一つの事件の顛末と②
「奴らの相手をする先輩はさしずめゴーストバスターですか。まあ教室と廊下毎吹き飛ばすぐらいですから関係はあるんでしょう。奴らがどうやっているのか知りませんが、とっとと成仏させてほしいですね。というかここに化けて出てこられたら困ります」
しかし幽霊というのは言い得て妙だと清治は思った。技術革新と引き換えに失われると目されてきたその手の話は現代であっても創作の中で生き続け、逆に、命を宿された希有なものだ。現実と想像の狭間が希薄になった今、存在感を増すものを幽霊とくくるならば、その呼び名は彼らにふさわしいように思われた。
話している内に先輩の失せていた頬の色はようやく赤みを取り戻し、幾分か体調が良くなったように見える。徹夜明けのような倦怠感を漂わせてはいるが倒れてしまうことは無いだろう。
清治の口から出た例え話を彼女は気怠げに首肯した。
「大丈夫。霊がわざわざ注目を浴びては何の意味も無いからね。ゴーストバスターというのは対して間違ってない。彼らと私たちは敵対関係にある。……何か言いたそうだな」
清治は頷いて、姿勢を正した。先輩の瞳をじっとのぞき込む。何かたじろいだような気配があったが、構わず告げた。
「先輩の開けた大穴――いいんですか、自首しなくて」
「リフォームするきっかけを上げたんだよ。時期的に私は見られないだろうけど」
「実は嫌いでしょうあの古臭い感じ。趣があって良いとか言っていたのに」
「君こそ、堅くてささくれ立ってる座り心地の悪い椅子に文句を言ってたじゃないか。思想的に君も共犯だ」
「いやあ寒かったなあ。この寒空の下で警察は無駄な捜査をしているんだろうなあ。犯人ここに居るんだけどなあ」
「その無意味な罪悪心の煽りをやめなさい」そこでようやく彼女は笑みを見せて「でも君が抵抗してくれて、よかった」と口にした。
「おかげで、このざまですけどね。あきらめてくれるでしょうか」
頬の所々にできた傷を指さして、清治は愚痴った。彼らが本気なら昨夜襲われてもおかしくなかったはずだ。顔も名前も知られているだろう。このまま何も無いなら無いで不気味だが余計な何かに巻き込まれるよりはずっといい。先輩はといえば傷一つ負った様子は無い。
「無理だな。物があまりに重要すぎる。私たちにとっても、彼らにとっても。怒らないか?」
「何をです? 助けてくれたのは感謝してますよ。あれは流石に『消される』と思いましたし」
自らの傷の大半が彼女の行為が原因であることを思い出して渋面を作った清治に智晶はテーブルを指でトントンと叩いて注意した。
「そうだ。彼らに捕まっていたら君は文字通り消されていた。いくら自分自身がそれでいいと思っても周りのことを考えてくれ。気が気じゃ無かったよ」
「旧本ですよ。あれば読むでしょう、そんなの。俺には無理ってもんです。先輩は好物を目の前に持ってきて食べて良いよって言われて食べないような人間ですか」
ちょっと考え込んで、智晶が言った。
「毒味くらいはするさ。さて話を戻そうか」短く息を吸った音が聞こえた。ここからが本題らしいと気づいて、注意をあらためて先輩に向けた。
「ゴーストは、うん。分かりやすいから彼らのことをゴーストと呼ぼう。彼らにはうってつけの名だ。彼らはここ十数年の間に姿を見せるようになったんだ。どれも後に大事件として数えられるようになる現場でね。と言っても何しろ監視カメラには写っていないし、防犯機構とリンクしているデータベースにも記録が無いから本当に幽霊じゃないかって騒ぎになったくらいだ。学校とはいえ、あれだけの目があるのに今日の報道がこれだ。ちょっとは分かってもらえると思う。誰も彼らのことを口にしないだろう?」
「言うまでも無くアーカイヴがやったと思っているでしょう。目的はともかくとして。奴らみたいなのを抱えてるならアーカイヴも犯罪がしやすいでしょうね。未だに捕まらないわけだ」
あれだけの知名度を誇るテロ組織であるのに末端の人間すら捕まったという報道を聞いたことが無いのはこの辺りが理由なのかもしれない。捕まっていたなら警察のメンツを保つべく大々的に報道したことだろう。
「君は何が何でもアーカイヴがやったことにしたいようだけど」
「他の候補を知りませんから。先輩は本当に何を知っているんです」
「全部は知らない。けれど充分すぎるほどには色々と知っている。彼らとアーカイヴは全く別物だ。ところで、あの旧本は持ってきたかい」
「……返してくださいね。まだ読み終わってないんですから」
