第4話 俺とメイドと森の小冒険 ~ハトリとの出会い①~
俺が9歳になった頃、母上が体調を崩しがちになった。元から身体の弱い人で、医者から「あまり長くは生きられない」と言われていたらしい。
ヴィオランス・モータロンドの設定にも「実の母と幼い頃に死別した」という一文がある。9歳の俺がどうにかできることではない。
……そうなのかもしれない。だけど、何せずにはいられなかった。
俺はシロンとエテルを呼び、自分の考えを打ち明けた。
「薬草を探しに行く。お前たちもついてきてくれないか?」
「……奥様のお薬ですか」
「ああ、そうだ。せめて苦しみを和らげてあげたい」
「それは賛成っスけど、だいたいの薬草はもう屋敷に揃ってるっスよ。いま薬品庫にないものとなると……」
エテルがはっと顔を上げる。
「金日草っスか!?」
金日草。それは病に犯された者の【魔素】を整え、その心身を安らかにするという薬草だ。ただし、実物を見た者はほとんどいないらしい。
「そうだ。うちの領内にある〈ニアルオクの森〉で、猟師がそれらしきものを見かけたという大昔の記述が残っていた。少しでも可能性があるなら、探してみたいんだ」
「その記述が真実なら、とっくの昔に見つかっている気がするんスけどね……ま、でもご一緒しますよ。奥様はウチの命の恩人っスから」
「ご主人様が行くとおっしゃるなら、お伴するまでのことです。しかし最近、かの森には〈化物〉が出るそうです。装備はしっかり整えていきましょう」
「ああ、そうだな。頼りにしてるぞ、お前ら」
「「はい(っス)!」」
◇ ◇ ◇
俺たちは出立の準備を整えて、その日のうちに屋敷を出た。父上や使用人には「狩りに出る」と誤魔化してある。
屋敷から森までは馬で約1日。途中の宿場町で一泊し、昼過ぎに到着した。
「……暗いっスね。樹が多くて視界も悪いっス」
「ご主人さま、私から離れないでください」
「ああ。お前らも勝手に先に行くなよ」
鬱蒼と生い茂った森には、日の光がまばらにしか差し込まない。全体的に薄暗く、どこかから見られているような不安を覚える、どうにも陰気な場所だった。
「金日草は、森の奥にある開けた場所に咲いていたらしい。名前の通り、金色に輝く花弁が特徴だ。こんな場所なら遠目からでも分かりそうだな」
「だったらいいんスけどね。猟師がそれを取ってこなかったってことは、なにかヤバいもんが近くにいるんスよ」
「ご主人さまの安全を考えると、交戦は避けたいところですね」
鋼鉄製の手斧で枝を払いながらシロンが先頭を進む。彼女はこのところ、従者としての勉強に加えて、屋敷の騎士から白兵戦の訓練を受けていた。
エテルはナイフを手にしているほか、ダガーや煙幕などを隠し持っている……らしい。断言できないのは、「女の子のヒミツっす♪」と言って誤魔化されたからだ。
ちなみに俺は杖と短剣。一般的なな【魔法士】スタイルだ。9歳になって【魔法】の精度は格段に上がったが、実戦でどこまでやれるかは未知数である。
そろそろ試してみたいけど――などと考えていたとき。
ダァン!
森に銃声がこだまする。続いて、木が倒れる音と獣の咆哮も聞こえてきた。
それらは少しずつ、俺たちの方に近づいてくる。
「〈化物〉か!?」
「ご主人さま、ここは一度離れて――」
「いや……こりゃ、もう遅いっスよ!」
次の瞬間、俺たちのすぐ近くの大木をぶち破り、巨大な影が姿を現した。
体長はおよそ2.5メートル。分厚い緑色の毛皮、巨大な爪、そして鋭い牙。大人ですら圧倒されるその巨体は、子供からみると大怪獣のような恐ろしさを覚える。
「グゥルルルルウルルァァァァァッ!!」
(森林熊かよ――!?)
その凶暴性と強靱さゆえに、猟師でも絶対に相手をしない、森の恐怖の象徴。それに俺たちだけで勝てるだろうか? 心臓が高鳴り、恐怖とも武者震いとも判断のつかない緊張が全身を包む。
だが、次の瞬間――ダァン、という銃声が再び鳴り響き、〈森林熊〉が身をよじる。
その片目から血がほとばしっていた。
銃声の方向に目を向ける。
長銃を手に立っていたのは、俺たちと同じ年頃の少女だった。
ボロボロになった簡素な服。まったく手入れがされていない濃緑色の髪は、ボサボサになって腰まで伸びていた。顔の上半分も前髪で覆われている。
なによりも――
「うふふ」
笑っている。腕の一振りで自分を殺せる存在に相対して、少女は笑っていた。
俺は――この少女を知っている!
「ご主人さま、今のうちに――」
「いや、こいつを仕留める!」
「本気っスか!? あーもー、ご主人はいつもメチャクチャなんだから!」
「そこのお前も、手伝ってくれ!」
「……うふふ、ふふふふふ……」
相手はまだ状況を理解していない。俺たちを敵として認識していない。つまり奇襲で一気に仕留める必要がある。
迷いは命取りだ。2人が合わせてくれると信じて、俺はすぐに【魔法】を発動させる。
「〈氷雪波〉!」
まずは俺が氷魔法で相手の足下を攻撃。狙い通り、反応が遅れた森林熊は地面から動けなくなる。
しかし、前足の爪は健在だ。乱雑に降り回されるアレにあたれば、子供の体なんてひとたまりもない。
「遅ぇっスよ!」
だが、たとえ必殺でも当たらなければ意味がない。エテルは身を低くして足元に飛び込むと、熊の巨体を足場にして駆け上がる。狙うはまだ健在な熊の左目だ。小さなソレを、ナイフの先端で的確に抉った。
〈森林熊〉が激痛に身をよじり、その動きがさらに鈍った。
「シロン、〈筋力強化〉をかける!」
「承知いたしました」
右手で氷の絨毯を維持しつつ、左手をシロンに向けて【付与魔法】を発動。一時的に熊と同等の力を得たシロンは、首を狙って手斧を一閃した。
「グオオオオオォォゥゥゥ!」
手斧は首の半分まで食い込み――そこで止まる。
〈森林熊〉は前屈みになって苦しげに呻くが、あと数秒もすれが再生が始まるだろう。だが、これでいい。シロンの一撃は倒すことが目的ではない。
「あははっ、あははははははっ!」
少女の笑い声と共に銃声が鳴り響き、熊の動きが止まる。
眼から入り込んだ弾丸が、分厚い頭蓋骨の中をかき乱したのだろう。そのまま地響きを立てて倒れた熊は、しばらく痙攣して動かなくなった。
それを見届けて、俺たちは大きく息を吐く。
「はぁっ、はぁっ、ふぁ~~~~~~っ、生きた心地がしなかったっス……」
「ふぅ……ご主人さま、お怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫。シロンは?」
「問題ありませんが、明日は一日筋肉痛かもしれません」
「はは、そりゃ大変だ」
冗談を言えるなら問題なさそうだ。
と、そこで俺はもう1人の女の子に向き合う。
「君はハトリだろ?」
「……あはっ」
ハトリ・キジノメ。
俺の3人の従者の、最後の1人だ。まさか、こんなところで会うなんて……
「ご主人さまッ!」
「えっ?」
感慨にふけっていて、一瞬だけ判断が遅れた。
目の前に現れた少女が長銃の先を俺の顎に押しつけていた。
猟銃系森少女。アリですか? アリですよね。
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