第3話 暗殺は貴族のたしなみ ~エテルとの出会い~
シロンと出会ってから2年が経ち、俺たちは7歳となった。
そんなある日のことだ――
「炎熱槍!」
右手から放った火の槍が、10メートルほど離れた位置の的を貫く。
「氷雪槍……雷電弾! 光輝矢! 暗影!」
続けて4発、左右の手から交互に【魔法】を放ち、すべて別の的に命中させた。
俺は両手を下ろし、後ろから見守っていた大人たちに一礼する。軽いどよめきと拍手があがった。
ここは敷地のはずれにある小さな練兵場だ。いま、屋敷では近隣領の領主や貴族たちを迎えたパーティーが開催されていて、その余興で俺が【魔法】を披露したのである。息子の自慢というよりは、「ウチはすごいんですよ」という牽制なのだろう。
とりあえず、俺は無事に役目を果たせたらしい。父上は満足そうに頷くと、傍らに立つ老人に言葉をかける。
「いかがでしょうか、愚息の腕は。悪くないと思うのですが……」
「とんでもない。初級魔法とはいえ、詠唱を省略した上に属性を切り替えて連続使用するなど、並の【魔法士】には20年かかっても難しいことです。それを、たった7歳で……」
「ははは、帝室に仕えていた方にそこまで言っていただけるとは。よかったな、ヴィオランス」
「はい、もったいないお言葉です」
俺は殊勝に頭を下げる。内心では「これくらいは余裕でできなきゃ話にならんよ」と思っているが、態度には出さない。
「それで、師はどなたですか?」
「いや……それが、愚息は本を読めば分かると言ってきかず」
「独学ですと!? それは本当ですかな?」
「はい。この先、行き詰まったら先達のご指導を仰ぐつもりです」
「……これは驚いた。神童と呼ぶにふさわしい方です。これは将来が楽しみですな」
「問題児ではありますがね。この前も倉庫の【魔法具】を勝手に持ち出して壊しました」
「好奇心が旺盛なのはよいことではありませんか。私などは……」
大人たちの会話が世間話に移ったので、軽く一礼してその場を離れる。
すぐにシロンが俺のもとに駆け寄ってきた。
「お見事でした、ご主人さま」
「失敗したら大恥だからな。しっかり練習しといてよかったよ」
「……氷と雷の間に、いつもより少し時間がかかりましたが、体調を崩してはいませんか?」
「シロン……お前、よく気付いたな」
彼女の言うとおり、氷魔法の発動から、雷魔法への移行が少し《《もたついた》》。
だが、それはあの〈元帝室つき魔法士〉ですら気付かない、ごくわずかなズレだ。それをシロンは指摘したわけである。俺もさすがに驚いた。
「ご主人さまの鍛錬は、いつもお側で拝見しておりますので」
シロンが得意げな笑みを浮かべる。といっても、普段から見ていなければわからないほどのささいな変化だ。2年前に裏庭で泣いていた少女は、すっかり冷静で落ち着いた雰囲気へと変わっていた。
「ついでに体調のことも正解だ。ちょっと熱っぽい気がしなくもない」
「やはり……昨晩は遅くまで練習していらっしゃいましたからね。今日は早めに夕食を済ませて、すぐにお休みください」
「いや、気のせいかもしれないし……」
「ダメです。早めにお休みください。それとも私にこれ以上言うなと命令しますか?」
「ぐっ……卑怯だぞ、それ……」
シロンに諭され、俺はおとなしく自室に戻ることにした。
どこからともなく向けられた、刺すような視線を感じつつ――
◇ ◇ ◇
俺の部屋は屋敷の応接間や舞踏場とは少し離れた場所にある。そのため、宴会の喧噪もほとんど聞こえてこない。
(……やっぱ、ちょっと熱っぽいな。早めに寝て正解だったかも……)
俺はベッドに寝転んで、うつらうつらと天井を見上げていた。
シロンには下がって休むよう伝えてある。独りで天井を見上げていると、なんとなく〈前世〉の引きこもり時代を思い出した。あの頃はずっと【熾天のレギオン】やってたっけ。
(あと2人……いつ出会うんだろうな……)
カーテンの隙間からは、月の光が差し込んでいる。
不意に、その光が途絶えて部屋が薄暗くなった。月に雲でもかかったのだろう。
(…………ッ!?)
