第一話 鏡子と茎一
湿り気を帯びたぬるい風が、アスファルトの隙間に溜まった日中の熱気を巻き上げていた。
東京郊外、大手テクノロジー企業の開発拠点や巨大なデータセンターが整然と無機質に立ち並ぶ街区。
夕刻の退勤ラッシュを前にして、低く垂れ込めた雨雲の下、湿った歩道を歩く足取りはどこか鈍い。
叢雲茎一は、仕立ての良いスーツの袖口にまとわりつく湿気を指先で払い、急速に光を失っていく上空を見上げた。
「……降り出すのは、時間の問題か」
三十四歳。
社会人としていくつかの泥臭い現場や、人間の欲望が渦巻く組織内の泥仕合を潜り抜けてきた。
今年、国産自律日本語AIモデル「フトダマ」の開発と運用を手がける注目のベンチャー——株式会社フトダマへと中途入社したばかりだった。
胸元でかすかに揺れる真新しい社員バッジが、まだどこか自分自身の身体に馴染みきっていないような、うっすらとした違和感を残している。
会社は社員数二十名ほどの小さな組織だ。率いるのは、二十代にして天才と評される若き社長・命。
彼らが保有する独自のAIアルゴリズムは国内トップクラスの精度を誇っていた。ただ、天才肌の命は、泥臭い交渉や組織調整を苦手としている。
普段から人と無駄な摩擦を起こすことを徹底して嫌い、どんな場であっても角を立てずに滑らかに溶け込む物腰の柔らかさ。
それが、周囲の人間が抱く「叢雲茎一」という男の共通認識だった。
だがその柔和な外面の奥底には、修羅場を経て培われた大人の男特有の割り切りの早さと、物事の本質を冷徹に見極める図太い芯が同居していた。
人間関係の目に見えない歪みや、組織が抱える滞りを直感的に見抜き、どこに誰を配すれば滞りが解消されるか——そうした本質的な嗅覚に長けていたが、当の本人はそれを特別な才能だとは露ほども思っていなかった。
ポツリ、と黒い点が路面に広がっていく。
雨足が強まる直前、茎一は沿道にひっそりと佇むバス停のプラスチック屋根の下へと滑り込んだ。
濡れるのを避けるためベンチの端へ身を縮めたその時、反対側の端に立つ先客の存在に気づいた。
暗灰色のパンツスーツを寸分の狂いもなく着こなした、誰もが二度見するような美女だった。
すっと美しく伸びた背筋、肩にかかる艶やかな暗めの髪——光の加減でほのかに柔らかいトーンを覗かせる、大手企業のオフィスでも品良く馴染むダークグレージュのカラーリング。
知性を宿した切れ長の瞳は手の中の最新鋭の端末へ向けられ、その完璧な横顔には薄氷のような冷たさと、あからさまな苛立ちが刻まれていた。
(綺麗な人だな……)
男としての素直な視線を一瞬だけ注ぎ、気まずさからすぐに向き直る。
その直後、激しさを増す雨音を切り裂くように、彼女の低い声音が耳を叩いた。
「だから出向なんて嫌だって言ってるでしょ! 会長の娘だからって経営企画部に置かれて、今度はお父さんの鶴の一声で結婚? ふざけないでよ! アタシは現場で営業して、自分の力で成果を出したいの!」
刃のような語気。
「アタシ」という強烈な第一人称。
通話を一方的に切断した彼女は、胸を大きく上下させ、忌々しそうに宵闇の迫る空へ吐息を吐き捨てた。
その言葉の意味を正しく反芻する暇もなく、ゴオオオッ——と地鳴りのような猛烈な突風がバス停を容赦なく薙ぎ払った。
「きゃっ!?」
強い風圧によって高いヒールが横滑りし、彼女の細い身体が車道側へ大きく傾く。
「あ、危ない……!」
反射的に体が動いた。
一歩踏み出し、彼女の肩を掴もうと手を伸ばす。
だが、濡れたアスファルトに足をすくわれ、茎一自身も体勢を大きく崩した。
