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第5話 いろいろな予想外

「あははははは! 痛い痛い痛い! 至近距離で魔法を食らったのは久しぶりだよ!」


 ライリア・ウェンバー先輩の右手から煙が上がっている。

 俺が必殺を期して放った魔法は、先輩の右手によって払いのけられて(・・・・・・・)いた。


(模擬戦用つっても、至近距離の電撃魔法だぞ!? なんで素手で弾けるんだよ――!)


 先輩の運動服の右手は電撃で焼け、プスプスと煙をあげている。白い肌は赤く染まって軽い火傷のようになっているが、逆を言えばダメージはそれだけ。

 反射速度といい、肉体を強化した【付与魔法】の精度といい、学生のレベルをとっくに超えている。


 そして極めつけは――


「ヴィオランスくん。君はイイ、本当にイイよ。私をこんなにヨくしてくれたのは〈五聖〉の友達くらいだ!」


 唇の両端がつり上がり、満面の笑みを浮かべる先輩。

 可憐という表現からはほど遠い、猟奇的な表情だった。


 傷を負うほど昂(たか)ぶり、自分の潜在能力を開花させていく者。

 〈狂化剣士(ルナティック)〉。


 それが、ライリア・ウェンバーが将来的に到達する〈職種〉だ。反則級の強さを持つ現在の先輩でさえ、完成形にはまだほど遠い。

 まだその兆しが見えたくらい……かな。


 先輩がぐいっと顔を近づけてくる。

 湿り気を帯びた生暖かい吐息が、俺の頬をくすぐった。


「さぁ、続きをヤろう! ヴィオランスくん。まだまだ奥の手があるんでしょ? もっと私に魅せてくれ!」

「ご期待に添えるよう努力しますよ……!」


 さて、スイッチが入った先輩相手に、いったい何が通用するか。

 俺が頭をフル回転させはじめた時……


 ビーッ!


 という笛の音が鳴り響く。【結界魔法】の外で待機していた時間計測係が、手にした旗を揚げていた。

 いつの間にか3分間が経っていた。


「……残念。もっと踊りたかったよ」


 先輩が剣を下ろす。

 その表情は戦う前と変わらない、涼やかなイケメン女子に戻っていた。


(結局、有効打と言えるものは与えられなかったな……)


 俺は軽く息を吐く。

 作戦はうまくいった。だけど、反省点も多く残る戦いだった。

 改善の余地がある、と前向きに考えよう。


「気落ちすることはないさ、ヴィオランスくん。戦いは完全に君がリードしていた。実戦なら私の腕は吹き飛んでいたかもしれない」


 先輩がクスリと笑い、俺に顔を寄せてくる。


「次は私がリードするよ。もっとイイ戦いをしよう。ね?」


 頬に温かなものが触れる。

 それが先輩の唇だと気付くのに、数秒の時間がかかった。


「は……え?」

「目印(マーキング)さ。とっておきたまえ」


 ライリア先輩はそう言って演習場の出口に歩いて行ってしまった。

 王子様系とはいえ、美人のキスだ。

 どちらかといえば嬉しい。

 だって俺も男の子だもん。頬にキスとか〈前世〉を合わせても初めてだ。


 でも。それよりも。


「あいつ、どういうつもりだ?」

「調子に乗りやがって……」

「辺境伯の息子様はいいわねー」


 周りの視線が痛すぎて、心臓がイヤなドキドキを刻む。

 俺は殺害予告を受けたような気持ちなのだが、周りから見ると〈頑張ったご褒美〉に見えるらしい。


 視線から逃げるようにシロンたちの方に戻る。


「お帰りなさいませ。モテモテご主人さま」

「美人の唇の感触はどーでしたっスか?」

「ふんっ。ご主人ちゃんのスケベ」


 俺の味方は1人もいなかった。



 ◇  ◇  ◇



 全員の試験が終わり、着替えて解散となった。

 俺は3人と一緒に正門に向けて歩いている。


「だからさぁ、アレはそういうのじゃなくって、もっとヤバいっていうか、野生動物のマーキング的なヤツで……」

「マーキング!? もぉ、やらしい! はしたない!」

「どこがだよ!」

「で、嬉しかったんスか?」

「……まぁ、ちょっとだけ」

「見損なったっス」

「なんでだよ! そんなに俺が悪いか!? なぁ、シロン?」


 シロンだけは俺を口撃してこない。

 さすが1番付き合いが長いメイドだ。

 俺のことをわかってくれているに違いな――


 バキャッ


 なんかすごい音を立てて、通路脇の鉄柵が曲がっていた。

 柵から手を離したシロンが、俺に向かってにこやかな笑みを浮かべる。


「……なにか、仰いましたか?」

「あ、いえ。なにも」


 これ以上なにか下手なことを言ったら死ぬ。

 そう直感的に理解した。


(こいつら、なんでこんなに怒ってるんだよ……)


 どうしたもんかと思いつつ3人から視線を外す。

 ……と、建物の陰で何かが動いたような気がした。


(誰かいるのか?)


 あらためて注意を向けてみると、その方角から物音が聞こえてくることに気付く。


「……が、……だよっ!」

「さっさと……け!」


 誰かを罵倒する声と、何かがぶつかる音がする。


(……ああ、そういうこと)


 俺は【熾天のレギオン】でよく発生したイベントを思い出す。

 あれはイジメだ。いや、もっと露骨な暴力行為と言っていい。

 この学院には、広大な帝国のいろんな場所から優秀な生徒が集まっている。そのなかには、平民だったり、少数の種族だったり、〈普通じゃないヤツ〉が含まれている。


 ここは閉鎖的で、しかも厳しい序列に支配された環境だ。貴族の子どもたちが日頃の憂さを晴らす相手として、〈普通じゃないヤツ〉は丁度いいわけだ。


 〈前世〉の記憶がフラッシュバックする。

 あの時、周りに抗えなかった後悔と、いつも感じていた「誰か助けてくれ」という想いがあふれてきて、鼻の奥がツンとした。


「……なぁ、お前ら」


 俺は3人の侍従に問いかけた。


「そこそこ成績よくて、大人から期待されて、金を持ってるけど、都合の悪いことから目を背ける主人。金がなくて、周りからバカにされて、評価は最悪だけど、くだらねぇバカを殴ってでも止める主人。どっちが格好いいと思う?」


 シロンたちが顔を見合わせた。

 何も言わない。その代わり、ただ俺に微笑んでくれた。


「……ありがと。じゃ、行ってくるわ」


 上着を脱いでシロンに放る。

 こちとら学院最強クラスの先輩と戦(や)ったばかりだ。物陰でこそこそするしか能がない、性根の曲がった連中に負ける気がしなかった。


 ……そして翌日の朝、俺は学院長室に呼び出しを受けたのだった。

読んでいただいてありがとうございます!

ヴィオランスは変な女に好かれるようです。


「面白かった!」

「続きが気になる!」


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