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確定線のレガリア 〜脳内AIの相棒と歩むSランク探索者の最適化された無双譚〜  作者: 世羅 和葉


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13/20

第12話:徹夜のSランク工房と、双星の盾

3/25:改稿しました

「……よし、外装の圧着完了。次は内部回路の魔力パス(流動路)だ。エア、ガイド出せ」


『了解。左45度から、0.3秒間だけ電圧を絞って放電してください。コンマ数秒のズレも許されません。裕二様の腕が黒焦げになるか、国宝級の盾になるかの瀬戸際です』


 凪沙が数日後に退去予定である六畳間のアパートは、今や工房というより「高エネルギー物理学の違法実験室」と化していた。

 眼帯を外し、剥き出しになった左目の演算核が青白く脈動するたび、部屋の空間そのものが高密度の静電気で歪み、パチパチと紫の火花を散らす。


「……あちっ。高純度オリハルコンの融点、高すぎだろ。これ本当に金属かよ」


『文句を言わないでください。あなたの「紫電」による原子レベルの干渉でなければ、そもそもこの神造合金を加工することすら不可能です。……はい、今! 表面張力を利用して、黒炎のパスを刻んで!』


《接触面温度、3,200度。右へ2ミリのスライド。……定着まで残り0.8秒》


 視界に表示される水色の確定線に従い、凪沙の指先から針よりも細い極小の紫電が伸びる。それは1秒間に数万回の振動を効かせ、オリハルコンのバックラー(小型盾)の裏面に、肉眼では見えないほど精密な魔導回路を彫り込んでいった。


 そこへ、コンビニの袋を提げたスズネがひょっこりと顔を出した。

 退去前で貴重品がないからと鍵が開けっ放しだったとはいえ、あまりにも無防備な登場である。


「なぎさー、遊びに来たよー! 期間限定のチョコミントアイス買ってきたから一緒に……って、わっ、何これ!? 部屋が溶鉱炉みたいになってる! 暑っ!」


「……動くなスズネ。今、大事なところだ。ホコリが舞う」


「えー、何作ってるの? 黒くて丸い……私へのプレゼント? もしかして、特大の指輪……っ!?」


 スズネの白銀のキツネ耳がピンと立ち、琥珀色の瞳が期待に輝く。だが、無慈悲なシステムボイスが即座にその乙女の幻想を粉砕した。


『違います。スズネ様、残念ながらこれは「盾」です。……それも、あと数日で誕生日を迎えるあの男(裕二)のための』


 エアの言葉に、スズネの動きがピタリと止まった。

 手にしたチョコミントアイスが、部屋の異常な熱気でドロリと溶け始めるのも気にせず、数秒の完全な沈黙の後――絶叫が響き渡った。


「……あ。……あ、あああああああ!! 忘れてたぁぁぁ!! 裕二の誕生日!!」


「うるせえ! 集中力切れるだろ! 金属曲がったらお前を盾の飾りにするぞ!」


「だって! 裕二の誕生日ってことは、優奈ちゃんが盛大にお祝いするわけでしょ!? 私、優奈ちゃんに『当日は二人で楽しんでね!』って余裕ぶったメッセージ送るつもりだったのに! 何も用意してない! 私だけ薄情な女になっちゃう!」


『スズネ様。それどころか、裕二様は昨日「スズネなら、俺の誕生日を祝うために何か馬鹿なサプライズを仕掛けてくるはずだ」と無駄な期待を込めた独り言を漏らしていましたよ。……手ぶらで行けば、友情に深い亀裂が入る未来が確定しますね』


「重いよ! 期待が重いよ裕二くん! ……なぎさ! 私も混ぜて! 私の『氷狐』の魔力もこの盾に混ぜれば、耐熱性が上がっていい感じの共同製作になるよね!? お願い、便乗させて!」


「やめろ! 属性が混ざったら爆発する! お前はあっちで大人しく溶けたスライムみたいなアイスでもすすってろ!」


「ひどいっ! 私だって、親友の誕生日を祝う気持ちは……っ、あ、でも、プレゼント用意するお金が……今月パフェ食べすぎて口座残高20万円しか……」


 スズネが涙目で床にへたり込む中、エアが脳内で冷徹な、しかし極めて合理的な提案を挟む。


『凪沙様、否定ばかりでは非効率です。スズネ様の余った魔力を「熱緩衝材」として利用する計算式を構築しました。彼女の氷結による「瞬間硬化」を盾の縁に薄くコーティングすれば、裕二様が黒炎を放った際の熱ダメージを軽減し、盾の寿命を延ばす副次効果が見込めます』


