第11話:一般人の彼女と、忘れ去られた誕生日
3/16:改稿しました
「楽な仕事だったなぁ。もう一回呼んでくれないかな。一ヶ月に一回でいいからさ」
スマホの画面に表示された、桁の多すぎる振込通知を眺めながら、凪沙は上機嫌で都内を歩いていた。
『凪沙様、喜びも束の間です。来期の所得税が凄まじいことになっています。既に納税専用の別口座へ自動振替を行いましたが、一瞬で「コンビニスイーツ数万個分」が国に溶けましたよ』
「……聞きたくなかった。現実って残酷だな」
そんなやり取りをしながら魔道具アクセサリー専門店の前を通りがかった時、不意に声をかけられた。
「あれ? 凪沙くん?」
店から出てきたおっとりした雰囲気の女性が、驚いたように足を止めた。
田中優奈。凪沙たちの高校時代の同級生であり、現在は裕二の彼女だ。
最強の探索者たちと日常的に接していながら、彼女自身は探索者免許すら持たない「完全なる一般人」である。だが、日本のトップ層を「くん」「ちゃん」付けで呼び、一切の気負いなく接することができる彼女の精神耐性は、ある意味でSランクを超えている。
「久しぶり。元気だった? この間はごめんね。裕二くんが凪沙くんの家で迷惑かけたみたいで……。あとで私からも厳しく言っておくね」
「気にすんな。あいつの顔を氷漬けにするの、スズネも結構楽しんでたみたいだし。……それよりどうした、こんなところで。ここ、探索者向けの店だろ?」
「あ、えへへ。実は裕二くんに内緒で、誕生日プレゼントを選ぼうと思って。来週でしょ? 誕生日」
「………………忘れてたぁ」
あまりの衝撃に、凪沙の足がピタリと止まった。
特級魔物の討伐周期は分単位で把握しているのに、親友の誕生日は脳のストレージから完全にデリートされていた。
「もー、凪沙くんらしいなぁ。あ、もしよかったら一緒に選んでくれない? 私、魔道具の性能とか全然わからなくて……。裕二くん、危ないお仕事してるから、少しでも役に立つものを贈りたいの」
「……そうだな。あいつ、無茶するからな。いいよ、付き合う。エア、あいつの『黒炎』と相性のいい魔道具、リストアップしろ」
『了解しました。可愛らしいデザインのブレスレットを眺めている優奈様には内緒で、予算内で裕二様の黒炎を阻害せず、防御性能を最大化する「特殊耐熱合金製の魔力増幅環」を選別します。……ふふ、優奈様の「愛」というデコレーションが加われば、裕二様の戦闘力は20%は向上するでしょう。彼は幸せ者ですね』
こうして、世界最強の探索者と超高性能AI、そして最強の「一般人」による、裕二へのプレゼント選びが始まった。
◇◇◇
プレゼントを選び終えた優奈と別れ、彼女の姿が角の向こうへ消えた瞬間。
凪沙の気怠げなオーラは霧散し、その場に絶望したように立ち尽くした。
「……終わった」
『はい。完全に終わりましたね。親友の誕生日を失念し、あろうことかその彼女に指摘されて思い出す。これ、後で裕二様に知られたら「薄情者」として向こう三年間は擦られ続けますよ』
「煽るなエア! 分かってる、分かってるよ! あいつが泣いて喜ぶような……いや、あいつは物より実用性か……。待てよ、あいつ、この前『盾』を新調したいって言ってなかったか?」
『言っていましたが、裕二様の「黒炎」に耐えうる盾は特注品になります。今から発注しても来週には間に合いません』
凪沙は「あー!」と頭を抱え、高速で思考を巡らせる。眼帯の奥で演算核が熱を帯び、周囲の魔力がわずかに揺れた。
「……素材だ。素材ならある。昨日、関東第一電力で暴れた時に、蓄電器の予備パーツとして置いてあった『高純度オリハルコン』の端材……あれ、ギルド経由で買い取ったろ?」
『正確には、凪沙様が「これ、手触りいいな」と呟いたのを私が聞き逃さず、報酬の一部として現物支給させました。現在、ギルドの金庫内に眠っています』
「よし、それだ! それをあいつの『黒炎』の触媒に加工して……あ、でも俺、彫金なんてできないぞ」
『ご安心を。凪沙様の「紫電」をガスバーナー代わりに使い、私が0.01mm単位で形状を整えます。理論上、黒炎の出力を15%底上げし熱暴走を防ぐ冷却機能を搭載したプロトタイプが、三日で自作可能です。……ただし、凪沙様の集中力が続けば、の話ですが』
「やる。やるに決まってるだろ」
最強のSランク探索者が、たった一人の親友の機嫌を取るために、国家機密級の技術を「日曜大工」に投入することを決意した瞬間だった。
『凪沙様は「裕二のため」と仰いますが、単に優奈様に「忘れてたんだね(笑)」と呆れられたのが恥ずかしくて、見栄を張りたいだけですよね?』というエアの冷徹なツッコミは、凪沙の耳には届いていなかった。
「………なぁ、スズネって裕二の誕生日覚えてると思うか?」
『………………。彼女の最近のパフェ代への出費を見る限り、絶望的かと』
凪沙は嫌な予感を抱えながら、足早に帰路についた。




