやすくなった」


ホセ:「やるべきことは分かっているな。潜入し、可能な限りの情報を集め、早馬の使者で俺たちに報告を送れ。使者は心から信頼できる男だ、報告を託して間違いはない。情報さえ送れば、お前たちは撤退して構わん。できれば偽装死を装え。そうすれば誰にも疑われず、街の連中は単にお前たちが死んだと思い込む」


リョウは最後に書類の顔写真と報告に目を通すと、それを懐に収めた。


リョウ:「潜入、偵察、脱出……了解した」


ホセはそれ以上何も言わず、踵を返して歩き出した。


ホセ:「……以上だ」


重い扉が背後で閉まり、リョウは再び暗闇の中に一人残された。目の前には、霧と絶対的な静寂に包まれた無人の街道が伸びていた。手中に収めた貴重な情報、味方としての冷徹さ、そして冷たい風が奪い去った決定的会話の秘密を抱えて。


◆


ホセが立ち去ってからしばらくして、街道の右手からサムが姿を現した。


サム:「リョウーーーーッ!!!!!」


手を高く掲げて挨拶しながら駆け寄ってくる。新調した冒険者服に黒いリュックサックを背負い、腰には愛剣を差していた。ブラウンの髪が夜風になびいている。リョウの隣にたどり着くと、気安く声をかけた。


サム:「到着したよ、リョウ……うう、結構寒いね」


リョウ:「その外套を着ていて寒いのか?」


サム:「うん、少しね……ところで、君の荷物は?」


リョウは少し身を引き、己の装備を示した。彼の傍らには、複数のジッパー付きフロントポケット、MOLLEシステム対応のストラップ、Dカン、補強されたキャリーハンドルを備えた、コンパクトながら堅牢な黒のタクティカルショルダーバッグ(ワンショルダー)が置かれていた。


リョウ:「これだ」


サム:「そこに服が全部入ってるの?」


興味深そうに観察しながら尋ねるサムに、リョウは淡々と答えた。


リョウ:「ああ、着替えが10着入っている。後で買い足すつもりだ」


サム:「そっか……ところで、僕たちはどこへ向かうの? まだ聞いてないんだけど」


リョウ:「馬車が来たら話す。ギルドからのプライベートミッションだ。旅は長くなるぞ」


サム:「なるほど……」


リョウ:「それと――」


リョウが前方を示す。


リョウ:「残りも来たようだ」


サムが目を細めて暗がりを見つめると、遠くからアカリとケンゾウが近づいてくるのが見えた。


ケンゾウは腕をむき出しにした赤いタンクトップに茶色のパンツ、頑丈なブーツと左前腕の保護グローブという出で立ちで、ヤマアラシの針のように逆立った特徴的な赤髪を揺らしていた。隣のアカリは、新しい冒険者衣装――胸元を絞った茶色のコルセットにふんわりとした袖のブラウス、裾がギザギザにデザインされた青いオーバーフリルスカート、タイトなパンツに指切りグローブ、そして鮮やかなピンクの髪に映える白いフード付きショートケープを羽織っていた。


二人が到着すると、リョウが一歩前へ踏み出した。


リョウ:「よし、これで全員揃ったな」


サム:「アカリ、ケンゾウ、体調はどう? 足は大丈夫?」


アカリ:「うん、お兄ちゃん! 足はもうすっかり治ったよ!」


ケンゾウ:「俺も問題ねえ」


リョウ:「あとは移動手段が届くのを待つだけだ」


ケンゾウはリョウに視線を移すと、少し屈んで彼をまじまじと見つめ、奇妙そうに周りをぐるりと一周観察してから声を上げた。


ケンゾウ:「変な服だな……見たことねえぞ、どこで手に入れたんだ?」


リョウ:「特注で作らせた」


ケンゾウの目が、リョウの被る猫耳付きの黒いバケットハットに留まった。布製の猫耳がついたそのデザインに目をつけると、前触れもなくリョウの背後に回り込み、耳の部分をモフモフと撫で始めた。


ケンゾウ:「おい、これすげえ柔らかいぞ……」


リョウは表情ひとつ変えずにかがみ込むと、タクティカルバッグを開けて、自身が着ているものと同系統の防寒性に優れたジャケットを二着取り出した。ケンゾウには赤いジャケットを、アカリにはピンクとブルーのツートンカラーのジャケットを手渡した。


リョウ:「寒さ対策に着ておけ」


アカリ:「わぁ、すごく暖かい!」


ケンゾウ:「本当だ、こんな生地見たことねえや」


サムも驚きながら近寄り、生地の質感を手で確かめた。


サム:「デザインも格好いいし、すごく柔らかいね……」


服の感触を楽しんでいたケンゾウだったが、ふと疑問を抱いてリョウを見つめた。


ケンゾウ:「なあ、ところで……なんで夜に出発するんだ? 俺の知る限り、夜の街道旅なんて危険すぎるだろ」


リョウ:「道のりが長いからだ。目的地はユーフラテス、ギルドの極秘任務だ。夜のうちに移動して中で眠り、朝方に現地へ到着する計画だ。詳しい作戦は着いてから話す」


アカリ:「移動って……何に乗っていくの?」


リョウ:「手配した馬車だ」


リョウ:(……実際はギルドからの貸与だがな。まあ、自前でレンタルしても金銭的な問題はなかったが)


