第41話 学院祭
俺が学園に入ってから、そろそろ1年が経とうとしていた。
入学初日から多くのトラブルを乗り越え、コミュ障を少しずつ直し、働いて金を稼ぎ、クラスメイトと仲良くなった。
本当にいろいろあった。
本当に、いろいろなことを乗り越えて、
「俺、なんで屋台で腸詰め焼いてるんだ……?」
目の前の鉄板には、長細いソーセージが何十本と並んでいる。焼けて肉汁が染み出てきたものを、トングで掴んでひっくり返す。ひっくり返す。ひっくり返す……
「ヴィ、サンド3つ追加!」
「あいよ」
「ご主人さま、辛口5本追加です」
「あいよ」
「ご主人、」
「あいよ」
「いやまだ何も言ってないっスよ」
「あい……いてっ」
エテルに背中を小突かれ、はっと我に返る。軽快な音楽、行き交う人々の話し声、威勢のいい生徒の呼び込み……いろんな音が押し寄せてきて、ここが学院の中庭だと思い出した。
「ご主人ちゃん、どうしたの~?」
「ああ、ちょっと意識が腸詰めと鉄板の小宇宙にトリップしてた」
「わぁ神秘的~」
「そうスかね……?」
「貴方たち、お喋りしていないで手を動かしてください。ご主人さま、ストックが減っていますよ!」
「お、おう。いま焼く」
シロンに叱られて、俺たちはいそいそと自分の作業に戻る。今日は稼ぎ時なのだから、できるだけペースを落とさずに売り抜かなければいけない。
〈青天祭〉。年に1度行われる、校内を一般に公開する行事だ。それに合わせて学生たちは自分の企画を実行し、自由に対価を得ることができる。要するに学園祭だ。
『屋台だ! 屋台で一儲けすンぞ!』
『おし! いっちょやるか!』
と、ロックと一緒に企画を立て、気がつけば〈カッパー〉クラスの生徒全員でソーセージ屋台を切り盛りしていた。
「ロック、魔法具の調子はどうだ?」
「おう、出力は安定してるぜ。この分なら〈青天祭〉が終わりまで問題なさそうだ」
「よし。終わったら売り込みかけないとな」
鉄板は炎熱の【魔法】で自動的に熱くなる、いわばホットプレートだ。まだこの世界では発明されていないものだから、売ればいい資金源になる。
「ヴィ、私とミジちょっと休憩いってくんね」
「お、お客さん増えてきたら戻るから。いつでも呼んでね」
「おう、しばらく大丈夫だろうから、ゆっくりしてきてくれ」
立ちっぱなしで売り子をしてくれていたカーラとミジィルに、休憩に入ってもらう。カーラが持ってきた、やや布面積が少なめな衣装のおかげで、宣伝効果は抜群だった。あの2人とも、最初に会った頃よりずっと打ち解けた気がする。
「……ご主人のエッチ」
「は?」
「2人の後ろ姿、目で追ってたっスよね。お尻見てたでしょ?」
「いや見てねぇし。……視界には入ってたかもしれんが」
「むぅ、ご主人ちゃん!」
「な、なに……?」
「見たいならそう言ってくれればいいのに。よいしょ……」
「脱ぐなーっ!?」
「ハトリ、およしなさい」
「だって~」
「ご主人さまは私たちの肌を衆目に晒したくないのです。ですから、そういったことは家で……」
「誤解を招く言い方やめろ!?」
3人のメイドとは相変わらず。
まぁ、全員とちょっとだけ深い仲になったけど、関係が大きく変わったわけじゃない。ただ結託して俺をからかうことが、増えたような気はする。
……なんて考えていると、
「ヴィオランス。サンド2つ、もらえるかな?」
「お、〈カッパー〉クラスの裏切り者、アルカくんじゃねーか」
「べ、別に裏切ってないだろ!?」
「ふーん。屋台サボってデートってのは、裏切りじゃないのか。どうなんだ、ロック?」
「俺からすりゃ、お前も十分に裏切りモンだよ。屋台の中でメイドとイチャつくんじゃねぇ」
「イチャついてねぇっつの!」
ツッコミを入れつつ、焼けた腸詰めを野菜と一緒にパンに乗せ、ソースをかけて折りたたむ。帝都下町のソウルフード、ソーセージサンドの出来上がりだ。
「ありがとう。えっと……」
「身内から金なんか取らねーよ。ほら、アオイ待ってるぞ。さっさと行け行け」
アルカとアオイは2人で仲良く〈青天祭〉巡りだ。どう見ても付き合っている。いろいろと変則的ではあるが、好きなゲームの公式カップルが仲睦まじいのは見ていて嬉しいもんだ。尊いねぇ。
「……なァ、ヴィオランス。俺だけ1人なの、おかしくねぇか?」
「ロックにはマッケルがいるだろ」
「そうじゃねェ! 話してみると意外と面白ェし、魔法工学の腕もいいけど! そういうのじゃねェんだよ! そういうんじゃ!」
ロックの抗議は「なはは」と笑って適当にごまかす。
なんとも騒がしくて、穏やかで、幸せな時間だったから……
(これがずっと続けばいいのにな)
なんて、つい思ってしまった。
* * *
担任のヴィステ・キルヤナインが死んだ。
その報せを聞いたのは、教室で〈青天祭〉の打ち上げをしている最中だった。みんな驚きと戸惑いで言葉を失い、不安そうに顔を見合わせている。
職員は「今後については追って通達する」とだけ言い残し、さっさと出て行った。扉が閉まる音がやけに大きく教室に響く。それからしばらくの間、夜風に揺れる木々のざわめきと、壁にかけられた時計の機械音だけが、このがらんとした空間の支配者だった。
やがて、
「……これってマズい、よね……」
とアルカが呟いた。
「せ、先生がいなくなったのは悲しいけどさ。でも、ウチらずっと自習だったし、マズいってことなくない……?」
「ううん。違うよ、カーラちゃん。ヴィステ先生がいなくなったら、きっと……」
そこでミジィルは口を閉ざす。言葉にしたくない、とでもいうように。
「……どうなるってンだ。ヴィオランス、テメェならわかンだろ?」
「ああ……」
ロックに問われ、うなずく。
「俺たちは昇級テストを受けられないかもしれない」
読んでいただいてありがとうございます!
新エピソード、始まります。
これから昇級テスト編終わりまで駆け抜けていくので、どうぞお付き合いください。
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