「……チッ、分かった。スズネ、そこに座れ。俺の放電に合わせて、盾の外周に極薄の氷壁を張れ。一ミクロンの誤差も出すなよ。失敗したら全部お前のせいにするからな」


「まかせて! 親友の命(と私のプライド)がかかってるから、本気出すよ!」


 こうして、世間が寝静まった深夜の空室で、世にも恐ろしい「内職」が始まった。


 凪沙が一国を滅ぼす紫電を振るって神の金属を溶かし、スズネが絶対零度の指先を添えてその熱を制御し、エアがその両者の異常な出力を極限まで同期させる。AランクとSランクの無駄遣い極まれり、である。


『右側の冷却が0.2秒遅れています、スズネ様。凪沙様、中央部の電圧を3%上昇させて。オリハルコンの記憶が定着しません……。はい、そこ! 固定!』


「あぁぁ、もう! 部屋の静電気で尻尾の毛が逆立って、顔に刺さる!」


「動くなスズネ! 眉間にシワ寄せるな、魔力が乱れる!」


 作業は数時間に及び、つい先日エアが「入居時より綺麗」に直したばかりのフローリングには、削り出されたオリハルコンの粉塵と、スズネが緊張のあまり引き抜いてしまった(あるいは静電気で抜けた)白銀の毛が大量に散乱していく。


「……なぁ、エア。この抜けたスズネの毛、勿体なくないか? Aランクの獣人の毛って、これ自体が相当な魔導媒体だろ」


『仰る通りです。スズネ様の毛は高純度の氷属性と強靭な耐性を持っています。……提案です。これを編み込み、盾の内側のグリップ部分に巻き付けてはいかがでしょう。裕二様の「汗による滑り」と「魔力の熱反動」を同時に解決する最高のクッション材になります』


「いいじゃん! 私、編み物得意だよ! 小学校の家庭科、成績『5』だったもん! これで実質、私の手作りプレゼントって言えるよね! もし裕二に『狐臭い』って言われたら、私が氷漬けにするから大丈夫!」


『……それ、何の解決にもなっていない気がしますが』


 スズネは床に散らばった自身の抜け毛を必死にかき集め、戦闘時の1.2倍という驚異的な集中力で一本の強靭な紐へと編み上げ始めた。その光景は、もはや世界最強クラスの探索者たちのそれではなく、文化祭前夜の居残り作業に励む徹夜明けの学生そのものであった。


 ◇◇◇


 外は白々と夜が明け始めている。

 紫電の火花と氷の結晶が舞う中、ついにその「盾」が形を成した。


 ――黒炎・氷殻円盾バックラー『双星の絆』。


 黒檀のように深い色合いに、紫の稲妻が脈動する盾。その外周には薄く決して溶けることのない永久氷結の紋様が刻まれ、内側には白銀の柔らかな毛で編まれた極上のグリップが設えられている。裕二の『黒炎』を一切阻害せず、むしろその熱を推進力に変換する、世界に一つだけの特注品だ。


「……できた。……これ、もうギルドの武器屋に売ってるレベルじゃねえぞ。国宝指定されるわ」


「……ふふ。裕二、腰抜かすんじゃないかな。これ、私の毛だし」


 二人は泥のように疲れ果て、新築のはずが既に焦げ跡と霜でボロボロになった床へ大の字に倒れ込んだ。

 マイナス40度とプラス200度の局所空間が混在し、物理法則が完全に狂っている六畳間で、ただの「親友への贈り物」のためだけに一晩の魔力と体力を全て使い果たした二人。


 そんな彼らを、エアだけが冷静に、しかしどこか満足げに見守っていた。


「……エア、スズネが忘れてるの、最初から予想通りだったな」


『ええ。私の演算に狂いはありません。お二人のポンコツ具合は完全に把握しております』


「何か言ったー? 凪沙、アイス食べる……?」


「もう溶けてチョコミント味の温かい液体になってんだろ、それ。……あー、眠い」


 静かな朝の光が差し込む中、エアはこっそりとシステムログに一文を書き加えた。


(……あ、凪沙様。寝る前に、来期所得税の仮払い振込予約を忘れないでくださいね。延滞税はスイーツ数万個分に相当しますので)


 最強の男と氷狐の穏やかな(そして高額な)朝が、こうして更けていった。

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