大人になり切れなかった少年
「熱感知、光学系感知。アナライズ。データベーススキャニング。リポート、21260511。外縁地区東4-3。生物と思われる動体あり。レンジフォーカス+3。拡大、99.99999%の確率で人間の手と推定。脈動チェック、3,2,1、脈拍低下中。まだ生きています。どうしますか?」
無機質な女性の声を発する何かに促され、しぶしぶ椅子から起き上がると、コンソールからはじき出された結果にオペレータは面倒くさげに眉をひそめた。もう少し、外かあるいは中心部近くで倒れてくれればいいものをと毒づきたい気持ちを吐き出して、オペレータは本日5箱目のた・ば・こ・(非ニコチン依存で直接精神に作用する)を吸い潰した。薄暗い部屋の中、とっくにはげた頭をかきむしり、コンソールから目を離さないまま、手は新たなたばこを探し求める。オールドボーイ(子供のまま大人になった少年)。彼を知るものは裏ではそんな風に呼んでいる。純日本人でありながら、日本人離れした骨格と容貌がそのあだ名に拍車をつけている。
「どうしますか、だ? いい加減学習しやがれ、身体無し(ビッグヘッド)。てめえの頭についてるのはなんだ。集積回路チップ(超大規模集積回路)の代わりに木片チップでも詰まってんのか! どう見ても人間だろうが! 出動だ!」
「了解、出動許可認定。それと私の名前はエリです。吉野殿。お間違え無きよう」
感情のない声が皮肉気に響いたように聞こえた。中途半端に自我があるところが、なおさらオールドボーイの機嫌を損ねた。わざとやっているとしか思えないからだ。
要は済んだとばかりにコンソール表示を切る。疎ましく思われていることをさすがに学習したのか、オールドボーイがそうした後は、よほどのことがない限り話しかけてこない。また椅子に戻ってふて寝を始める。
世渡りがうまいとは決して言えなかったオールドボーイが押し込まれたのはハイリスクハードオペレーションの現場とはかけ離れた現場だった。
「俺が後方勤務? 何の冗談ですか」
困らせるのはいつだって市民だ。被疑者よりやっかいと来ている。上司は現役で外を張っていた時、市民に向けていた表情を今、オールドボーイに向けていた。そのことにオールドボーイは困惑を隠せない。
「困るのだよ、君。何事にも順番があって、今回は君の番が来たというだけだ。スーツを着たって君の年頃にもなればーー君は別としても、遅かれ早かれ身体が思うように動かなくなる。そうなったときに下手をこうむるのは相方だ。わかるだろう? 現に私がそうだった。君は惜しんでくれたが、私が陰で何と呼ばれていたか知っているかね」上司は当時のことを思い出したように翳のある笑みを浮かべた。「引き際も判断できない耄碌じじいだ」オールドボーイは返答しなかった。それが答えだった。
「斎藤、あの野郎の進言ですか」自分でも驚くほどの自制心を発揮して、オールドボーイは聞いていた。「だとしたら、俺は奴にありがとうとでもいえばいいですか。くたばっちまう前に後方送りにしてくれてよって。余計なお世話だ」認めるのは悔しいが、心当たりはある。ずるずると結論を先送りしていただけだ。斉藤は自ら鍛え上げたいわばオールドボーイの分身、いや、息子のようなものだった。奴を育て上げることができたのが、オールドボーイにとって一番の成果だと自負している。
これは裏切りだ。怒りと、寂しさがない交ぜになった頭を外聞も無くかき回した。
「そう言わんでやってくれ。あれは少々性急すぎる面もあるが、今回の件に関しては純粋に君を慮ってのことだろうと感じたよ。実を言うと、彼からは何遍も相談されていたんだ。私も君にはそろそろ言わなくてはいけないと思っていたのでね。もちろんこの場で辞表を提出するならその限りではないが、君はそうしないと信じている」
「俺は、俺はもうこの組織には要らないと? 勝手なことです」
「そうはいっていない。外縁部の勤務になる。ゆっくりするといい。キミもそろそろ落ち着くべきだ。危険もないから家族だって作れる。悪いことじゃない。いくらデータベースで技術・経験が学べるからといって若者達にはまだまだ君の力が必要だ。違う場所で生かしてほしい」
その後いくつかの仕事に関する話を済ませ、オールドボーイに異議申し立てが無いのを確認すると上司はオールドボーイに退出を促した。
――俺はまだ戦える。
喉元まで出かかった声は呑み込まれたまま、音にならずくたびれた息吹になって消えた。
帰って一人酒をしながらオールドボーイは考えた。
書類上は昇進だが現状は違う。部下すらおらず、勤務場所はあの外縁部だ。付き合いの長かった上司はああいったが、これでは体のいい退職勧告だ。多くのものはこの人事をそう見るだろう。
外縁部はその仕事ぶりから身内に回収屋と呼ばれていることをオールドボーイは熟知していた。日々、事件性のない身元不明人が境界で野垂れ死んでいくのを回収するのが主な任務となってはもはや、何の仕事をしているのかわからない。そんな外縁部の職員を皮肉ったものだ。オールドボーイもその中に混じっていた。
――そんなところにいたら、俺はどうなるのだろう。
信頼している2人がそろって追い出すようにオールドボーイの肩をたたいた。その事実がオールドボーイの酒を深くしていく。良くは為るまい。
外が白むまで飲み続けたが、結局答えは出なかった。
音がオールドボーイを薄暗い執務室に連れ戻した。
セミオートで出動要請などあらゆる手続きがコンソール上で秒単位に進んでいく。オペレータは数秒まって、それらを一括決裁するとリクライニング式の椅子を倒して寝ころんだ。目をつむっていてもわかる程に覚えたシークエンス音。ただの機械が奏でるにはあまりに騒々しく、美麗な音を奏でる。気に入らない者だらけの中でこれだけは気に入っていた。
本来ここに人間は必要ない。
ただ、すべてを機械にゆだねるのはいかがなものかという、ただそれだけの理由でオールドボーイはここにいる。要するに倫理的な問題だ。人命の取捨選択を機械に(人間に近づいたとはいえ)やらせていいのかとかいうお・上・のご意向。国際世論とやらに傅く税金喰らい。
賢明な判断だ、くそったれと思い出す度にオールドボーイは責任者をぶん殴りたくなる。技術的にはとっくに出来上がっているのに降ろしてきたのは時代にそぐわぬ欠陥品。
現場が本当に欲しかったものをあざ笑うかのごとく渡してきたのは放っておけば人を見殺しにする市販品以下のAIが積まれたシステムだ。腐るだけセンサがあるのだからコンソールには結果をそれはそれはきちんとした形ではじき出す。だが、それ以上のことはしない。その結果が、今まで見てきた光景だ。
八つ当たりとばかりに館内放送にもつなぐ。旧式のアンプを通して館内中に怒声が響いた。
「出動急げ。とっとと準備しろクソガキども。死なれたらまた面倒だぞ!」
オールドボーイはは外縁部で死亡事故・事件があった時の報告書のフォーマットが何だったかを思い出して顔をしかめた。死体発見なら楽だったのだが。
オールドボーイの機嫌が悪いときになされるその行為に当直の即応隊は文句も言わず所定の時間内に装備を整え、外縁部に出動した。
その到着まで、あと3分。
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