俺はとっさに身をひねり、ベッドから転げ落ちる。
次の瞬間、天井から降ってきた《《だれか》》が俺のいた場所にナイフを突き立てていた。あのまま寝ていたら喉を貫かれて即死だっただろう。
再び、月明かりが部屋を照らす。
俺を襲った人物の姿もまた、月によって明らかとなった。
――少女だ。
金色の髪と褐色の肌。歳はおれと同じで7歳くらいだろうか。
その手には、小柄な体格とは不釣り合いな大ぶりのナイフがある。
「エテル……?」
「……なぜウチの名前を知ってるんスか」
間違いない。
エテル・サルバドラ。俺の従者になる2人目の女の子。
ゲームに登場する17歳の彼女は、とても明るい性格をしていたが……いまのエテルは抜き身の刃のような鋭い殺気を放っていた。まさか、メイドになる子が俺を殺しに来るとはなぁ……
「まぁいいや。死ねっス、ぼっちゃん」
「ぅわっ!?」
ベッドから飛び降りつつ、俺の首を狙ってナイフを振るうエテル。かろうじてかわしつつ、俺は急いで作戦を組み立てる。
エテルが暗殺者の技能を持っていることはゲームの知識でも確かなことだ。なら幼少期から訓練を受け、仕事をこなしていてもおかしくない。
俺と距離をとらないよう立ち回っていることから、【魔法】を警戒していることがわかる。なら依頼人はパーティーに来ている誰か、もしくは身内。来客を迎えている間に嫡男が殺されたとなれば、モータロンド辺境伯の失態にもなるし、犯人捜しで客との関係も悪化する。
「チッ、しぶといぼっちゃんスね」
「死ぬわけにはいかないんだよ。お前のためにもさ」
「はぁ?」
大騒ぎにすればエテルが逃げてしまう。もう会うことはないだろうし、彼女は暗殺者としてそのうち死ぬだろう。それはイヤだ。
だったら、手札を切ってイチかバチか勝負に出るしかない。
わざと動きを止めた俺に対し、エテルはナイフを喉へ突き刺しにくる。最悪、差し違えてもいい。そういう動きだ。
「〈加速〉――!」
「なっ――!?」
俺は一気に加速した身体を低くして、エテルの胴体にタックルする。そのまま壁に激突しエテルの口から「かはっ」と息が漏れた。もしかしたら肋骨くらい折れているかもしれないが、それは勘弁してほしい。
その手からナイフが転がり落ちたことを確認し、俺はひと息つく。
「ふぅ……上手くいったか」
「がはっ、くそ……加速魔法とか、聞いてないっスよ……」
「誰にも言ってないからな」
正確には、シロン以外は誰も知らない。失敗すれば自分から凶器に突っ込んでいくような使い方だから、たぶんシロンが知ったらものすごく怒ると思う。
「ぐっ……しくじった、しかも殺されてない。サイアクっスね……」
「もう動けないだろ。だったら大人しくしろよ」
「どのみち拷問して殺すんでしょ? それとも腕や脚を落として玩具っスか? どっちもそう変わらないスけど」
「そんなことしないって。その代わりさ、お前、俺の従者になってよ」
「…………は?」
きょとんとした顔でエテルは俺を見る。
「ぼっちゃん、イカれてんスか?」
「本気だよ。お前を待ってたんだ。お前に会いたかったんだよ」
「あ、暗殺者くらい伯爵さまなら何人も囲ってるでしょ」
「ちがう。暗殺者じゃなくてお前がいいんだ」
「は? ………なんスか、それ……」
きっと俺を睨み付けてエテルが叫ぶ。
「ウチのこと何も知らないクセに、バカにすんじゃねぇ! 物心ついた時に兄弟殺して、それから何十人も殺ってきたんだ。そんなウチの何が要るってんスか!? ウチから殺し取ったら、何も残らねぇ! 価値なんかねぇんスよ!」
「そんなことない! もし本当になにもなかったとしても、俺がお前の意味を一緒に探す!」
「うるせぇ、気持ち悪ィきれい事ばかり言いやがって! 心底ムカつくっスよ、アンタ! 気持ち悪ィ、気持ち悪ィ、気持ち悪ィ! ぜんぶぶっ壊してやる!」
ぎり、と奥歯を噛むエテル。
そんな彼女にかける言葉を一瞬探して――俺ははっとした。
エテルの口から血があふれ出す。
自決用の毒を奥歯に仕込んでいたのだ。
「このバカッ――」
この状況で彼女を死なせない方法はあるか!?
