第6話 最下位クラス
「さて、お前が昨日しでかしたことを覚えているか?」
年代物の事務机の向こうから、この学院で一番偉い女性が俺を睨んでいる。
校長室……もとい学院長室への呼び出しは、〈前世〉を含めても初めての経験だ。少し緊張しているけど、大勢にジロジロ見られている時よりはかなりマシだ。
「ヴィオランス・モータロンド。聞いているのか?」
「あ、はい。聞いています。昨日私は、上級生から暴行を受けている生徒を助けました」
「その上級生を10人病院送りにして……な」
ハァ、と学院長が溜息を吐いた。手元の小箱から細長いタバコを1本取り出し、【魔法】で火を着けた。
ふぅ、と甘い煙を吐き出して、言葉を続ける。
「入学初日に院内で乱闘騒ぎを起こし、貴族の子弟に怪我を負わせるなど、前代未聞にもほどがある」
「でも、正当防衛ですよ。向こうが先に殴ってきたんです。人数も多かったですし」
「正当防衛ねぇ。君、殴られる前になんと言った?」
「えーと……」
なんだっけ。昨日の出来事というと、先輩との模擬戦が真っ先に思い出される。昨晩ずっと1人で反省会をしていたからだろう。
他のことはいまいち思い出せない。
頭をひねる俺に、学院長は呆れた口調で答えを教えてくれた。
「……『憂さを晴らせば自分の不出来を忘れられる。先輩たちの、そういうおめでたい頭が羨ましいですよ』だ」
「ああ、そんなこと言った気がします」
「挑発したくせに正当防衛と言い張るのは、無理があると思わないかね?」
「そんなつもりはなかったんですよ。素直な感想でした」
「……なるほど。君が病的に勤勉であることは、よくわかった」
学院長は言葉を切り、俺の少し後ろに視線を移す。
そこにはシロン、エテル、ハトリの3人が立っている。
「君たちは、彼の従者だそうだな。主人の蛮行を止めるのも、勤めの1つだと思わないのかね?」
俺は軽く振り向いて、3人の様子を確認する。
「「「…………」」」
揃いも揃って「何言ってんの、このおばさん」という不愉快そうな表情を浮かべていた。
ははは、気が向いたら正論っぽいことを言ってくれると助かるんだけどな。
「何かあれば言ってみろ、シロン・ダイヌン」
「ご主人さまの命令は絶対です。ご主人さまがやると言った以上、地の果て、溶岩の底、魔界の深月殿の玉座の間までお伴するのが、私たちの存在理由です」
「ほぅ、魔王の城まで一緒にいくとは見上げた忠誠心だ。エテル・サルバドラ。君はどうだ?」
「ご主人の命令には〈はい〉か〈イエス〉しかねーっス」
「君の辞書はペラ紙1枚か! ハトリ・キジノメ。なにか申し開きはあるか!?」
「あ、ごめんなさぁい。聞いてませんでしたぁ」
「……そうか」
学院長が俺に視線を戻す。怒りや呆れを何周か通り越して、ほとんど〈無〉の表情だった。
なんか、ウチのメイドがすみません……
「一応、お前にも言い分があることは理解している。上級生たちによる暴力行為があったことも、乱闘に至ったのは互いに非があることも事実だ。それでも、校則違反に対する罰は下さなければならん」
思わずツバを飲み込む。
やったことは後悔していない。言うべきことも言った。
あとは潔く処分を受けるだけだ。
「ヴィオランス・モータロンドの学級選別試験の成績をすべて無効とする。よって、君は本日より最下位学級〈カッパー〉の生徒だ」
思わず「はぁぁぁ……」と長い溜息が出た。
「不満か?」
「いえ……謹んで処分を受けます」
「そうか。アオイ・カエルレルムとライリア・ウェンバーに礼を言っておけ。退学や長期休学にならなかったのは、2人の口添えもあったからだ」
予想外の名前が出てきて、少し驚いた。アオイはともなく、なぜライリア先輩が俺の処分に口を出したのだろう?
首をひねる俺にチラリと見てから、学院長はシロンたちにも言葉をかけた。
「連帯責任だ。君たち3人も成績を無効とし、〈カッパー〉の生徒とする」
「なんと……!」
「不満か?」
「いえ。お心遣いに感謝します」
「普通、喜ぶところじゃないんだがな……」
よかったよかった、と顔を見合わせる3人。
その様子を見た学院長は珍獣にでも遭遇したかのような、なんとも言えない表情を浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「うわ……年期が入ってるっつーか、ボロボロっスね。ホントにここで勉強するんスか?」
エテルの声が、木造の古びた廊下に響く。
ここは学院のなかでも一番古い建物、旧校舎だ。俺たちがこれから所属する〈カッパー〉クラスの教室は、この旧校舎にある。
「それにしても、ご主人さまはよく迷いませんね。私は慣れるまで少し時間がかかりそうです」
「あぁ……まぁ、こんなこともあろうかと、事前に調べておいたんだよ」
「なるほど。さすがはご主人さまです」
シロンが感心の声をあげた。
なぜなら、旧校舎の廊下には机や机や剥製や標本なんかがゴチャゴチャ並んでいる。
しかも、過去に増改築を繰り返したおかげで、やたらと入り組んでいる。何度も通らないと教室への道を覚えられないだろう。
ちなみにシロンに言ったのはウソで、下調べなんかしていない。すでに数千回は通っているから、旧校舎の造りが頭にたたき込まれているだけだ。
「着いたぞ。この教室だ」
ある教室の扉の前で、俺は立ち止まる。扉の上には、黒ずんだ銅製の校章が掛けられていた。
この扉を開けば、これから一緒に学ぶクラスメイトたちが待っている。
さっさと入って挨拶の1つでもするべきだ。
そう、わかっているのだけど……
「ご主人ちゃん、どうしたのぉ?」
「ああ、ちょっとな……」
教室の中にいることを想像しただけで、胸がドキドキして、みぞおちの辺りがキュッとなる。
思っていたよりも〈前世〉のトラウマは重症らしい。
(それでも、行かなきゃ何も始まらない。覚悟を決めたはずだろ、俺!)
心のなかで自分を叱りとばし、何度か深呼吸をする。
教室のドアノブに手をかけた。
みっともなく震える俺の手に、そっと3人の指が触れる。
「大丈夫です。私たちが一緒にいます。ご主人さま、どうかご安心を」
「やべーヤツがいたら、ウチらで処してやるっスよ。気軽に命令してほしいっス」
「うんうん。あたしたちは、ご主人ちゃんの味方だからねぇ」
「お前ら……」
気がつけば、震えは止まっていた。
「……ありがとな」
勇気を出してドアノブを回し、力を入れて押し開ける。
目の前には階段状に席が並んでいる、古めかしい講義室が広がっていた。
そして、互いに距離を置いて座っている4人の生徒たち。その視線が俺たちに集中する。
ガタッ
音がした方を向くと、1人の男子生徒が立ち上がっていた。
金色の髪と、緑色の瞳。同年代にしては小柄で細めの体格。顔立ちは優しげだけど、意外と頑固で意思が強い少年だということを、俺はよく知っている。
なにせ約1000時間の付き合いだ。
アルカ・シエルアーク。
ゲーム【熾天のレギオン】の主人公が、口をあんぐり開けて俺を見つめていた。
読んでいただいてありがとうございます!
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