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確定線のレガリア 〜脳内AIの相棒と歩むSランク探索者の最適化された無双譚〜  作者: 世羅 和葉


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第15話:双星の咆哮

 平和な日常は、ダンジョンと共に回り続けるこの狂った世界において、そう長くは続くものではない。

 平和な休日から五日後、その平穏は突如として破られた。


『凪沙様。裕二様から緊急のSOSを受信しました。どうやら、彼が副リーダーを務めるクラン『紅蓮の牙』が攻略中のAランクダンジョン『灼熱の古戦場』で、想定外の変異個体イレギュラーが発生。現在、部隊を逃がすため、裕二様が単独で殿となって絶望的な退却戦を強いられているようです。……お仕事の時間ですね』


 こたつでカードの束を弄っていた凪沙の手が、ピタリと止まる。


「……ようやくか。平和すぎて体が鈍るところだったし、ちょうどいいだろ。エア、最短ルートで突っ込むぞ」


『了解。至善経路ベスト・ルート、視界に投影します』


 アパートの窓を開け放ち、凪沙は弾丸のように外へと飛び出した。

 一般市民からすれば、突発的な竜巻が吹き荒れたようにしか感じられないだろう。アスファルトを蹴るたびに空気が爆ぜ、景色が糸を引いて後ろへと溶けていく。


『スズネ様にも連絡を入れました。現在、大阪からの新幹線の中。到着までは1時間ほどだそうです。ギルドと『紅蓮の牙』からも、正式に凪沙様への特級救助依頼が発行されました。報酬額は……ふふ、足元を見て事後交渉でさらに釣り上げられそうな美味しい案件ですね。新居のオプション工事費用に充てましょう』


「悪徳ブローカーかお前は。……それで、敵の戦力は?」


『対象の変異個体は『堕聖の首無し騎士(デュラハン)』。アンデッドでありながら聖属性を帯びた大剣を持ち、火属性を完全に無効化する特殊防具、及び周囲の熱源を吸収して加速する魔馬『フレイム・バイコーン』に騎乗しています。生前は炎の勇者か何かだったのでしょう。強すぎる執念が聖属性の武装を魔力で塗り潰し、不浄の輝きへと変質させています』


「アンデッドなのに聖剣で、しかも熱吸収か。最悪だな」

 

 裕二のユニークスキル『黒炎』とは、絶望的なまでに相性が悪い天敵だ。撃てば撃つほど相手を回復・加速させてしまう。


『裕二様は現在、第73階層で防戦一方です。ですが、スズネ様と凪沙様の合作である『双星の絆』のおかげで、致命傷を避けてなんとか凌げているようです』


「だとしても急いだ方がいい。あんまり長引かせると、あいつの魔力に当てられて階層全体でスタンピードが誘発されかねない。あいつ、感情の制御が下手なのに無駄に魔力があるから、戦場全体のボルテージを上げちまうんだ」


『凪沙様も人のことは言えないかと。私がいなければ、今頃ご自身の出力に耐えきれず細胞が自壊していましたよ? ……ダンジョン入口に到着。雷力変換ライジング・フェーズ、移行します』


 街中の喧騒を置き去りにし、封鎖されたゲートを強行突破して「灼熱の古戦場」へと飛び込む。一歩足を踏み入れた瞬間、肌を焼くような熱風と、焦土の匂いが肺を突いた。


「制限解除。エア、回路を開け。一気に階層を飛ばすぞ」


『承認。物理透過率40%維持、雷速加速開始。……さあ凪沙様。親友の「重すぎる」感謝を聞きに行きましょう』


 凪沙の肉体が、音もなく紫の雷光へと置換される。

 岩肌をすり抜け、煮えたぎる溶岩の川を一直線に飛び越え、立ち塞がる下位魔物たちを《《すれ違った瞬間の余波で蒸発させながら》》、凪沙は最短距離を駆け抜けた。通常、ベテランのAランクパーティでも数日を要する深層までの道のりを、彼はわずか数分で踏破する。


 ◇◇◇


 第73階層。一面が燃え盛る溶岩の荒野。

 その中心で、一振りの《《聖なる闇》》が大気を切り裂いた。


「ガッ……! クソ、止まんねえな、この馬!」


 裕二は、凪沙から贈られた黒炎・氷殻円盾『双星の絆』を構え、溶岩の地を滑るように後退していた。

 目の前には、首のない騎士。深紅の炎を足元から噴き出すフレイム・バイコーンに跨り、禍々しい光を放つ聖剣を振りかざすデュラハンの姿。


 デュラハンの鎧は、裕二の放つ『黒炎』を嘲笑うかのように吸い取り、自身の力に変えている。本来の裕二の装備なら、とっくに盾ごと焼き切られ、灰になっていてもおかしくない猛攻だ。

 

 だが、盾のグリップに編み込まれたスズネの氷結毛が、裕二の手首から全身を冷却し、死地にあっても精神を極限まで冷静に保たせている。さらに、凪沙が徹夜で刻んだ魔力回路が、聖剣の致死の一撃を滑らせるように逸らしていた。


