時間が溶ける場所 第8話
第8話をお届けします!信じられない展開ですが、ぜひ楽しんでください。今回はキャラクターたちの精神的な恐怖が肌で感じられるような回になっています。
朝の光は眩いほどに輝いていたが、ヴィクトルにとってその太陽の煌めきは、残酷な嘲笑にしか思えなかった。石畳を叩く彼のブーツの音が、焦燥感を孕んで響き渡る。次の瞬間、凄まじい音を立てて、冒険者ギルドの扉が左右に跳ね上がった。
息を切らし、額から大量の汗を流しながらヴィクトルが突入してくる。彼は周囲の怪訝な視線を一切無視し、受付にいる男の前に立ちはだかった。その男の筋骨隆々とした体躯と威圧的な存在感は、常人であれば誰もが後ずさりするほどだったが、なりふり構っていられない必死な父親の前には無力だった。
ヴィクトル:「こんな風に入ってきてすまない……だが頼む、教えてくれ! 数日前、ここに二人の少年が登録しに来なかったか!? 一人は黒髪の長髪、もう一人は茶髪の短髪の奴だ!」
男は顔の筋肉を一つも動かすことなく、ヴィクトルを観察した。そして、宣告のような冷徹な声を響かせる。
受付:「……ああ。確かに来た。数日前のことだが、彼らならもうここを発ったよ」
ヴィクトル:「もう発っただと!?」
ヴィクトルは世界が足元から崩れ落ちるような衝撃に襲われ、叫んだ。
ヴィクトル:「どこへ行ったんだ!? 教えてくれ!」
受付:「申し訳ありませんが、それはできません」
受付の男は氷のような冷静さで答えた。
受付:「冒険者の安全管理上、その行先を第三者に開示することは禁じられております」
ヴィクトルはついに理性の限界を迎えた。カウンターを乗り越え、男の胸ぐらを掴み、血走った目で力任せに引き寄せた。その瞬間、セレナ、スリィ、そして少女たちがギルドの内部へと足を踏み入れ、その異様な暴力的光景に息を呑んで足を止めた。だが、受付の男は微塵も動じない。その眼差しは、どこまでも平然とヴィクトルを見据えていた。
ヴィクトル:「安全だと!? ふざけるな、どういう意味だッ!?」
受付:「申し上げた通りです。その情報を明かすわけにはいきません」
ヴィクトルは掴んでいた手を離したが、同時に全身の力が抜け落ちていくのを感じた。彼はギルドのど真ん中で、打ちのめされたように膝をついた。手のひらの下にある木製の床が、酷く冷たく感じられる。カウンターの男はしばらく彼を見つめていたが、やがて小さくため息をつくと、わずかにその声のトーンを和らげた。
受付:「……あの少年たちは、あんたの子供か?」
ヴィクトル:「黒髪の男の子が……俺の息子だ」
ヴィクトルは声を震わせながら答えた。
ヴィクトル:「もう一人はその友人で、俺の親友の息子なんだ」
男は静かに目を閉じ、純粋な同情心から、ほんの少しだけ規則を破るようにして呟いた。
受付:「正確な現在地を教えることはできない。……だが、彼らが北へ向かった、それだけは教えておこう。俺が言えるのはここまでだ」
受付:「正確な現在地を教えることはできない。……だが、彼らが北へ向かった、それだけは教えておこう。俺が言えるのはここまでだ」
ヴィクトルはゆっくりと立ち上がった。俯き、その表情を隠していたが、握りしめられた拳は白くなるほどに力が入っていた。
ヴィクトル:「……感謝する」
彼は低く呟いた。
ヴィクトルは重苦しい決意を胸に、仲間の横を通り過ぎて扉へと歩き出す。
ヴィクトル:「二人とも、北へ向かったそうだ」
彼はセレナに告げた。
セレナ:「北へ……?」
セレナは不可解そうに眉をひそめた。
セレナ:「でも、あっちには新興国家の……スクシア(Sukusia)しかないはずよ」
ヴィクトルは顔を上げ、チームの面々を見据えた。その瞳にある痛みは、すでに鋼のような意志へと昇華されていた。
ヴィクトル:「あいつが何を企んでいるのかは分からないが、追うしかない」
ヴィクトルたちが追撃の準備を進める一方で、リョウとサムの周囲の景色は変わり始めていた。北の地に深く足を踏み入れるにつれ、空気はより冷気を含み、神秘的な雰囲気を帯びていく。
