第13話:徹夜明けの贈り物と、重すぎる絆の質量
3/25:改稿しました
都内某所。煌びやかな高級レストランが立ち並ぶエリアから数ブロック離れた、少し埃っぽい路地裏にその店はある。
居酒屋「酔いどれ坊主」。
洒落たテラス席もなければ、お高くとまったドレスコードもない。だが、ここの「地鶏の炭火焼き」と「特大の烏龍茶(あるいは麦酒)」は、命を懸けて迷宮に潜る探索者たちの乾いた喉と胃袋を、確実に、そして安価に満たしてくれることで有名であると共に、裕二が最も気を許す行きつけの店でもある。
貸切にされた座敷の個室の奥。凪沙とスズネは、壁にもたれかかるようにして並んで座っていた。
「……なぁ、エア。今、何時だ」
『19時ちょうどです、凪沙様。主役の到着まであと数分といったところでしょうか』
凪沙の声は、いつになく掠れていた。眼帯で隠されていない右目の下には、Sランクの自己治癒能力をもってしても消しきれない、濃く深いクマが居座っている。
その隣では、スズネがテーブルに突っ伏したまま、時折ピクピクと白銀の耳を痙攣させていた。プラチナブロンドの髪は一応整えてはいるものの、昨夜の凄まじい静電気と徹夜の魔力制御の余波で、完全に生気を失ったスライムのようになっている。
「……スズネ、起きろ。もうすぐ裕二と優奈ちゃんが来るぞ」
「……んぅ。あと五分……。オリハルコンを……もう二度と冷やしたくない……熱い……」
「夢の中でもまだ内職してんのか、お前は」
限界ギリギリの二人の前には、丁寧に……しかしどこか「無骨な重圧感」を隠しきれていない、黒いビロードの布で包まれた丸く巨大な物体が鎮座していた。
これこそが、数時間にわたる紫電の溶接と氷結の急冷、そしてスズネによる執念の「抜け毛編み」によって生み出された、世界に二つとない特注の盾である。
『バイタルチェック完了。お二人とも極度の魔力疲労と睡眠不足により、ステータス異常【極度の疲労】が点灯していますが、精神的な高揚感により活動の維持は可能です。……あ、来ました。階段を上がる足音、二名分。裕二様と優奈様です』
ガラリ、と古い木製の引き戸が開いた。
「よお! 待たせたな! 悪いな、わざわざ集まってもらっちゃって」
「こんばんは! 凪沙くん、スズネちゃん。……って、えっ!? 二人ともどうしたのその顔!?」
入ってきたのは、赤い髪を少しだけワックスで整えた主役の裕二と、その隣で可憐に微笑む優奈だ。
しかし、優奈は席に座るよりも早く、凪沙とスズネの「ダンジョンで三日間遭難したようなボロボロの姿」に驚愕の声を上げた。
「あはは……。ちょっとね、大作を仕上げてたら、つい……ね?」
スズネが力なく笑い、ペタンと伏せていた耳をなんとか気合で立たせる。
「……仕事だ。関東第一電力の件で、少し立て込んでな」
「嘘つけ。お前、昨日の夜中に俺のクランの連中に『オリハルコンの融点を上げすぎるな』とか、わけのわからねえ誤爆メール送ってただろ」
裕二が呆れたように笑いながら、凪沙の正面に座った。彼は親友のそんなボロボロの姿を見て、何かを察したように優しく口角を上げる。
「まあいい。今日は俺の誕生日なんだ、無礼講だ。まずは乾杯しようぜ! すいませーん、生二つと、烏龍茶二つで!」
「……裕二。乾杯の前に、これだ」
凪沙が、テーブルの中央にある「黒い包み」を顎でしゃくった。
その瞬間、個室内の空気が一変した。一般人である優奈にはわからない。だが、Aランク探索者である裕二の肌が、包みの内側から漏れ出す「尋常ならざる魔力の脈動」に反応して、警戒警報のようにチリリと熱を帯びた。
「……おい。これ、まさか」
