表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/72

第57話 私の誕生日

 二月に入ってすぐの今日、冬にしては随分と日差しの強く、寒さが少ない日だった。

 ベッドから下り、制服に着替え、キッチンに向かってテレビを付ける。ちょうど天気予報をやっているところで、笑顔のお姉さんが『今日は全国的に晴れ、降水確率も低いです。絶好のお天気日和になるでしょう』などと解説していた。私は朝のコーヒーを準備しながら、画面を流すように見る。

 天気予報が終わった後、テレビは最新の人気スイーツ特集を始めた。とあるケーキ屋へレポーターが向かい、苺がたっぷり乗ったタルトを頬張る。ありふれた称賛の言葉を述べたレポーターは、その店の店員に何やら色々と尋ねていた。店員の女性は笑顔で答える。

『はい、こちらのタルトは新鮮で甘酸っぱい高級苺を取り寄せ、こだわりの材料で仕上げました。本日、二月二日のお勧めです』

 ふと、コーヒーにお湯を入れる手が止まる。私の意識は、店員の女性の言った言葉に向けられていた。二月二日……。

「今日って、確か――――」





「なーぎー! お誕生日おめでっとー!!」

 朝、私が教室に入ると同時に、そう叫んで私に抱きついてくる茜を受け止めた。肩から下げた鞄の重みに人の重みがプラスされ、正直かなり重い。

 教室にいた数人が茜の突拍子もない行動に目をやり苦笑い。数人が「え、凪今日誕生日? おめでと」「飴あげるよー」などと言ってくれた、おでん味の飴もくれた。何それ。

「あはは、おはよう。……あれ? 藍川達は?」

「何か購買行くって。凪にお菓子あげるんだって…………あ、そうそう。はいこれ、プレゼント!」

 そう言って小さく綺麗に包装された箱を渡してくる。ピンクの箱を赤いリボンで可愛く縛ってあった。

「中身はー、なんとあたしの手作りクッキー! 頑張ったんだよぉ」

「手作り? 凄いじゃん! ありがとう、茜」

 そう言って礼を言うと、茜はにゅふへへへと顔を緩ませきって「何だよ褒めんなよー照れるー」なんて笑っていた。


 茜は一宮が茜を好きだと叫んだ次の日も、いつもと変わらぬ態度で皆に接していた、勿論一宮にも。私が茜に、『一宮とどうするのさ』と尋ねても茜は何も言わなかった。彼女は彼女なりに思う所があるんだろう。だから私はもう何も言わない。

 一宮も藍川も、茜が知っている事は知らない。知っているのは私だけだった。いや、棺先生もあの後少しだけ雰囲気を感じ取ったようだったが、それについては何も公言していない。ただ茜と一宮を見守る立場でいたいようだった。それは私も同じ事だけれど。

「そういやさ、この近くに新しいデパート出来るって知ってた? 何かね、映画館とか喫茶店とかも内蔵されてるみたいだよ」

「凄いねそれ。いつ出来るの?」

「今年の秋か冬ぐらい……かなぁ、確か。でも出来たら皆で行ってみたいね!」

 そうだねぇ、工事中は危ないから近付かないようにしなくちゃね。

 茜とそんな風に笑いながら話をしていると、購買から藍川達が戻って来る。

「お、川瀬! おはようアンドハッピーバースデー!」

「凪ちゃん、誕生日おめでとう!」

 購買から戻って来た藍川達がそう言って私達に近付いてくる。一宮が私に、何かを手渡しして来た。

「あれ、これって金曜日限定発売の苺プリンじゃん! くれるの?」

「誕生日だからな、特別だぜ?」

 ありがとー、と早速口に運ぶ。甘酸っぱくて美味しい。

 藍川がにこにこ笑って、背中に隠していた手を前に出す。

「凪ちゃん、これ欲しがってたでしょ?」

 藍川の手に乗っていたのは、見覚えのあるぬいぐるみだった。

 真っ黒でふわふわとした毛並み。本物よりほんの少し大きいかという大きさ。光を反射して輝く青い目。長くだらんと垂れ下がった尻尾。そして頭には豪華な装飾の王冠。そんな、丁寧に作られていると分かる黒猫のぬいぐるみだった。