リョウ:(俺が調べた情報やギルドでの噂話によると、スクシアが建国されたのは僅か六年前。ゼロから出発するには最適な場所だと言われているが、独自の伝統や風習には奇妙な点も多い……まあ、大した問題ではないな。俺の目的はまず王都に到達することだ。そこへ着けば、この世界の構造を徹底的に分析し、次の出方を決めることができる)
サム:「おい、リョウーーーッ! 疲れたし、喉も乾いたよ……あとどれくらいで着くんだ?」
親友の締まりのない愚痴が、リョウの思考の糸を断ち切った。
リョウ:「今日を含めて、目的地まではあと三日の道のりだ、サム。そう焦るな。日が暮れ始めたら、休める場所を探す」
サムは退屈そうにため息をつき、埃っぽい街道の石を蹴飛ばした。
サム:「分かったよぉ……」
その時、木製の車輪が軋む音が響き、反対方向から一台の馬車が近づいてきた。風に晒された無骨な顔つきの御者が、手綱を引いて二人の前で馬車を止める。
男:「そこの若者たち、すまない。次の街まであとどれくらいか分かるか?」
リョウ:「俺たちは今、その街から来たところです。歩いて大体三時間ほどでした。それを考慮すると、馬車なら一時間半から二時間もあれば到着するはずです」
男:「おお、それは助かる! 本当にありがとう。これは心ばかりの礼だ、受け取ってくれ」
男は荷物の中から、冷たい光を放つ小さな物体を取り出した。それはクリスタルのような、美しい青色に輝くオーブだった。
リョウ:「これは、一体何ですか?」
男:「氷の魔法が込められたオーブさ。傷口を塞ぐのにも使えるし、もし危険に遭遇した時は、身を守る盾としても役立つはずだ」
リョウ:「……ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
男:「気にするな。それじゃあ、俺は行くよ。気をつけてな!」
太陽は緩やかに昇り続けていたが、周囲の森は不自然なほどの静寂に包まれていた。鳥の一羽すら鳴いていない。リョウはその異変に即座に気づいたが、今は深く追究せず、そのまま前進することを選択した。
それから数時間の行軍を経て、二人の腹の虫が鳴り始める。
サム:「おい、リョウ。本格的にお腹が空いてきたんだけど……」
リョウ:「ああ。太陽の位置からして、すでに正午は過ぎているな。だが、食料は持ってきていない。……となれば、何かを狩るしかないな」
選択の余地はなく、リョウはサムを従えて森の茂みへと足を踏み入れた。二人は街を発つ前に購入した剣をそれぞれ引き抜き、獲物の痕跡を追い始める。
しばらく歩いた先で、二人は酷く不快な光景に遭遇した。一頭の狼の死骸が、無数の蝿にたかられ、鼻を突くような腐敗臭を放ちながら転がっていたのだ。
サム:「うわ、最悪な臭いだ……。まさか、あれを食べるんじゃないだろうな?」
リョウ:「夢の中でさえ御免被る。あれは獲物を誘い出すための『撒き餌』として利用するんだ。これだけの臭いがあれば、高確率で他の野生動物が引き寄せられてくる」
サム:「いや、こんなゲテモノみたいな臭いに釣られてやってくる生き物なんて、一体何がいるって言うんだよ?」
リョウ:「ふっ、今に分かるさ」
リョウは冷徹に剣を振るい、狼の死骸の胴体を切り裂いた。内臓と血が地面に流れ出し、腐敗臭が森の奥へと急速に拡散していく。それから、彼は上方を指差した。
リョウ:「あの木に登るぞ。獲物が現れた瞬間、飛び降りて仕留める」
サム:「賛成。それが一番良さそうだ」
二人は幹をよじ登り、太い枝の上に身を潜めた。姿を隠し、息を潜めながら、死肉の宴が真の獲物を引き寄せるのをじっと待つ。
森の中では、まるで時間が溶けてしまったかのようだった。サムは退屈と気だるさに負け、枝の上にうつ伏せになっていた。一方のリョウは幹の付け根に腰掛け、剣を傍らに置いて、ぼんやりと木々の梢を見上げていた。空腹と暑さが混ざり合い、耐え難い不快感が二人を襲う。
サム:「もう二時間くらい経つのに、何も来ないじゃん……。それにクソ暑いし、もうこれ以上持ちそうにないよ」
リョウ:「……返す言葉もないな。俺もさすがに腹が減った」
リョウは力のない声で返した。
サム:「胃袋が自分の腸を消化し始めてる気がする」
リョウ:「はぁ……」
リョウは重いため息をつきながら、出発前になぜ型落ちの硬いパンすら買ってこなかったのか、己の致命的な失策を悔やんでいた。