二人の身体が、重力と風圧に導かれるようにもつれ合って倒れ込む。
ドシン、という生々しく重い衝撃。
頭部同士が強くぶつかり合い、視界が眩い白光で塗りつぶされた。
直後、至近距離の電柱へと一筋の紫電が走り、鼓膜を破る炸裂音とともに、茎一の意識は途方もない深い暗黒の底へと引きずり込まれていった。
◆◆◆
目覚めは、かすかな消毒液の匂いと、どこか優雅な甘い花の香りの中だった。
「……ん、あ……」
重い瞼をゆっくりと開く。
視界に映ったのは、見慣れた狭い賃貸アパートの安っぽい天井ではなく、柔らかい間接照明に照らされた、見たこともないほど広々とした特別個室の天井だった。
(ここ……病院か……? 俺、雷に打たれたのか……)
頭の奥を鈍痛が殴り続けている。
額を押さえようと手を伸ばした茎一の視線が、病衣の袖口で固まった。
「……え?」
視界に入った腕が、あまりにも細く、透き通るように白かった。
指先は細長くて繊細で、丁寧に手入れされた透明なネイルが室内灯を受けて上品に輝いている。
三十四年間付き合ってきた自らの無骨で日焼けした手とは、骨格のレベルからして違っていた。
指の関節の丸み、皮膚の薄さ、浮き出る静脈の青さまで、すべてが緻密で美しい「女性」の造形だった。
身を起こそうと身体を捻った瞬間、胸元に「ずしり」とした不思議な重みと強烈な圧迫感を覚えた。
「うわっ!?」
思わず両手を胸元へと当てる。
柔らかい。
圧倒的な弾力と温もり。
服越しに手に伝わってくるその感触は、どう考えても豊かな女性の乳房そのものだった。
両手にすっぽりと収まりきらないほどの体積。
「ひやああっ!? な、なんじゃこりゃ……! なんで俺の胸に……っ!」
喉から漏れたのは、いつもの低く落ち着いた声ではなく、鈴を転がすような、澄んだ美しい女性の高音だった。
言葉を発するたびに喉の奥の小さな振動が、可憐な音色となって鼓膜を揺らす。
「声まで……!? どうなってるんだよ……!」
パニックになりつつも、点滴のチューブに気をつけながらベッドを抜け出した。
壁に設置された大きな全身鏡の前に立ち、茎一は息をのんだ。
そこに映っていたのは、あのバス停で雨宿りをしていた美女——二十七歳の石凝鏡子その人だった。
肩にかかる上品にカラーリングされた美しい髪、知性を秘めた切れ長の瞳、すっと通った高い鼻筋、そして引き締まったウエストと豊かなバスト。
鏡の中の彼女は、客観的に見れば息をのむほど優雅で美しい「一幅の絵画」のようだった。
だが、自分が右手を上げれば鏡の中の彼女もまったく同じ軌跡で右手を上げ、自分が困惑に眉をひそめれば鏡の中の彼女も滑らかな眉を寄せる。
眺めているはずの美女が、そのまま自分自身だという、うまく言葉にできない違和感。
「嘘だろ……なんで俺が、この女になってるんだ……!」
震える指先で自らの頬に触れると、鏡の中の彼女も同じ場所を指で押さえる。
柔らかく吸い付くような肌の感触が、指先と頬の両方から同時に脳へと伝わってくる。
その時、コンコンとドアがノックされ、看護師が入ってきた。
「あ、石凝さん! 急に動いてはダメですよ」
慌てて病衣の胸元を整え、何食わぬ顔で鏡の前から離れた。
「あ、すみません。ちょっと鏡を見ようと思って……」
落ち着いた声音を作ったものの、興奮と混乱で火照った顔までは隠しきれていなかった。
看護師はごく普通の淡々とした対応で、動揺する茎一を優しくベッドへと戻した。
「あの……看護師さん、私、どうなってるんですか? 記憶がなんだか混乱していて……」
「……石凝さん?」
看護師は困惑したように眉をひそめた。
