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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第三章 おっさんは警備員

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第35話 巡回と小さな総評

ダンジョンの入口で、山本が最終確認の端末を閉じた。


入口脇では警備班が持ち場についている。規定通りの装備に身を包み、出入りする探索者を見守っていた。


「巡回です」


山本が声をかける。


「了解!行ってらっしゃい」


軽く手を挙げる警備員に、私は会釈を返す。


彼らの落ち着いた動作や確かな視線に、自然と緊張が少し緩む。


入口警備は別班の担当だ。ここから先が、私たちの仕事になる。


「巡回はいつも通りだ。第一層を一周。異常がなければそれで終わり」


淡々とした口調に、私は軽く頷く。


その横で岸本が私の装備に視線を落とした。


「……その防具、見ない素材だな。ダンジョン産だな」


言われて自分の胸当てに目をやる。


今まで特に気にしたことはなかったが、確かに良いものらしい。


フォレストビーストの最後の一撃で端が欠けたことはあるが、それ以外では衝撃をしっかり受け止めていた。致命傷にならなかったことを思い出す。


「探索経験者だから自分の装備か。質は間違いなく支給品より良いな」


岸本は軽く指で叩き、質感を確認している。


私は息を整え、深く吸ってから、二人に続いてダンジョンの中へ一歩踏み入れた。


久々に独特の重みを帯びていたダンジョンの空気を肌で感じる。


「体調はどうだ?」山本が振り返る。


私は慎重に体調を確認し、呼吸を整える。


「問題ないです」


岸本は少し目を細める。


「ここで妙な圧迫感を感じる人も多いんだ。探索経験者というのは伊達じゃないな」


「山本さんは吐いたらしいぞ」岸本が付け加え、軽く肩をすくめる。


「お前こそ、一歩も前に進めなかっただろ」山本が小さく笑う。


「……ええ、そうでした」岸本も軽く笑った。


私の足取りは止まらない。呼吸も乱れていない。視界も狭まらない。


中層で大けがをしたあの経験が、まだ心のどこかに影を落としていた。踏み出すたびにわずかに緊張が走る。


だが、ここは第一層。浅く、圧迫感もなく、足元も確かだ。


少なくとも今のところ、問題はなさそうだと、胸の奥でわずかに安堵が広がる。

自然と肩の力が抜け、歩みが少しだけ滑らかになった。


数秒、山本と岸本は無言で私を観察していたが、やがて何も言わず前を向いた。


その沈黙には、互いの信頼と緊張感の程よいバランスが漂っている。


石床に足音が乾いた反響を返す。通路は広く、淡い光が壁面を照らしている。

巡回はこれからだ。


私は改めて周囲に意識を向けた。


壁の装飾、足元の段差、微かな湿気。手に触れれば冷たさを感じる壁面、床のわずかな傾きも意識する。


少し立ち止まり、息を整えながら次の一歩を踏み出す。


山本と岸本がそれぞれ軽く注意を促す。


「浅層だが、油断するな。罠もある」


「講習のときは特に注意だ。説明を聞かないやつほど先に突っ込む」


その言葉に私はうなずく。


やることははっきりしている。足を止めず、注意を怠らずに。


心臓の鼓動が少し早まるが、それも自然な緊張。


緊張しすぎず、でも気を抜かない。これが今の自分にできる最善の状態だ。




ダンジョンの通路は、第一層とはいえ淡い光に照らされ、静かな空気が漂っている。

石床に足を置くたび、かすかに冷たさが靴底に伝わる。湿気の匂い、壁面のひんやりした感触――その雰囲気は、かつて自分が探索していた低層エリアによく似ていた。


だが、決定的に違う点がある。

そう、このダンジョンには罠がある。


以前の感覚のまま歩けば思わぬ怪我につながる。似ているからこそ、油断はできない。

私は足元と壁際を改めて確認しながら、慎重に歩を進めた。


「まずは巡回ルートの確認だ」山本が通路の角で足を止める。

岸本も傍らで手順を説明した。


「右手の通路を抜けて中央広場。障害物や段差が複数ある」

「罠の位置は支給された巡回地図に記載されている。必ず照らし合わせながら進め。慣れたときほど引っかかる」


私は腰のポーチから地図端末を取り出し、表示を軽く確認する。

罠の印は明確に示されているが、実際の位置関係を頭に入れておかなければ意味がない。

視線を上げ、実際の通路と照らし合わせる。


そのとき――通路の奥で、微かな石の擦れる音がした。

小さな影が、壁際を横切る。


「……来たな」山本が低く呟く。


「アーマーマウスだ」岸本が続ける。


事前の資料では、小型犬ほどの大きさで硬化した皮膚を持つと記載されていた。素早くはないが、体当たりにはそれなりの威力がある、と。


山本が先に動いた。無駄のない足取りで距離を詰め、体当たりを半身で受け流す。

岸本が側面に回り込み、確実に仕留めた。動きは滑らかで、手本のような連携だった。


「基本はこんなもんだ」山本が短く言う。


ほどなくして、再び奥から物音がする。

二体目のアーマーマウスだ。


「次はお前がやってみろ」


私は軽く頷いた。


正直なところ、緊張はほとんどない。

ワイルドウルフを複数相手にしても崩れなかった。

中層のニードルディアも倒せた。


アーマーマウスが突進してくる。

踏み込みを半歩ずらし、軌道を外す。

体勢が崩れた瞬間を逃さず、急所へ一撃。


硬質な感触。

抵抗は、あっけないほど軽い。


数秒もかからなかった。


静まり返る通路。

私はゆっくりと武器を下ろす。


山本と岸本が、わずかに目を見開いているのが分かった。


「……思った以上に、余裕だな」

岸本が、倒れた個体と私を見比べる。


「正直、ありがたい戦力だ」

山本も小さく頷いた。


私は武器を収めながら、少しだけ首を傾げる。


この程度の相手なら、特別なことは何もしていない。


通路の奥は再び静まり返る。

巡回は、まだ始まったばかりだ。



巡回を終え、プレハブ小屋に戻ると、鉄の扉が閉まる音がやけに静かに響いた。外の湿った空気とは違い、室内は乾いた埃と古い木材の匂いがする。


湯気の立つ紙コップを手に、山本がふう、と息を吐いた。


「総評から言うと――動きは全く問題ないな」


その一言に、思わず背筋が伸びる。


「むしろ……正直に言えば、俺たちより戦えてる」


岸本が苦笑しながら肩をすくめる。


「なあ。探索者やったほうがよっぽど稼げるだろ。なんでこの仕事に応募したんだ?」


二人の視線が向けられる。

俺はコップの縁を指でなぞり、少しだけ視線を逸らした。


「……まあ、いろいろです」


曖昧に笑って誤魔化すと、山本もそれ以上は踏み込まなかった。


「理由はともかく、助かるのは事実だ」


岸本がにやりとする。


「これで俺たち、ちょっと楽できそうだな」


「その代わり、事務作業と罠の対応は覚えてもらうぞ。戦えるだけじゃ、この仕事は回らんからな」


山本の言葉は淡々としているが、どこか柔らかい。


「明日からも、よろしく頼む」


差し出された紙コップが軽く触れ合う。


外では風がプレハブの壁を揺らしている。

ダンジョンの中とは違う、ありふれた夜の音だ。


その音を聞きながら、俺は静かにうなずいた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


こうして、特別でも何でもない一日が終わった。

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