サムはますます首をかしげ、不審そうに尋ねた。


サム:「そんなお金、一体どこから出てるの、リョウ?」


リョウは僅かに鬱陶しそうな仕草を見せ、会話を打ち切った。


リョウ:「余計な心配はいい。今は体を休めることだけ考えろ」


その時、木製車輪が街道を噛む重厚な音が響き渡った。全員が一斉に振り返る。


アカリ:「あれが馬車……?」


闇の中から現れたのは、精巧な仕立てが施された重厚な大型旅馬車だった。御者台から御者が手綱を握って降りてくる。


御者:「こんばんは。リョウ様とお見受けします」


リョウ:「ああ、そうだ」


まさにその時、ギルドの扉が再び勢いよく開いた。武装した冒険者たちを従えたホセが、力強い足取りで歩み寄ってくる。


ホセ:「山賊対策の護衛だ。現地付近まで同行させる」


リョウ:「感謝する」


ホセ:「健闘を祈るぞ」


リョウ:「……」


無言で頷くと、リョウは馬車へと向かった。すでにケンゾウ、アカリ、サムの三人は車内へ乗り込んでいた。全員が収まると、馬車はユーフラテスへ向けて緩やかに動き出した。


◆


騎乗した護衛の冒険者たちが暗闇の中で前後を固める外の静けさとは対照的に、大型馬車の車内は実に快適な空間となっていた。リョウは入口の革ストラップを解き、外の冷気を遮断する分厚いカーテンをしっかりと閉めた。


車内には上質な毛皮と羊毛が敷き詰められた折りたたみ式の木製ベッドベースが展開されており、臨時の、しかし極めて快適な寝床と化していた。サスペンション機構のおかげで、悪路の揺れも心地よいリズムとなって体に伝わるだけだった。凍てつく風も、眩しい太陽も、街道の喧騒もない。夜明け前の休息には完璧な環境だった。


リョウ:「各自、体を休めて寝ておけ。朝まで降りることはない」


ケンゾウ:「そうさせてもらうわ。じゃ、また明日な」


サム:「おやすみ、みんな」


アカリ:「おやすみなさい、リョウ兄ちゃん」


全員が寝返りを打ち、眠りにつく準備を整えた。リョウも同様に毛布を広げ、横横横(体)を横たえた。各自が毛布と枕に包まれ、馬車が闇を切り裂いて進む中、静かな時間が流れていった。


◆


静寂の中、刻一刻と時間が過ぎ去っていった。耳に届くのは、車輪が土を噛む規則的な音だけだった。


午前五時を回った頃。暗闇の中で、リョウの右目に奇妙な疼きが走った。まだ深い眠りの中にいた彼だったが、右の青い瞳の奥で、最初の脈動が打った。


二度目。そして三度目――。


リョウはハッと目を開け、瞬時に意識を覚醒させた。


素早く首を右に振り、車内を確認する。サム、ケンゾウ、アカリの三人は毛布にくるまり、深い眠りの中にいた。その表情には疲労の色が伺えたが、それは肉体的なものではなく、過酷な運命に伴う精神的な疲弊(心理的困憊)の影だった。リョウは視線を天井の木目へと戻し、数秒間じっと見つめた。


ゆっくりと右手(みぎて)を上げ、己の青い右目を覆い隠す。そして、消え入りそうな掠れ声で苦い呟きを漏らした。


リョウ:「……お前まで目を覚ますな、リョウ」


彼は確かに自らの名を呼んだ。しかしそれは、自分自身に向けたものではなく――己の存在の深淵(闇)に潜む『何か別の存在』へと語りかけるかのような響きだった。


音を立てないよう細心の注意を払いながら起き上がると、リョウは車内のカーテンへと静かに這い寄った。布地の端を僅かに持ち上げて外の様子を確認したが、視界に飛び込んできたのは深い夜の闇と、後方から馬車を護衛する冒険者の霞んだシルエットだけだった。


カーテンの手を離し、再び車内を暗闇で満たすと、元の場所へと横たわった。


リョウ:「まだ夜か……もう少し眠るとするか」


その言葉が口から溢れ落ちたと同時に、右目の奥で冷たく重い脈動が再び打ち鳴らされた。リョウは強く瞼を閉じ、歯を食いしばりながら、絞り出すような最後の祈りを呟いた。


リョウ:「頼むから……消えてくれ(死なせてくれ)、リョウ……」


痛みを、そして胸を苛む虚無を遮断するように完全に目を閉じると、地平線に太陽が顔を覗かせるその時まで、再びまどろみの中へと意識を沈めていった。


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