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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第三章 おっさんは警備員

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第39話 不人気エリアと局長の親戚

 ダンジョン警備の仕事でこのプレハブ小屋に通い始めて、そろそろ一カ月になる。


 その間に建設中だった建物の外観が完成した。足場が外れ、白い外壁が朝日に照らされている。遠目には、もう完成しているようにも見える。


 中では内装工事が始まったらしく、朝から車の出入りが絶えない。


 あの様子なら、あと一カ月もしないうちにプレハブ小屋を卒業できるだろう。


 一カ月も経てば、年のいったおっさんでも仕事には慣れてくる。


 朝にプレハブ小屋へ入り、巡回に出る。

 水曜日はおばちゃんの同行を兼ねた巡回を行う。

 土日は、なぜかアイノが顔を出すので四人での巡回になる。


 ……なぜか、という部分だけはいまだに説明がつかないが。


 ともあれ、アイノの言動や課長の小言を除けば、トラブルらしいトラブルもなく、この一カ月は平和だった。


 少なくとも、表面上は。


 そんなわけで平穏な日々が続き、仕事にも慣れてくると、余計なことまで考える余裕が出てくる。


 今、もっとも気になっているのは、この仕事の一つである「同行」を依頼するのが、おばちゃん三人しかいないことだ。


 確かこの同行制度は、初心者探索者が大量に増え、それに比例して怪我人が増えたために始まった対策の一つだったはずだ。スキルを発現するまでの間は、モンスターと戦うのも一苦労だと聞く。


 だからこそ、新人探索者には人気がある制度だと思っていた。


 それなのに、なぜ依頼が少ないのか。


 向かいにいた岸本に声をかけた。


「岸本さん」


「なんだ?」


「同行って、もっと依頼があってもおかしくないですよね?」

「なのにここには常連のおばちゃん三人しか来ないですよね」


 私がそう言うと、岸本は小さく鼻で笑った。


「ここ以外は普通に予約でいっぱいだぞ」


 試しに他エリアの予約状況を確認してみると、確かにびっしり埋まっている。何ならキャンセル待ちが出ているエリアもあった。


 どうしてここだけが予約がスカスカなのか。


 画面から顔を上げて、岸本を見る。


「ここから入るエリアは、モンスターは弱いだろ?」


「最弱らしいですね。でもそれって初心者向きってことですよね?」


「弱すぎるんだよ」


 岸本は椅子の背にもたれながら続けた。


「戦うモンスターの強さとスキルの発現率って相関関係があるらしいぜ。強いヤツと戦ったほうがスキルが出やすいわけよ。で、アーマーマウスは弱すぎてスキルが発現しない。少なくとも今まで発現したヤツはいないんだよ」


 初耳だった。


「それにここは罠があって移動するのも面倒だから、必然的に利用率がどん底ってわけ」


 安全だが、効率が悪い。


 初心者がほしいのは安全よりスキルだ。

 発現しなければ、いつまでたっても稼げない。



 なるほど、と一応は納得したものの、だからといって予約表の白さが埋まるわけでもない。


 そんな話をしていた、ちょうどそのときだった。


 プレハブ小屋の扉が、ノックもなく勢いよく開いた。


「いるか!」


 聞き慣れた、妙に張りのある声。


 ――課長だ。


 普段はほとんどこのプレハブ小屋に近寄らない人物が、なぜか今日は自ら足を運んできたらしい。


 山本が慌てて立ち上がる。


「課長、どうされましたか」


「局長の親戚の息子さんが来てる。対応しろ」


 唐突すぎる。


「中にお通ししますか?」


「馬鹿か。こんな臭い小屋に入れられるか。外で待ってもらってる」


 失礼な話である。


 小屋の外に視線を向けると、学生らしき四人組が立っていた。


 そのうち一人の男子に、課長が露骨にへりくだっている。


 そして――


 その中に、なぜかアイノもいた。


 ……なんでお前がそっち側にいる。


 アイノは相変わらずの無表情でこちらを見ているが、特に説明する気はなさそうだ。


 その隣に立つ男子が、こちらへゆっくりと視線を向けた。


 上から下へと、値踏みするように。


 プレハブ小屋の外観、足元の泥、こちらの制服、胸元の名札。


 一つ一つ確認するような視線。


 軽く鼻で息を吐く。


 ――あれが、親戚の息子か。


 課長は咳払いを一つすると、その男子を右手で示した。


「こちら鬼頭君、局長の親戚の息子さんだ」


 すると当の鬼頭が、わずかに眉をひそめた。


「鬼頭“さん”だろ?」


 一瞬、空気が止まる。


 課長のこめかみがぴくりと動いた。どう見ても、ちょっとカチンときている。


 横にいた連れの男子が、慌てた様子で口を挟んだ。


「今は男子も女子も“さん”で呼ぶんですよ」


「……ああ、そうだったな。失礼した。鬼頭さんだ」


 課長はぎこちなく言い直した。


 鬼頭は満足げに頷き、こちらを見た。


「僕の仲間を紹介するよ。こっちが小駒君。それから小坂さん。で――スヌーさん」


 ……お前は君付けで呼ぶのかよ。


 心の中で思わずツッコむ。


 山本も岸本も、そして課長までもが、なんとも言えない微妙な顔をしている。どうやら同じことを考えているらしい。


 アイノが無表情のまま、こちらに向かってヒラヒラと手を振ってきた。


 岸本が反射的に手を振り返そうとする。


 ――まずい。


 私は慌てて岸本の腕をつかんだ。


「……なんだよ」


 小声で岸本が抗議する。


「課長がいます」


 その瞬間、課長の視線がこちらに向いた。


 私と岸本は同時に背筋を伸ばし、きりっとした顔を作る。


 何事もなかった風を装う。


 課長は鬼頭のほうへ向き直り、にこやかな笑みを浮かべたまま深く頷いた。


「何かあれば遠慮なく言ってください。しっかり対応させますので」

「本日はありがとうございます。局長にもどうぞよろしくお伝えください」


 その言い方は、わずかに腰が低い。


 鬼頭はそれに満足したのか、軽く笑みを浮かべる。


「今日のことはちゃんとお話ししますから」


 少しだけ、恩を着せるような言い方だった。


 課長の口元が引きつる。


 だが次の瞬間、表情をすっと消すと、こちら三人へ鋭い視線を向けた。


「粗相のないよう、しっかり案内しろよ」


 低い声で言い置く。


 それだけ告げると、一瞬だけ鬼頭の表情をうかがい、課長は踵を返して去っていった。


 残されたのは、学生の四人と、私たち三人。


 ――嫌な予感しかしない。

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