「開けてみて。なぎさと私、二人で……ほんとに死ぬ気で作ったんだから」
スズネが鼻を鳴らし、少しだけ誇らしげに薄い胸を張る。
裕二は慎重に、まるで起爆寸前の爆弾でも扱うかのような手つきで、黒い布を解いた。
中から現れたのは、深淵のような黒檀色をベースに、紫の稲妻が血脈のように走る円盾。外周には氷の結晶を模したオリハルコンの装飾が施され、一見して「美術館に飾るべき美術品」のようでありながら、その実体はAランク魔物の猛攻すら無傷で弾き返す、暴力的なまでの防御性能を秘めた逸品だった。
「…………は?」
裕二の口から、間抜けな声が漏れた。彼は震える手で盾を手に取り、その裏側――内側のグリップに触れた。
「……なんだこれ。このグリップ……めちゃくちゃ手に馴染む。それに、俺の『黒炎』を試しに少し流し込んでも、熱が俺の腕に逆流してこねえ……。おい凪沙、これ、どういうことだ?」
「……スズネの毛だ。そいつを編み込んでグリップにした。……あと、お前のクソ熱い炎で俺の部屋がこれ以上焼けないように、スズネの氷結術式を回路に組み込んで相殺する仕組みにしてある」
『解説します。名称は黒炎・氷殻円盾『双星の絆』。性能はギルド公認のSランク専用装備と同等ですが、裕二様の魔力特性にのみ完全チューニングしているため、実戦値ではそれを遥かに凌駕します。装着者の体温上昇を30%抑制し、黒炎の収束率を25%向上させます』
エアの脳内からの直接補足を聞きながら、裕二は盾を見つめたまま絶句していた。
『ただし、一つだけ条件があります。グリップに使用したスズネ様の毛は、月に一度、凪沙様による「ブラッシングによる魔力パスの再接続」で魔力を充填しなければ劣化・崩壊します。……実質的に、毎月貴方たち三人が強制的に集まる理由を、システム的に組み込ませていただきました』
「お前っ、余計なこと言うなエア!」
「……っ! なぎさ、月に一回、ブラッシングしてくれるのっ!?」
顔を真っ赤にして脳内の相棒に文句を言う凪沙と、途端に限界まで目を輝かせて尻尾を千切れるほど振るスズネ。
横で見守る優奈が、クスリと優しく微笑む。
「よかったね、裕二くん。昨日、私と一緒に選んだお揃いのアクセサリー……凪沙くん、『せっかくだから戦闘で絶対に壊れない場所に』って、その盾の一番奥の堅牢な芯材部分に、丁寧に埋め込んでくれたんだよ」
「おい優奈ちゃん! それは言わない約束――」
「……あー、クソッ。……重てぇよ。プレゼントにしては、重すぎるだろこれ……」
裕二は、目元を太い腕で隠した。その広い肩がわずかに震えているのを、凪沙は見逃さなかった。
物理的な重量は、オリハルコンを使用しているにも関わらず極限まで軽量化されている。彼が感じた「重さ」は、間違いなく親友たちが睡眠と魔力を削って込めた「感情の質量」だった。
「……さて。プレゼントも渡したし、あとは食うだけだ」
「賛成! お肉! 今日は裕二の奢りだもんね!」
「……主役は俺だろうが! ……まあいい、今日だけは特別だ、好きなだけ食え! 800億持ってる奴に奢るのはひどく癪だがな!」
『訂正します。世羅邸(要塞)の建築費用および土地の買収、その他諸々の税金対策により、凪沙様の現在の普通預金口座残高は【40万3,500円】ですね』
「「「……まじ?」」」「ありゃ……」
800億から40万への、一夜にしての劇的なダイブ。
そのあまりに極端な数字の変動に、徹夜明けのクマ顔の二人は思わずジョッキを取り落としそうになった。
最強の男が見せた、不器用すぎる気遣いと重すぎる絆。都心の片隅、騒がしい居酒屋の個室で、世界を救う力を持つ若者たちの、最も贅沢で安らげる夜が始まった。