 一月、冬音さんと再会した時に藍川と通った文具店で、店頭のショーウィンドウに飾ってあったぬいぐるみだ。凄く可愛いと思っていたけれど、買えそうにないなと諦めた物。

「これ…………高かったんじゃないの?」

「そんなにしなかったよ、せいぜい二千円くらい」

 しばらくそのぬいぐるみを眺め、そして抱きしめる。ふわふわと肌触りが心地良く、気持ち良い。そうやってぬいぐるみを堪能した後、藍川に笑顔を向けた。

「ありがとう藍川、すっごく嬉しい!」

 藍川は一瞬目を見開き、それから照れくさそうに頬を掻く。顔は赤かったけれど嬉しいのだろうか、口がゆるゆるに緩んでいた。


 藍川は多分気付いていないと思う。私も、ぬいぐるみを抱きしめた時に分かったぐらいだから。

 ぬいぐるみの頭部に飾ってある王冠に、目立たないように値札が貼ってあった。店員さんも気付かなかったのか知らないけれど、取れていない。ちらりと見た時に書かれていた値段は、

「…………七千円」

「ん? 凪、何か言った?」

「なんでもないよー」

 そう言ってぬいぐるみの頭を撫でた。値札をこっそりと剥がし、制服のポケットに入れる。

 学生が友達への誕生日プレゼントにするにはかなり高いし、少なくとも一宮の二百円の苺プリンとは雲泥の差がある。……いや、一宮のプレゼントが嫌なわけじゃないけどね、本当嬉しいもの。

 いくら欲しがっていたとは言え、友達の誕生日にここまでするものだろうか? へらへらと笑う藍川を見ながら思う。もしくは、友達じゃなくて、もっと別の…………。

 ぬいぐるみの目を覗き込む。透き通るような青い目が私を見ていた。ガラス玉の目に私の顔が小さく映っている。





 放課後、久しぶりに全員の部活が無かったので皆で帰ることにした。玄関で靴を履いている時、茜が外を見て叫ぶ。

「あーっ! 猫だ猫!!」

 外の校舎の低い塀の上に、確かに一匹の猫がいた。ちょっと見る分としては珍しい黒猫だった。人を恐れていないのか、下校中の生徒が横を通っても呑気に大口を開けて欠伸をしている。

「黒猫って見ると不吉になるとか言うけど、可愛いよね! ……あっ、見てよ凪。凪の持ってるぬいぐるみと同じ目の色だよ」

 茜が爽言いつつ猫に近寄る。猫は茜には目もくれず、そっぽを向いていた。私も茜の隣に行って猫を見てみると、その猫は水色の目をしていた。それと、近付いてから分かった事だが、その猫の首には深い藍色のリボンが付いていた。

「飼い猫かな? でも、この近くに黒猫なんていたっけなー……」

 一宮が首を傾げながら唸る。と、黒猫がちらりと藍川に目を向けた。そして数秒間じっと眺めた後、プイッと顔を背ける。人を怖がらなくても、興味は無いということか。

「僕に何か用なのかな?」

「猫に用とかねえんじゃねーの?」

 藍川と一宮がそう言っている間に、黒猫は立ち上がって塀を乗り越える。そのままスタスタと歩き、校舎の隙間に入って見えなくなった。自由気ままな散歩中だったようだ。

 茜が猫にバイバーイと手を振り、私達に向き直る。

「じゃあそろそろ帰ろっか」

 一宮がそうだな、と頷いて。藍川が帰ろうかと微笑む。

「今日で凪は十六歳だね」

「でも俺、五月入ったらもう十七だぜ! 一周ぐらい違うな」

「僕は十月だからなー、まだまだだよ」

「あたし八月! プレゼント期待してるよ!」

 気が早いな、と皆で笑い合う。冷たい冬風も気にせずに、楽しそうに白い息を吐いて笑う。


 今日は凄く嬉しい一日だった。皆に誕生日を祝われてプレゼントも貰って。嬉しくて嬉しくて、幸せで。

 こんな幸せな日がこれからも続くと良い。私はその時、そう思っていた。




 あの黒猫が事件を引き起こすのは、三月も後半に入った時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