第40話 約束
男との戦いを終えた俺たちは、子どもを連れて倉庫から忍び出ると、アオイへ連絡をとった。すぐさま派遣されてきた軍がを制圧し、宗教団体の関係者を捕縛。地下道のいたるところに捉えられていた子どもたちも保護された。
「なんだか……1日以上の時間が過ぎたような気がします」
「ああ、そうだな……」
一通りの事情聴取を受けたシロンは、帝都中央区の公園で一休みしていた。もうすっかり夜も更けているけど、魔法灯のおかげで公園は明るい。
並んで座ったベンチから空を見上げれば、大きな満月が俺たちの心など知らんとばかりに、悠然と夜空に浮かんでいた。
「……ご主人さま。あの人が言っていたことですが……」
「うん」
「考えてみても、本当かどうか判断がつかないんです。何度思いだそうとしても、やっぱり父の顔も声も思い出せません」
「……そっか」
「父が本当に魔神崇拝者だったのか、それとも女でも作って出て行ったのか……それも、わかりません」
「…………」
「私……思っていたんですよ。父が帰ってこなかったことに理由があるなら、昔……お母さんに言われたことも、心から消えてくれるんじゃ、ないかって……」
「……うん」
いつしかシロンの言葉には深い呼吸が混じっていた。泣くのを必死で我慢している彼女の痛々しい気丈さだ。
だけど、十数年ずっと痛み続けてきた心の傷は、そんなシロンの強がりを簡単に消し去ってしまっていた。
「でも……ダメでした。もし、お父さんが私を大事に思っていたと、しても……お母さんが言った言葉は……本当に、正しくて……」
シロンが口元を覆う。
その両目から大粒の涙がこぼれ始めていた。
「ごめんなさい、ご主人さま。初めて会ったあの日、あんなに優しい言葉を、かけて……もらったのに、私は……ずっと、生まれてきちゃいけなかったのかって……思って……」
「……いいんだ。謝らなくても、いいよ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
シロンの肩を抱いて引き寄せる。
彼女は俺に寄りかかったまま、あふれ出した悲しみに身を任せていた。
たまに通りかかる通行人が、俺たちからそっと目を逸らして足早に去って行く。はたから見ればケンカ後の恋人のようにでも見えるのかもしれない。
どれくらい、そうしていただろうか。
「……そういえば、私たちが出会った日もこんな感じでしたね」
シロンがぽつりと呟く。少しは落ち着いたのか、その言葉からは悲しみが消えて、代わりに遠い過去への愛おしさを伴っていた。
「そうだった。あの頃はお互いに小さかったよな」
「ええ、でもはっきり覚えています。仕事が怖くて逃げ出したのに、出会ったのがご主人さまだったんですから」
「俺もびっくりしたよ。魔法の練習してたら女の子とばったり会うんだからさ。しかも、いきなり泣き出すし」
「……それは……仕方ないじゃないですか」
ちらっとシロンを見ると、拗ねたような目で俺を見上げていた。
「それよりも、ご主人さまはあの頃からませていましたよね。ハンカチを渡してきたり、初対面なのに抱きしめてきたり」
「いやそれは……ごめん、イヤだったか?」
「いいえ、そんなことはありません。ただ、私って特別なのかな……という思いは、あの2人が来たことで木っ端微塵に打ち砕かれましたけれど」
「う……」
シロンが俺の脇腹を指でツンツンと突いてくる。並んで密着しているから、いろいろと逃げようがない。
「……まぁ、怒ってはいませんよ。ご主人さまがいなければ、出会えませんでしたからね。私もエテルとハトリは家族のように思っていますし」
「そ、そうか」
「でも……」
それまで俺にもたれかかっていた頭が、ふっと離れる。
シロンの潤んだ瞳がじっと俺を見つめていた。
「私は……ご主人さまとは、家族のような関係ではなくて……」
彼女の腕がそっと俺の体に触れた。
力は込められていない。離れようと思えば簡単に離れられる。でも、高鳴る胸と熱くなる頬が、そんなことをしなくていいと訴えていた。
俺は両手を広げてシロンを迎え入れる。
そのまま抱きしめて――
「ん……」
唇にシロンの温もりを感じる。
俺の服をきゅっと掴む手からは、普段の様子からは想像もつかないほどの緊張と、小さな独占欲が伝わってきた。
やがて、シロンの顔が俺から離れる。
「……はぁっ、ふぅ……」
「もしかして息、止めてたのか?」
「ど、どうしたらいいのか、わからなかったので……」
「……ふっ……はははっ」
「どうして笑うのですか!?」
「ごめん、なんか可愛くて……」
俺の言葉に、シロンは拗ねたように軽く眉根を寄せる。
「むぅ……そういうご主人さまは慣れていらっしゃるようですね。あの2人で、ずいぶんと自信がついたようで」
「いっ!? いや、そんな……自信がつくほどはしてな……」
あ、しまった。
「ふぅん……そうですか。まぁ、あからさまに距離感が変わったので、そんなことだろうとは思っていましたが……」
「あ、ええと、そのだな。遊んでるとか、軽い気持ちでしたわけじゃなくて、だな。俺もこれでけっこう真剣にいろいろ考えているというか……」
……うん、我ながら苦しいというか、言えば言うほど最低のクズ男のように思えてきた。
どうやら俺はハーレムな状況で舞い上がれる精神の持ち主ではないらしい。
だが、そんな慌てふためく俺を見るシロンは、どこか楽しげでもあった。
「……ふぅ、いいですよ。ご主人さまのそういうところは、この十数年でよぉーく理解しておりますので。この程度で軽蔑したりはしません」
「そ、そうか……いやこれ、どう返事するのが正解?」
「ご自分でお考えください」
「くぅ……」
俺に釘を刺せたのがよほど嬉しかったのか、クスクスと笑うシロン。痛いところを突かれつつも、俺はそんな彼女のことを愛おしく感じてしまうのだった。
「……ありがとうございます。ご主人さま」
「ん、なにが?」
「約束を守ってくださって」
……約束。その言葉で、幼い日の一幕が脳裏に蘇る。
『やくそくだ。おれはぜったい、おまえをしあわせにする! おまえが、生まれてきてよかったって思わせてやる!』
「……ちゃんと守れてるかな?」
「ええ、それはもう」
シロンが微笑む。
メイド長でも、先陣を切る戦士でもなく。
17歳の女の子の顔で。
「私、とても幸せです。生まれてきてよかった」
読んでいただいてありがとうございます!
これにて宗教施設編(シロン担当回)終わりです。
次のエピソードから学院一年編の最終ブロックに入ります。
最後までお付き合いください!
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