「記憶に混乱があるようですね。頭部を強く打っていますから……主治医の先生を呼びますね」
やってきた医師は、カルテに目を落としながら静かに告げた。
「頭部外傷に伴う、一時的な解離性記憶障害、あるいは自己認識の混乱でしょう。脳の精密検査に異常はありませんから、無理に思い出そうとせず、まずは安静にすることが第一です」
(記憶障害ね……ふうん。まあ、男の俺が女の体に入ったなんて言ったって、誰も信じるわけないもんな)
茎一は持ち前の割り切りの早さで、医師の言葉をあっさりと受け入れた。
病名がついた方が、周りをごまかしやすくて都合が良いとさえ思っていた。
◆◆◆
事故から一夜が明け、入院二日目の朝を迎えた。
精密検査の結果と経過観察でバイタルや脳波に器質的な問題がないことが認められると、主治医から「体調も安定していますので、個室内のシャワーをご利用いただいて構いません」との許可が下りた。
看護師が去り、一人きりになった豪華な特別個室。
茎一が脱衣所へ向かうと、その奥はコンパクトに洗練されたバスルームだった。
ガラス張りのシャワーブースの前にある大きな鏡の前に立ち、茎一は息をのんだ。
病衣のボタンを一つずつ外し、肩から滑り落とす。
続いて下着を脱ぎ捨てる。
湯気が立ち込み始める前の冷ややかな空気の中で、鏡の中に現れたのは、一切の隠し事がない全裸の石凝鏡子だった。
透き通るような白肌、華奢でありながら滑らかな曲線を描く鎖骨、乳白色の肌に映える桃色の突起を頂点とした、豊満で綺麗な球体を描く乳房。
キュッと引き締まったウエストから、丸みを帯びたヒップラインとすらりと伸びた太もも。
三十四歳のごく一般的な男性であり、健康な性的欲望を持つ茎一の胸の中で、男としての生々しい感情が激しくうねりを上げた。
(待て……待て待て。昨日も思ったけど、俺……本当にこんな超絶美女の体になっちまったのか……!?)
恐る恐る手を伸ばし、自らのものとなったその胸を鷲掴みにしてみる。
「……っあ」
手に伝わるモチモチとした極上の柔らかさと弾力。
手に余る質量。
そして指先から脳へと直接伝わってくる、女性特有の甘く過敏な感触。
触れている手のひらの感覚と、触れられている胸の皮膚の感覚が同時に脳内でリンクし、背筋を痺れるような熱量が駆け抜ける。
茎一はシャワーの蛇口をひねり、温かい湯を全身に浴びた。
お湯が艶やかな髪を濡らし、しなやかなボディラインを伝って足元へ流れ落ちていく。
ボディーソープをナイロンタオルで十分に泡立てると、手のひらにたっぷりと泡を乗せ、自分の全身を丁寧に洗い始めた。
豊満な乳房に泡を滑らせ、下から持ち上げるように優しく揉み込む。
「う、うわあ……すっげぇ……柔らかい……っ! 洗ってるだけなのに、めちゃくちゃ気持ちいい……っ」
首筋から背中、お尻の丸みをしっかりと指先で撫で回し、洗髪ではほのかに色づいた髪に指を巡らせてその香りを堪能した。
さらに茎一は、泡の滑らかさを利用して、固唾をのみながら股間へとそっと手を差し入れた。
男としての象徴は跡形もなく消え去っており、代わりに滑らかで未体験の構造が存在していた。
指先で恐る恐るその繊細な粘膜に触れてみると、電撃のような鋭い快感が襲った。
「ひっ……っ!」
ガラス壁に両手をつき、荒い息を吐く。
顔は真っ赤に染まり、全身からうっすらと汗と湯気が噴き出していた。
(ヤバい……ヤバすぎるだろこれ! 罪悪感とか言ってる場合じゃない、めちゃくちゃ興奮する……っ! 男なら誰だって一度は想像するけど、本当に女の体になるなんて……しかもこんな極上の美女だぞ!?)