思考をフル回転させて、自分の選択肢を挙げていく
(そうか、これなら……!)
迷っているヒマはない。
俺はエテルの顔を掴み、無理矢理に口を開かせると、自分の口を重ねて舌を突っ込んだ。
「っ!? もがっ! んぉっ!?」
じたばたするエテルを近づくで押さえこみ、口の中を舌でまさぐる。ついでに唾液もたっぷり喉の奥に流し込む。
しばらくそれを繰り返したあと、俺は彼女から離れた。
顔は赤いが、もう毒の影響は残っていないらしい。
「がはっ、げほっ、げほっ……な、ななななな、なにするんスか、アンタ!?」
「解毒だよ。あらかじめ口の中に仕込んどく【付与魔法】だ。貴族のパーティーじゃ常識なんだってさ。寝る前に外すの忘れてたから、本当に運がよかった」
「いや【魔法】で消せる毒かどうか分からんでしょ!? あ、あんなに……べッ、ベロベロして……自分が死んだらどうするつもりだったんスか……」
「あ、そうか。そしたら俺死んでたな。こわっ!」
「いやアンタけっこうアホっスね!?」
想像以上に危ない橋を渡っていたらしい。そのことに気づき、思わず床に尻餅をつく。そんな俺を眺めて、エテルも体の力を抜く。
そして浮かべた笑みは、諦めがにじみつつも、どこか晴れやかだった。
「もう何もかもメチャクチャっスね。わかったっス。アンタの好きにしてください」
「おう、分かってくれたらいいんだよ」
「……あの……せ、責任、とってもらうっスよ?」
「ん? えーと……ああ、父上には俺から言うから。絶対にお前を殺させないよ。もし保護して欲しい仲間がいたら、それも掛け合ってみる」
「……はぁ……なるほど。アンタそういう人っスか……」
なんでため息吐くんだよ。
「ま、よろしくっス。ご主人」
「ああ。よろしくな、エテル」
「ええ、よろしくお願いいたしますね。新入りさん」
……あれ、なぜかシロンの声が聞こえるなぁ。
嫌な予感がして後ろを向くと、そこには腕組みをして立っているシロンの姿があった。
「うわっ!? いつの間に!? どうやって入ってきた!?」
「いつからというと、責任とってもらうっすよ、の辺りからですね」
「いやご主人が解毒してくれた時にはもう覗いてたっスよね。そこの暖炉の抜け穴から」
「チッ、勘の良いサルめ」
「あン? テメェのノロマな動きくらい目ェ閉じてても分かるっスよ。この駄犬」
いきなりケンカを始める2人。仲良きことはいいが……
「ごめん、どっちでもいいから医者呼んできて。エテルの毒、ちょっと飲んじゃったっぽい……」
身体から力が抜けて、ごとりと床に転がる。
「うわぁぁぁぁ! しっかりするっス! 人をこんな気持ちにしといて勝手に死ぬなっス!」
「ほう、どんな気持ちなんでしょうか。あとでじっくり聞かせてもらいますからね!」
「んなこと言ってる場合かぁぁぁっス!?」
2人の声を聞きながら、俺の意識は闇に呑まれていくのだった。
◇ ◇ ◇
その後、俺は3日3晩生死の境をさまよい、目が覚めたあと父上に10時間以上たっぷり説教された。解毒はエテルが手伝ってくれたらしく、俺の嘆願もあって処罰なし。エテルの身の上を聞いた母上が同情し、助命に賛同してくれたことも大きかった。
エテル・サルバドラは晴れてヴィオランス・モータロンドの侍従となり、住み込みで一緒に生活することになった。
これで俺の従者はあと1人。
彼女との出会いも、一筋縄じゃいかない気がする。
語尾が「~っス」の女の子って可愛いですよね。
3人目のメイドはどんな子なのか?
読んでいただいてありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と少しでも思ったら★★★★★を押していただけると励みになります!
ブックマークもぜひお願いします!