しかし、サムはすでにリョウの言葉を聞いていなかった。彼は体を起こし、疲労を忘れて、完全な困惑の表情で地面を見つめていた。
サム:「おい、リョウ……。俺たちが撒き餌にしたあの死骸、一体どうなっちまったんだ?」
リョウ:「どういう意味だ?」
サム:「自分の目で確かめてみなよ」
リョウが下を覗き込んだ瞬間、心臓が跳ね上がった。何もなかったのだ。リョウは目を見開き、純粋な生存本能に突き動かされるようにして、枝から飛び降りた。サムは、リョウがその高さから無傷で着地したことに呆然としながらも、自分は慎重に幹を伝って降りていった。
狼の死骸があった場所に到達した二人が目にしたのは、ただの血痕だけだった。だが、何かがおかしかった。その血は乾ききってひび割れており、まるで何日も太陽に晒されていたかのようだった。リョウが手で草をかき分けると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。動物の骨が、すでに土と植物に埋もれかけていたのだ。
リョウ:「時間の歪み(タイムディストーション)……!」
彼は恐怖に戦慄しながら、ぽつりと呟いた。
前触れもなく、リョウは反転して自分たちが歩いてきた方向へと猛然と走り出した。
サム:「待てよ! 何が起きてるんだ!? 説明してくれ!」
サムもその後を追って走ったが、リョウの速度は尋常ではなく、その顔には明らかな焦燥と絶望が刻まれていた。二人は走り、走り続けたが、いくら進んでも元の街道は姿を現さない。ついにサムがリョウに追いつき、肩を掴んで激しく息を切らせた。
サム:「おい……頼むから急に走らないでくれ……。何がどうなってるんだよ」
リョウはサムの両肩を強い力で掴み返した。その手は、微かに震えていた。
リョウ:「……俺たちはあの街道から、この死骸の場所までほんの十分しか歩いていない。あれだけ走ったなら、とうに街道に戻っていなければおかしいはずだ……」
サム:「何言ってるのか全然分からないよ……。一体どうしちまったんだ?」
リョウは返す言葉を失った。状況を整理しようと地面に視線を落としたが、その目に飛び込んできた光景に、彼は完全に氷ついた。自分たちの足元は、まさにあの狼の乾燥しきった血痕の真上にあったのだ。一歩も、進んでいなかった。
リョウ:「……何てことだ(クソッタレが)」
リョウは顔を上げ、両手で激しく顔をこすりながら、自身を襲う信じがたい現実に抗おうとした。
リョウ:「……俺たちは、とんでもない事態に巻き込まれたらしいな」
サム:「……何が起きてるのか、正確に説明してくれないか?」
サムの困惑は、次第に本物の恐怖へと変わりつつあった。
リョウ:「どうやらここは、『時間の歪み(タイムディストーション)』が発生している領域だ。俺たちにとっては僅かな時間でも、あの死骸にとってはすでに一週間、あるいはそれ以上の時が経過している……。そして時間が加速しているだけじゃない。ここには『空間の歪み(スペースディストーション)』も存在している」
サム:「空間の歪み……って、どういうことだよ?」
リョウ:「俺たちは森に入ってきた方向へ向かって、一直線に走ったはずだ。……だが、自分の足元を見てみろ」
サムが言われた通りに視線を落とすと、その身体が恐怖で硬直した。二人は、あの不快な血痕の真上に寸分違わず立っていた。どれほど走ろうとも、起点から一センチすら動いていなかったのだ。
サム:「嘘だろ、何だよこれ……!」
リョウ:「これが空間の歪みだ。問題は、ここの時間の流れが外の世界より速いのか、それとも同期しているのかが分からないことだ。つまり、俺たちがここで十年間を過ごして外に出た時、外でも同じように十年が経過している可能性がある。……俺たちにとっては、ほんの数日や数週間に感じられたとしてもな」
サムの顔が絶望に染まった。永遠に続くループの中で人生を失うという恐怖が、彼の精神を鋭く突き刺す。
サム:「じゃ、じゃあどうすればここから出られるんだよ!?」
リョウ:「……考えさせてくれ」
リョウは顎に手を当て、あらゆる論理を凌駕した異常事態の変数を分析し始めた。
リョウが思考の海に沈む中、視覚的な活路を必死に探していたサムが、先ほどの巨木を指差した。