自分が誰かの体に入ってしまったことへの申し訳なさなど、いまの茎一の脳内からは完全に吹き飛んでいた。
圧倒的な性的興奮と「この身体を好きなだけ触れる」という最高の特権に、理性が完全にノックアウトされていたのだ。
シャワーブースの壁に背を預け、温水が身体を伝う感触にうっとりと目を細める。
三十四歳の男としてのスケベ心が完全に満たされる、至福の時間だった。
◆◆◆
シャワーを終え、着衣をして鏡の前で濡れた髪を拭いていると、ドアのノック音が響いた。
「石凝さん、ナースステーション経由で、ご家族からのお荷物と書類をお預かりしましたよ」
看護師が受け渡し口から届けてくれたのは、着替えの真新しい下着類とパジャマ、書籍、そして丁寧にファイルされた書類の束だった。
「面会制限で会社の方は病室に入れませんので、何かあればナースステーションにお申し付けくださいね」
「あ、ありがとうございます」
看護師が去った後、茎一はベッドに腰掛け、受け取ったスマホと書類に目を通した。
顔をインカメラに向けると、生体顔認証であっさりとロックが解除される。
「よし、開いた」
画面を開くと、動画サイトの検索窓やメッセージアプリが並んでいる。
大企業の社員としての立ち居振る舞いやメイク、スキンケアの基本など、女性としての知識のなさを埋めるため、茎一は動画を貪るように閲覧し始めた。
「下地を塗ってからファンデ……? 眉毛描くだけでこんなに印象変わるのか。世の中の女性ってすごいな……」
ついでにメッセージアプリの履歴も覗いてみた。
この肉体の父である石凝烏太朗からの事務的な指示と、それに対する鏡子の短い返信が並んでいる。
『提携先の件、資料に目を通しておけ』
『お父さんのコネで入った会社で、都合のいいコマにされるのは御免です』
(提携先……? まさか、うちの会社の話か? やっぱりな……。コネ入社のレッテルを嫌って、自分の力で現場の営業として成り上がりたかったんだな)
ファイルされていた「JEホールディングスと株式会社フトダマの提携合意書案」の紙束を繰ってみる。
間違いない。
自分が入社したばかりの会社の名前だ。
前の会社での営業経験や、組織調整に長けた茎一の直感が、すぐに契約書の妙な違和感を捉えた。
「ん……? このライセンス条項、うちの開発チームに保守負担が集中しすぎだな。これじゃ次世代AI開発が遅れて、結局JEにとってもマイナスになるぞ……」
長年の社会人経験と営業現場で培った視点が、自然と経営資料の欠陥を見抜いていた。
(俺……なに勝手に分析してるんだよ。でも、これなら命社長の弱点である『泥臭い交渉や組織調整』を、俺がフォローできるんじゃないか……?)
そうこうしているうちに、夕刻となる。
重々しい足音とともに病室の扉が引かれた。
面会制限のある病院内で、唯一家族として入室を許された人物だ。
「おい、鏡子。起きているか」
入ってきたのは仕立てのいいスーツを着た初老の男だ。
がっしりした体躯、射抜くような眼光。
一目でタダ者ではないと分かる圧力が部屋に満ちる。
茎一は思わず背筋を伸ばした。
「あ……あの、どちら様でしょうか」
男は苦々しそうに眉間を寄せる。
「記憶障害と聞いていたが、父の顔まで忘れたか」
(いしこり……うたろう……? JEホールディングスの会長……!?)
