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もう一つの『図書館』④

 唐突な呼び出しを受けたのは午前の授業をすべて終えた後のことだった。さしたる被害はないものの、学校側は一応の体裁をとって午後からは休校とすることを遅まきながら通達した。また、捜査のために当該区域周辺の立ち入り禁止を宣告されたため、清治の意識は早々に下校後の予定に向いていた。早苗堂に行けないのなら、放課後のこの学校に用はない。

 ちょっとでも様子を見れないだろうかと考え、清治はその甘い考えをすぐに捨てた。早苗堂の監視の目は厳しいだろう。そうでなくても、もともとはずれにある建物だ。何人かが外で張っているだけで近づいてくる人間がいたら気づくはずだ。だが、本の様子が気になって仕方がない。近づくのは無理でも学校の上階からなら見れるはずだと気づいて清治は席を立った。

 

 廻りの学生が作る波に乗る様に、黙って教室から出ようとした矢先に、

「楠、ちょっとまってくれ」教室から抜け出すのを引き留める声がかかった。

「なんですか、先生。言われなくても帰りますよ。することもありませんし」

だろうな、と呼び止めた当人――先ほどまで授業をしていた教師が答えた。呼び止めた当人であるくせにさほど乗り気ではない様子である。

「悪いが楠。お前は居残りだ。ちょっと話を聞きたいそうだ。何のことかわかるか?」

「いえ、心当たりがありません」早速かと清治は心中で身構えた。巻き込まれるにしても早すぎる。教師はじろりと清治の表情を覗いた後で、こう付け加えた。

「まあ、いい。四階の実験室に来てくれと伝えるように伝言を頼まれた。今時呼び出しの手段なんていくらでもあるのに人使いが荒い。こっちはまだ仕事があるんだ。あいつらはそれを分かってない」

 

 清治の返答を待つことなく、教師は苛立たしげに頭を掻くと、清治をおいて教室から足早にいなくなった。あとには清治だけが残される。

 すっかり静かになった教室を、清治はやはり黙ったまま出た。

 仕方なく出口へ向かう学生の流れに逆らって、つまり自分のクラスの前方の扉を開いて左に進路を定める。清治のクラスは正面玄関から見てちょうど2階の中間の位置にある。歩いている方向に学生が使える出入り口はない。自然、すれ違う人の数は加速度的に増え、あるときふっと、零になった。違う階からはざわめきがまだ聞こえるが――それだけだ。

 

 四階までの廊下は長い。清治が落ち着きを取り戻すには充分だった。何の用事であろうと清治がまともに答える必要は無いのだ。足取りが軽くなることはないが、必要以上に構える必要はない。後ろ暗いことといえば、無断侵入と備品の無断持ち出しぐらいのものだ。少なくとも投獄されるようなものではない。こういうときこそ、データベースに潜ることができればと思う。

 自分のクラスのある長い廊下を抜け、太い幹線に出る。幹は枯れかけていた。枝を増やしすぎたのだ。太くたくましく自らを支える幹は学校予算という栄養をことごとく吸われている。塗装や何かでごまかしてはいるが建築のデザインまではごまかしきれない部分が出てきている。本当の植物とは違う校舎は自らの意思で枝を落とすこともできず、コツンコツンと虚の中に寂しく足音を響かせた。すっかりすべて枯れ果ててしまうまで時間の問題かもしれない。ただでさえ通う人間の絶対数は減っていた。

 

 階段を上り、三階を通り過ぎ、四階へと上がっていくところで知った顔に出くわした。呼び出された時点で予感はしていた。清治は一度目を閉じて決心したように口を開く。

「先輩、帰らないんですか。今日は残っててもあそこには行けませんよ。これから先もしばらくは難しいでしょうね」

「君か。……一応聞くが君も?」

 答えるまでもないことを先輩は問う。

「はい。ということは先輩もですか」

 

 珍しく彼女は渋面を作っていた。おそらく似たような表情を清治も浮かべている。

「そうだ。なんだか嫌な予感がするな。昨日の今日であっさりと私たちにお呼びがかかるとはね。今の警察はそれほど優秀なのか。どう思う、清治」

「さあ。別にこそこそしてたわけじゃないですから。でも、少なくとも良い方向の話じゃないことだけは確かです。話がいきなりすぎる」

 学年も性別も違う二人の共通点といえば早苗堂だ。真っ先にそれが思い浮かんだ。彼女は清治が並ぶのを待っていた。並んで歩きだしてから、清治が口に出すと先輩は真剣な顔で同意する。

「まず間違いなくそうだ。ただ、気になるのは、なぜここでやるのか、だ。事情聴取なら署で行うとは思わないか? 中央署だってここから遠くないんだし。どうしてもそこだけ読めない。どこの誰だか知らないけれど余計なことをするものだね。今頃どんな顔をしているのやら」

 