サム:「そうだ! 俺、さっきの木に登ってみるよ! あそこからなら、街道がどこにあるか見えるかもしれない!」
リョウ:「ふむ……それは悪くない思考だ」
サムは機敏な動きで幹を登り始めた。上へ進むにつれ、生い茂る葉が彼の身体を少しずつ覆い隠し、やがてその姿はリョウの目から霞んでいった。サムは梢へと抜け出せるはずの、一際深い葉の層をくぐり抜けた。しかし、その向こう側へ到達した瞬間……彼の姿は忽然と消え失せた。
リョウ:「サムーーーッ! どこだ!? 姿が見えないぞ!」
リョウは声を張り上げた。だが、本当に恐ろしいのはその直後の応答だった。サムの声は、彼が消失したまさにその木の上のポイントから、近くも遠くもない距離で響いてきたのだ。まるで木そのものが彼の肉体を飲み込み、声の残響だけを空間に置き去りにしたかのように。
先ほどまで死の静寂に包まれていた森が、空間の論理を完全に崩壊させた絶対的な混沌へと変貌を遂げる。
友の声は聞こえるのに姿が見えないという異常事態に混乱しながらも、リョウは決死の覚悟で幹をよじ登った。そして木の最上部に到達した瞬間、彼の眼前に広がる世界が不気味に歪んだ。背後を振り返ったリョウの目に映ったのはサムの姿だったが、彼は同じ木にはいなかった。
サムは、三十から四十メートルほど離れた場所に位置する、全く同じ構造をした別の木の枝の上に立っていたのだ。
リョウ:「サムーーーッ! サム、お前なのかーーーッ!?」
リョウはありったけの声を張り上げて叫んだ。
サムは恐怖に完全に支配されていた。心臓の鼓動が耳の奥で激しく打ち鳴らされ、額からは冷や汗が流れ落ちる。彼は見開いた目で、どこまでも続く地平線を凝視していた。
サム:「こんなのあり得ないよ……! どこを見ても森、森、森だけだ! 街道もない、広場もない……あるのは山と、この不気味な森だけだ! リョウ、俺たちどうなっちまうんだよ!?」
リョウ:「そこを動くな! 今からそっちへ行く!」
リョウは高所から周囲の地形を瞬時に分析した。彼の立てた作戦は極めて危険なものだった。距離と重力を無視し、木から木へと枝を飛び移ることで、強引に親友のいる場所まで到達する。
リョウ:「じっとしていろ、サム!」
しかし、リョウが最初の一歩を踏み出すよりも早く、大地そのものが爆発したかのような衝撃が走った。
ーーーズガガガガッ……ドォォォーーンッ!!
耳を聾するほどの轟音が、サムのいる位置のすぐ左側から響き渡る。土煙と瓦礫の巨大な柱が天へと舞い上がり、二人の視界を灰色に染め上げた。その濃い霧の向こうから姿を現したのは、まさに悪夢そのものの異形だった。強靭な皮膚の輪節を持ち、無数の鋭い歯が同心円状に並んだ巨大な口を持つ、超巨大なサンドワーム(土砂大蚯蚓)だ。怪物は一瞬の躊躇もなく上方へと跳ね上がり、サムを、彼が立っていた大木の枝ごと丸飲みにした。
リョウ:「サムーーーッ!!!」
リョウの叫びは、怒りと激痛に満ちた咆哮だった。
考えるよりも先に身体が動いていた。リョウは虚空へと身を投げ出し、怪物を追うために次の枝へと跳躍した。しかし、彼が空中を舞い、足場となるものを一切失ったその瞬間、彼の真下の地面が激しく割れた。
深淵から、二頭目のサンドワームが目にも留まらぬ速度で這い出てきたのだ。跳躍の最中にいたリョウには、それを回避する術など残されていなかった。
完全な闇に呑み込まれる直前、リョウの視界に映ったのは、自身を食い千切らんと迫る鋭利な牙の深淵だけだった。
二人の少年は、大地の底へと連れ去られた。森は再び、あの死のような不自然な静寂へと沈み込んでいく。歪み狂った時間と空間だけを、そこに残したままで。
正直接気して、今回のエピソードは今まで執筆した中で一番のお気に入りです。皆さんはどう感じましたか? 初めての挑戦にしては、かなり上手く書けたのではないかと自負しています。実はこの話、私の実体験が元になっているんです。本当にタイムループに囚われてしまったかのような恐怖を感じたことがあって……(笑)。楽しんでいただけたら幸いです!
さて、第1巻の第一部完結まで残り2話となりました!プロットの緊張感を損なわないよう、この最後の2話は一気にまとめて同時投稿する予定です。ぜひ最後まで彼らの心理戦と絶望を楽しんでください!