思い出した。
ニュースでしか目にしたことのない大企業のトップ。
茎一の頭に電撃が走る。
まさしく、目の前の鏡に映っていた美女は、この男の一人娘——石凝鏡子。
「会長……」
「『会長』などと他人行儀に呼ぶな。口調まで他人のようだな」
烏太朗はベッド脇の椅子に腰を下ろすと、少し寂しげな陰りを一瞬だけ見せたが、すぐに冷徹な経営者の顔に戻った。
数年前に病気で他界した妻——鏡子の母親の面影を残す娘の顔を冷たく見つめ、語りかける。
「事故の報告は受けた。だがな、私の立場も考えろ。JEは株主の目を気にする上場会社だ。私個人の持ち物ではない。結果を出し続けなければ、役員会での私の席すら危うい。だからこそ『フトダマ』との提携は絶対に成功させねばならんのだ」
重みのある声に、冷徹な理屈が宿っている。
独裁的な暴君ではなく、叩き上げのプロ経営者特有の現実的な重圧。
「命君との婚姻も決定事項だ。我が社が二割出資して持分法適用会社にする以上、副社長として送り込む人間が必要になる。彼と婚姻を結び、経営を裏から支えろ。それがお前が石凝の人間として果たすべき役割だ」
(命って……うちの社長じゃないか! この体の結婚相手は、あの若き天才社長なのか……!?)
(なるほど……。親父のコネで入社させられたうえに、今度は会社の成果のために出向と結婚を押し付けられたわけか。あのバス停でブチ切れてた理由がよく分かるな……)
「ですが、私……まだ頭が整理できていなくて」
「拒否権はない。まあいい、退院までに少しは頭を冷やせ」
烏太朗はそれだけ告げると、一瞥を残して部屋をあとにした。
◆◆◆
端末をどれだけ調べても、鏡子の幼少期の思い出や人間関係までトレースすることはできない。
「まあ、いっか!」
茎一は持ち前の図太さで即決した。
「『記憶障害で性格も好みもガラリと変わりました』って押し通せばいい。文句があるなら医者に言えって話だ」
その時、手の中の端末が激しく震えた。
画面に躍る着信表示の番号。
それはまさしく本来の『叢雲茎一』のスマートフォンからだった。
息を飲んで応答ボタンをスワイプする。
「……もしもし?」
『あ、繋がった。アタシよ』
受話器から流れてきたのは、自分が三十四年間使ってきた低い男の声。
だが、その背後に宿るトゲのある口調は、あのバス停の美女そのものだ。
「鏡子さん!? 俺の身体か!?」
『そうよ。別の病院で目が覚めたの。ねえ、一つ言っておくけど』
電話の向こうで、鏡子がクスリと笑った。
『元に戻る気なんて、サラサラないからね』
「はあ!? 俺の身体だぞ! 返せよ!」
『嫌。親のコネも名前も関係ない、ただの男の身体なんて最高じゃない! これで誰の邪魔も受けずに、現場の営業から自分の力で成り上がれるっ!!』
「おいおい……っ」
『アナタだって困ってないでしょ? 超絶美女の体になって、副社長の座まで転がり込んできて。ウハウハじゃないの?』
茎一は手元の高級ランジェリーと、鏡に映る自分のナイスプロポーションを見つめ、言葉を詰まらせた。
「……まあ、否定はしないけど……」
『でしょ? これって完全な『ウィンウィン』じゃない。じゃ、お互い新しい人生を楽しみましょ。アタシの体、変な使い方したらどうなるか覚えておきなさいよ』
プチッと通話が切れる。
茎一は呆然と画面を見つめたあと、ニヤリと口元を緩めた。
「よし! 本人がそう言うなら、遠慮なく楽しませてもらうとするか!」
◆◆◆
退院日、車で送られたのは港区の超高層タワーマンションだった。
広大なリビング、大理石の床、部屋の随所に設置された姿見の鏡。
茎一は鏡の前に立ち、自らの姿をじっくりと見つめた。
上品にカラーリングされた美しい髪、息をのむようなスタイル、そして自分自身。
「今日から、俺が『石凝鏡子』だ」
元の身体に入った鏡子は、今頃中途入社の叢雲茎一として現場に飛び込んでいくだろう。
神妙な顔をして自分を演じるつもりも、過去に戻るつもりもない。
そして自分は、この超絶美女の身体と副社長の立場をフルに活用し、年下の天才CEO・命を上手く転がしながら、会社も自分の人生も手中に収めていく。
鏡の中の美女が、茎一の野望に応えるように、妖しく魅力的な笑みを浮かべていた。




