第2話 最初のメイド ~シロンとの出会い~
ドアの隙間から顔を出し、右向いて、左向いて、また右向いて。
(……よし、だれもいないな)
世話係が席を外したタイミングを見計らい、俺は子供部屋を抜け出す。
ヴィオランス・モータロンド5歳。自分で言うのもなんだが、部屋脱走の常習犯として、使用人たちに悪名が響き渡っていた。
といっても、3歳児が行けるところなんて、たかがしれている。屋敷のなかを探検しているだけだから、大して危険はない。この前、書斎の本を取ろうとして棚を倒してしまい、危うく下敷きになりかけたくらいだ。でもあれくらい、子どものイタズラの範囲だろ?
というわけで、今日は裏庭にやってきた。
目的は【魔法】の練習だ。部屋のなかで失敗すると壁や家具を壊しちゃうからな。
「ふぅ……」
目を閉じて全身をめぐる【魔素】をイメージする。
この世界の【魔法】は【魔素】というエネルギーを、さまざまな現象に変換する〈技術〉を指す。〈技術〉というのは、おもに〈イメージ〉の持ち方だ。
望む現象を起こしたいのなら、それが叶う〈イメージ〉を強く持たなければいけない。呪文や手印などはそれを補助する役割を果たす。
「火の杯、三度満つる、灰の鏃にて射るは南天の明星――」
よし、今日はイケそうな気がする――!
呪文を唱え終え、形を与えた【魔素】を解放。
右手を前に突き出し。かっと目を開く。
「炎熱槍!」
炎の槍が一直線に飛翔していく。狙いは裏庭の樹からぶら下がったリンゴだ。
俺が放った魔法は――リンゴだけを綺麗に消し炭にして、消え去った。
「っし!」
思わず小さくガッツポーズする。ここ最近の練習が、やっと実を結んだ瞬間だった。
物心ついた俺は、まず自分の力をしっかり伸ばすことを決めた。メイドたちを探しに行きたくて仕方ない気持ちはあったが、俺と彼女たちがいつどうやって出会ったのか、実は設定資料集にも書いていない。ゲーム内のセリフから推察すると幼少期から主従関係ではあったらしいが、具体的なきっかけは謎に満ちている。
だから、彼女たちとの出会いはいずれ来ると信じて、それまでは実力向上に努めようというわけだ。
とはいえ、努力がこうして結果に結びつくのは素直に楽しい。それが〈前世〉にはなかった【魔法】ならなおさらだ。
……と、そんなことを考えていると、裏庭の隅でなにかが動いた。
「だれだ!?」
「ひぁっ!」
がさがさと繁みが動いて、姿を現したのは1人の女の子。
年は俺とおなじくらいだろうか。
灰色の髪と灰色の眼、そして色素の薄い肌。
その特徴が、俺がよく知るキャラクターと一致していた。
「シロン……?」
「え、はぃ!? そ、そうです……」
「おぉ、ほんとにシロンなんだ……」
シロン・ダイヌン。
彼女が俺のメイドの1人なのだ。
(ゲームだと毅然とした人って印象だったけど、小さい頃はこんな感じだったのか……)
俺の視線を受けた少女は、服の裾を掴んでもじもじとしている。とても居心地が悪そうだ。
初対面の相手に名前を呼ばれたんだから無理もないけどさ。
とりあえず話を続けてみよう……
「えっとさ、シロンはここでなにをしてるの?」
「あの、その……にげちゃい、ました」
「えっ!? なにから?」
「それは……」
シロンはうつむいて、しばらく黙る。そしてポツリと呟いた。
「ごしゅじんさま」
「…………え?」
ご主人様って俺だろ? たったいま会ったばかりだよな? どういうこと?
混乱する俺をよそに、シロンは言葉を続ける。
「わたし、今日からこのおやしきで、ごしゅじんさまのお世話をべんきょうするんです。だけど、ごしゅじんさまってものすごく怖いって……」
「ち、ちょっと待ってよ。こわくないよ!?」
「だ、だって……聞いちゃったんです。ヴィオランスさまは、鬼だって……」
ちがうー! それは鬼のように泣くとか、めっちゃおっぱい吸うとか、そういう感じのアレだから!?
「わたし、こわくて……にげちゃって……でも、迷子になっちゃって……う、うぅ……」
シロンの目が潤んでいく。やがて大粒の涙がぽろぽろとこぼれ始めた。
いろいろな不安や緊張が限界に達してしまったのかもしれない。
「うぅっ、おこられるの、やだぁ……こわいのも、やだぁ……」
(うわわ……ど、どどど、どうすればいいんだ……?)