そういって、清治は件の旧本を取り出しテーブルの中央に置いた。早苗堂に比べてこの喫茶店は十分すぎるほどに明るいので綺麗な装飾がより映える。やはりどう見てもやはりただの旧本にしか見えない。中身も同様だ。怪しげな男達がわざわざ学校に侵入して奪おうとする理由に検討がつかなかった。今からこれを破棄しろというなら涙を吞んで従うだろうが、どうにも名残惜しい。
「大丈夫だ。仕舞ってくれ。すぐに」
彼女はテーブルの上の旧本を一瞥するなり言った。清治はすぐにまた元の自分の鞄を開け、頁が折れ曲がらないように慎重に仕舞った。安堵した清治は再度昨日言っていたことについて尋ねた。
「それで何を開ける鍵なんですか、これ」
すると待っていたとばかりに智晶はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。嫌な予感が背中を突き抜ける。この笑みを見たときに何か良いことが起きた試しは無い。
「――データベースさ、面白いだろう? 探すのに苦労したよ。木を隠すなら林というが、ようやくだ。見つけたタイミングが彼らと同じだったのは負けたようで悔しいけど」
「今なんていいました? 何かおかしな言葉が聞こえたような気がするんですが」
聞いたことのある話だった。遠坂が面白そうに清治に話していた都市伝説の一つとしてだ。
――データベースには誰もアクセスできない中枢部のブラックボックスがある。
容量にして数百ゼタバイトを超える。何に使われているのか全く不明であり、国が名だたるハッカーを雇いアクセスしようとしてもまるで歯が立たない。そこには文字通りに管理を司る部分があって、それを掌握することができれば理論上、データベースの利用者を『洗脳』することができるという。
『だけどよ、こんな時代にそんなオカルトじみたヘンテコなものあってたまるか』
彼はそんな話を半分馬鹿にしているように締めくくった。清治も同意見だった。
そのときはそんなものに関わることになるとは想像さえもせずに。
データベースの鍵。それは何を意味するのか。
「マスターキーだ。それがあれば、データベースを好きなだけいじくれる。好きなように映像を見せることも、不都合な真実を消すことも、洗脳することもできる」
「そんな馬鹿な話が――」
「事実だ。信じようと信じまいと。まだ制限が効いている方だ。彼らはそれを悪用しようとしていて、一部成功している。ごく一部だがね。でなければとっくに負けてるさ」
「それはそうでしょうが」
話を鵜呑みにするならば、この本はとんでもない価値を有していることになる。
データベースがインフラの一つになっている現在、これを所有するということは全能の力を有するに等しいのではないか。そこらの凡人の代表格である清治にさえ、悪辣な使用法が思いつくのだから、価値を充分に分かっている物が所有したらどうなるか分かった物ではない。
日本はよくないほうに傾くだろう。そこで疑問が湧く。
「なぜこれが、こんなところにあったんです?」
そんな物が、こんな田舎の学校の、それも書庫とも呼べない場所に埋もれていたのは意味が分からない。清治でなくても、そんな大事な物を保管するならばもっとましな場所を思いつく。制作者はセキュリティの概念を知らないらしい。
「それの制作者は将来こうなることを予測して第三者にこれを預けるように作ったらしくてね。旧本としての価値を求める物にしか見つけられないようになっているそうだ。あそこにあった理由はよく分からない」
同じような話を清治は旧本で読んだことがあった。化け物には手を触れることも存在を感知することもできなかった宝物を主人公が意図せず手に入れるというものだ。だとしても不十分だ。
「……差し上げます」
「そんな嫌な顔するくらいなら持っていればいい。君が身体を張って守った本だ。可哀想だろう」
思わず再び鞄を開こうとする清治を先輩が押しとどめた。自分の体調を忘れるほどに楽しいのか、いつもの先輩に戻っていた。
「俺は旧本が読めれば良いんです。何度も言うようですが」
「今更遅いね。彼らは必ず来るよ。その本を狙って。捨てても駄目だ」
「先輩は俺にどうしてほしいんですか」
「何も。でも手助けはできる」
先輩は何でも無いかのように、ごく自然に次の言葉を紡いだ。
「アーカイヴに来てもらうよ」
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