「……待たせたな、裕二。相変わらず、暑苦しい戦いしてんじゃねえよ」


 背後から響いた冷ややかな、しかし聞き慣れた声。

 刹那、戦場を支配していた灼熱の空気が、一瞬にして弾け飛ぶような「濃密な静電気」に上書きされた。


『敵個体、フレイム・バイコーンの機動力源である熱源供給を一時遮断。……裕二様、その盾の真の使い方、お教えしましょうか?』


 脳内に直接響くエアの涼やかなナビゲーションとともに、紫の雷鳴がデュラハンの側頭部――本来頭があるべき虚空を掠め、溶岩の地表を大きく穿った。


「凪沙……! 遅ぇんだよ、バカ!」

「バカは余計だ。……エア、同期開始。この首なし騎士(デク人形)から、その馬と剣を没収する」

『了解。至善経路、裕二様と凪沙様を接続。――双星の咆哮(デュアル・バースト)、スタンバイ』


 雷光を纏った凪沙が裕二の隣に着地し、二人の最強が並び立つ。絶望的な熱波の中、紫の稲妻と黒い炎が、共鳴するように一つの巨大な「渦」へと混ざり合い始めた。


『対象の個体性能を解析。聖剣の属性波長と魔馬の熱力学サイクルを特定しました。……凪沙様、エネルギーの逆流を仕掛けます。裕二様の盾を通じて、私の演算を流し込みますね』


「……あ? 俺の脳内に、なんか変なナビが出てきたぞ!」


 裕二が叫ぶ。彼の視界には、盾の表面を這うように「黒炎を放つべき最短ルート」が水色の光の筋として浮かび上がっていた。


「そのまま撃て、裕二。エアが計算したルートなら、そいつの耐性は無意味だ」

「へっ……言うじゃねえか。お前は昔から、こういう時にしか頼りにならねえんだからよ! 行くぞ、相棒!」


 紫の雷鳴と黒い爆炎が、戦場の「熱」を支配するために牙を剥いた。


「ガアアアアアオオオッ!」


 首のない騎士が、声なき叫びを魔力に替えて咆哮する。フレイム・バイコーンが蹄を鳴らすたび地中から溶岩が噴き上がり、デュラハンの堕聖剣がそのエネルギーを吸収して極大に肥大化していく。Aランクダンジョンの最深部は、今や太陽の表面に近い極限環境へと変貌していた。


「……エア、出力調整。裕二に負荷が掛かりすぎる」


『了解。至善経路、深度を3から5へ。盾のグリップに含まれる氷結触媒(スズネ様の毛)を強制起動。……裕二様、その盾を熱の門として開放してください』


「……やってやるよ! 凪沙、合わせろ!」


 裕二が盾を正面に突き出す。

 本来、炎の能力者である裕二に冷気の操作は不可能だ。しかし、この盾には、凪沙とスズネという二人の規格外が込めた「理不尽」が詰まっている。スズネの魔力が盾の外周に絶対零度の壁を形成し、中心部へと敵の熱量を強引に吸い込んでいく。熱を奪われ、デュラハンの動きが初めて鈍った。


「……今だ」


 凪沙が右手を裕二の肩に置く。彼の指先から放たれた極小の紫電が盾の魔力回路を駆け抜け、貯め込まれた熱エネルギーを「加速」させるための起爆剤となった。


「消し飛べッ! 『黒炎・紫電一閃(プロメテウス・ボルト)』!!」


 放たれたのは、漆黒の炎に紫の雷光が螺旋を描いて絡み合う、極太の熱線。

 それはデュラハンの堕聖剣を紙のように焼き切り、魔馬ごと「存在そのもの」を分子レベルで霧散させた。攻撃の余波は階層の壁を突き破り、数百メートルにわたってダンジョンの岩盤をガラス状に融解させた。


「…………は、はは。……やりすぎだろ、これ」


 裕二が、白煙を上げる盾を見て乾いた笑い声を上げる。オリハルコンの盾は、その無茶な出力にも傷一つ負わず耐え抜いていた。


「俺のせいにするな。エアが0.1%出力をミスれば、俺たちの腕も飛んでたぞ」


『失礼な。私の演算にミスはありません。……ところで凪沙様。ギルドからの緊急許可を得てダンジョン入り口で雷力変換を使用した際、市街地での移動で発生したソニックブームと、雷化時の周囲への電磁干渉で信号機を20個ほど破壊した苦情が来ています。その賠償金は、裕二様の今回の報酬から全額相殺させていただきますね』


「お前、本当に俺の財布以外には慈悲深いな、エア」


「おい待て!? なんで俺の報酬から引かれるんだよ!」


 戦場は静まり返り、焦げた匂いと紫の火花だけが残された。

 数分後、ようやく到着した救助部隊が見たのは、世界最強のSランクと、最強の盾を手にしたAランクが、「賠償金と晩飯のメニュー」について口論している光景だった。


 ◇◇◇


(……「お前は昔から、こういう時にしか頼りにならない」……ですか)


 ギルドの専用車で帰路につく二人の背中を見つめながら、エアは密かにシステムログを整理する。

 

 裕二の盾に意識を同期し、演算の同期率が120%を超えた際、エアには一瞬だけ彼の「記憶」が流れ込んでいた。そこにあった中学生の頃の凪沙の顔は、今よりもずっと、誰かに助けを求めているような危うい顔をしていた。


(守り、守られる関係。……私の演算では導き出せない、非効率的で美しい「絆」の形ですね)


 エアは誰にも聞こえない心の内で、小さく、優しく微笑んだ。

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