俺は〈前世〉の知識と経験を総動員して、どうすればいいか考える。
該当はゼロ。幼稚園の時代から女子と縁がない俺に、泣いている女の子を慰める技なんてない。
じゃあどうする? このままオロオロしているのか?
(違うだろ……俺がこの子にふさわしい主人になるって、そう決めたじゃないか!)
意を決してシロンに近づく。
ひとつ、深呼吸。
そしてポケットからハンカチを取りだして、彼女の頬に当てた。
「こわくないよ」
「……えっ?」
「おれの【魔法】をみただろ? こわいヤツがいたら、おれがぶっとばしてやる。おまえを泣かせるヤツも、おまえを悲しませるやつも、おれがぜんぶやっつける!」
「……ぁ、ぇと……」
シロンが目をぱちぱちと瞬かせる。
「あ……あ、あの……も、もしかして……」
「うん、おれがヴィオランス・モータロンドだ」
「ぁわわわ、ごぶれいをおゆるしくださいませです!」
「はっはっは、よい! 主人がゆるーす!」
わざと偉そうに胸をはり、笑ってみせる俺。
するとシロンようやく笑顔を見せてくれた。
俺にはそれがたまらなく嬉しくて、「やっぱりこの生き方は間違っていないんだ」という気持ちでいっぱいになった。
だけど――
「……でも、わたし……きっとだめ、です……」
シロンの目にまた涙が浮かんでくる。
うつむいたその表情からは、大きな悲しみと寂しさが伝わってきた。
「どうして?」
「わたし、生まれてこなければよかった、から……」
「は? なんで!?」
つい大声を出してしまう。
生まれてこなければよかった、とか子どもが言う言葉じゃない。俺が言うのもなんだけどさ。
「おかあさんが、そう言ったの。おとうさんとおかあさんがケンカするのも、おとうさんが帰ってこないのも、ぜんぶわたしがわるいって……うっ、うぅ……うぇぇぇん……!」
ふたたび泣き出すシロン。
ハンカチで拭いきれない涙が、雨のように地面をぬらしていく。
(なんだそれ……)
家族が言っていい言葉じゃないだろ。
胸がぎゅっと重くなる。
俺は怒っていて、悲しくて、シロンを少しでも勇気づけたかった。ここでためらって、後悔したくなかった。
気がつけば、俺はいつも母上がしてくれているみたいに、目の前の女の子をぎゅっと抱きしめていた。
「……!? あ、ええと……」
「生まれてきてくれて、よかった。だって、シロンが生まれてきてくれたから、こうやって会えたんだろ?」
「そ、そう……でしょう、か……」
「そうだよ。よく分かんないとおもうけど、俺、おまえに会えてすごく嬉しいんだ」
「ヴィオランス、さま……」
「やくそくだ。おれはぜったい、おまえをしあわせにする! おまえが、生まれてきてよかったって思わせてやる!」
「ふぇっ……!?」
ずっと思い続けてきたことを、とにかく言葉にしてぶつける。うまい言葉じゃないとは思うけど、とにかく本気だということが伝わってほしかった。
気がつけばシロンの涙は止まっていた。
顔が赤いのは、泣き腫らしたってやつかな
「あの、そのハンカチ……あらっておかえしします」
「ん? わかった。気が向いたときでいいから――」
「坊ちゃまー、どこですかっ!? 新しい使用人と挨拶があります、はやくお戻りになってください!」
世話係の声が裏庭まで響いてくる。ヤバい、さすがに戻らないと父上のお説教2時間コースだ。
「じゃ、また後で!」
「ぁ、はいっ! ごしゅじんさま、またあとで!」
◇ ◇ ◇
こうして俺は1人めのメイド、シロン・ダイヌンと出会った。
シロンは母上の遠縁にあたり、身寄りを失ったため、モータロンドの屋敷で引き取ることになったらしい。出会った日から俺と一緒に屋敷で暮らしつつ、侍従の作法や仕事を学んでいる。立場としては侍従だけど、家族が1人増えたような気分だ。
たまに俺のことをぼーっと見ているけど、あのときの言葉が本気なのか確かめているのかもしれない。期待に応えるためにも、もっと努力しなきゃいけないなと思う。
それにしても、あとの2人と出会うのはいつになることやら。
次のメイドとはどんな出会い方をするのか!?
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