 聞けば、やはり彼女も事情が聞きたいと呼び出されたという。清治はそのことを不思議に思った。放課後のあの早苗堂の中でしか彼女のことを知らないが、どうしても彼女がこの話に素直に応じるとはとても思えないのだ。ただ口には出さなかった。

「悪くて犯人扱い、といったところですかね、俺たちについては」清治は半ば諦めたような口調で言った。

「良くて、の間違いかもしれないよ。いや、行く前に決めつけるのはよそう」茶化すように先輩がにやりと笑って見せた。つられて清治も笑う。

「勘弁してください。どこにでも人の目はある、データベースから離れて実感します。ちょっと手元が狂えばすぐに嫌な方向に転がりかねない。怖い時代だ」

 

 人気の無い廊下を二人で歩いて行く。

「それで、先輩はどこまで聞きました? 今回の件について」

 進行方向を見ながら、楽しそうに彼女は肩を揺らして歩いている。半歩ほど後ろから追いかける形で清治が続く。

「清治と同じさ」

「ですよね。……たださっき、同じクラスの奴から面白い話を聞きまして」

 清治が遠坂から聞いた話をすると、彼女は考え込むように腕を組んだ。それから髪をかき上げて、ちらと清治を見た。

「その方が確かに面白いが、どうだろう。私はあまりそれを積極的に信じる気にはなれないね。そもそも犯人が何をしたかったにせよ過剰にすぎる」


「案外アーカイヴとか言う連中の仕業かもしれませんよ。国相手にテロを起こすような奴ららしいですから」

先輩の足が一瞬止まった。すぐにまた歩き出す。

「君はこの手の情報になるとさっぱりだな。旧本の読みすぎだ。もっと勉強した方がいい」

 先輩がにべもなく否定する。おや、と清治は首を傾げそうになった。短い言葉の中に、ごくわずかにだが、かばっているようなニュアンスを感じたのだ。今までになかったことだ。思えばこの不可解な関係の彼女とはあまり議論を交わしたことはなかったなと清治は思い出す。

 アーカイヴとは、最近世間をにぎわせているテロ組織の名前だ。散々ニュースでもやったし、その凶悪さから、知名度が高い犯罪組織である。ちなみに他称ではなく自称だ。

 

 データベースに対抗してつけた名前らしく、話題に上がるときには必ずと言っていいほどデータベースに関連する何かを破壊しただのとニュースになる。清治が国に対してといったのはそれほど間違いではない。なにせデータベースは日本国に限って言えば100%国家の資産で、そこから民営化として切り離した組織が運営しているからだ。これには各種サービス類は含まれないが、当然根幹を攻撃すればデータベースはダメージを受ける。

 それ故に、データベース≒国という方程式が成立する。

 生活の一部としてかつてのインターネットに代替するインフラの一つとして見られているデータベースを攻撃するものを快く思う一般市民など清治は見たことがない.対立関係は一方的なものだった。

「これだけたくさん事件を起こしてたら変わりませんよ」


「キミが言っているのは同じ豆なのに冷奴にしょうゆをかけるのはどうなのかと言っているようなものだ。全然違う。君にかかればちょっとした団体もテロ組織といいそうだな」

 清治は吹き出しそうになるのを慌てて堪えた。議論を交わすときに必要不可欠である一種の緊張感が霧散する。本人はいたって普通に話をしているつもりだろうが、話している内容と違ってあまりに平和的に過ぎる。それが真面目くさった顔で言うものだからおかしくて仕方が無い。

「犯罪組織に区別なんか必要ですか?」少し間を置いて、にやけかけた頬を引き締め直す。「この時代に義賊でもあるまいし。先輩がどう言ったところでアーカイヴと自称する組織が犯罪を犯しているのは変わりません」

 

 先輩は嘆息した。

「それは認める」先輩は首肯した。「でも、何も一つの見方だけが答えじゃない。何に着目するかで違う結果が導かれることがある。遠目から見たときには白いベールに覆われた床置きの古い時計かと思えば、近づいてみて実は一体の石像だった――というように」

 

 先輩のする例え話はそのまま清治と先輩との関係にも当てはまる。当分、早苗堂に行けないという現状。早苗堂以外での先輩を知らないという現状。連絡先さえ知らないという現状。先輩と清治との関係は細い糸のようにいつきれてもおかしくない情況にある。知っているようで知らない間柄。先輩の卒業までは九ヶ月ほど。長期休暇等を考えればもっと短い時間だ。

 

 早苗堂が使えなくなっても、彼女はふらりと清治をからかいにくるのだろうか、とふと疑問に思った。

 彼女の言葉の真意を聞こうとしたその時、校内中にチャイム――さすがに昔ながらのものではなく、人が機械的に学校の中で生活するために最小限の音で絞られた電子音だ――が鳴り、会話を妨げた。

「早くいこう。私たちだけご飯を食べ損ねてしまう。また後で」

 なぜだか勝ち誇った小学生のような表情をして先輩が別の部屋に入っていくのを見送った清治は、しばし佇み、それからその二つ奥にある実験室の扉をそれなりの強さで叩いた。

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