再び出会った二人
私、エリ・ユキノはいつも怒っていた。
何に怒っているかよくわからない。
そんな私には友達が誰もいなかった。
唯一私と話してくれる人は先生たちだけ。だから私は先生と仲良くしている。
別に好きでもなんでもないけど、人は孤独を埋められない。
私は子供の頃人さらいにあった。
その時の記憶は綺麗さっぱり消えてしまっているし、思い出したくもないから好都合だけどね。
私の家は他の貴族から馬鹿にされている。
傷物になった私は貴族の娘として価値がない。
どこも私と婚約を結んでくれる家はない。
正直どうでもよかった。
私がいるせいで両親は喧嘩をする。
私はずっと一人ぼっち。これまでも……そしてこれからも――
「そうだ!! 魔力を剣に乗せて打つ! それが騎士団の剣である!! どうだ? 理解できたか?」
「うん、結構簡単じゃん!」
「……エリは飲み込みが早いな! ガハハッ! 将来は騎士団長も夢ではないぞ? 令嬢なんぞやめて騎士団に入らんか?」
「考えとくね!」
流石にこれ以上両親に迷惑をかけられない。私は家を強めるためにどこかの貴族と結婚しなければいけない。
……どうでもいいのに縛られている。
剣を振るうと嫌な事を忘れられた。
習ったことがないはずなのに自分の手足のように剣を振るうことができる。
膨大な魔力保持者の私は魔力に振り回されることもない。物心ついた時からうまく使えた……はずよ。
脳裏に黒髪の青年が浮かぶ。時折浮かぶその人の髪はとても綺麗だった。
光に照らされた黒髪は青く見える。
……多分わたしの妄想だと思う。
だってそんな人会ったこともないもんね。
放課後の魔法演習場は私と先生しかいなかった。
演習場の隅っこで明日の授業の準備をしているおじさんがいるだけだ。
学園のみんなが嫌っている雑用係のおじさん。
……私は嫌いじゃないけど、見ていると何故かイライラしちゃう。
青みがかった綺麗な黒髪に白い髪が混じっている。
身なりは綺麗で貴族に見えるけど出自不明の平民以下の存在。
貴族の令嬢が多いこの学園の生徒は熱心に魔法を学ぼうとしない。
だって令嬢には必要ないから。
魔王が討伐されて20年。私が生まれた時から平和な世界が続いている。
……私は攫われたから平和じゃなかったけどね。
傷物にされたって言われているけど……正直記憶がないからわからない。
恥ずかしかったけど、ちゃんと魔力検査を受けて乱暴な事はされていないって言われた。だけど、そんな事は貴族の噂話にとって関係ない。
……私、いつか結婚できるのかな?
貴族が好きになれない。クラスメイトに話しかけられても突き放してしまう。孤独が嫌いなのに孤独になってしまう。
「そろそろ解散しよう! 俺は書類仕事が残っているからな!! お前は気をつけて帰れよ!」
「はーい、先生またね!!」
先生はそう言って演習場を去っていった。私は本当に一人ぼっちになった。
強がって明るい口調で話す自分が嫌だ。
寂しい。家に帰っても両親から嫌味を言われるだけ。
死ねば良かったって言われたのが一番イヤだった。
私は家に帰らず学園の裏山へと向かう事にした。
裏山は演習用の魔獣を放し飼いにしている。といっても弱い魔獣ばかりで特に危険はない。それに魔獣は私に襲いかかってこない。なんでだろう?
本当は一人では立ち入り禁止だけど、私は木々に囲まれた裏山が好きだ。
大きな木があってその木に寄りかかりながら自然を感じる。
そうすると敵意がない魔獣が寄ってくる。
私に甘えてくる姿が可愛かった。
だけど、おかしい。今日は誰も寄ってこない?
そういえば妙に裏山が静かだった。魔獣の鳴き声も鳥のさえずりも聞こえてこない。
嫌な空気を感じる――
私は立ち上がろうとしたけど、足が動かなかった。
「おい、そこを動くな。俺に面倒をかけるんじゃねえぞ。ったく、やっと見つけたぞ」
私の前に現れたのは『魔族』であった。
魔王のしもべであり人間と比にならないほどの魔力を持つ種族。
魔王を滅ぼして、魔族はほとんど死んだって学園で習った。
そんな魔族が私の目の前にいる。
恐怖で足がすくんで動けない。濃厚な魔力が恐慌状態を引き起こす。
――私はここで死ぬんだ。
なんでこんなことになったかわからない。だけど、殺されるって事だけはわかる。
……どうせ私が死んでも悲しむ人はいない。
ならいっそここで死んでも――
「ん? なんだクソジジイ。結界を張ってあったはずだぞ? ……邪魔するのか?」
私の目の前に大きな背中があった。
学園で見慣れた雑用係のおじさん。なんでここにいるの? なんで私を守ろうとしているの?
「邪魔します。生徒を守るのも仕事ですので」
「はっ、魔族だとわかって虚勢を張れるのか。粋じゃねえか。楽に殺してやるよ」
魔族が手を振るっただけでおじさんの身体が血しぶきをあげる――
私は悲鳴も出なかった。恐怖で心が麻痺している。私は死んでもいいのに、おじさんは死んじゃだめだよ。よく知らないけど、家族だっているんでしょ!?
こわばる唇をむりやりこじ開けて私は叫んだ!!
「……し、死んじゃ駄目!! おじさん逃げてよ!!」
おじさんは振り向いた。なんだろう、ひどく落ち着いた顔をしていた。
魔族がいることなんてどうでもいいみたい。
家族をみるような温かい視線。
柔らかい声が聞こえてきた。
「――さよならエリ」
ひどく懐かしい口調。知らないはずなのによく知っている声。
胸がざわつく。魔族がいることさえ忘れそうになる。
私は一体……。
魔族の動きがスローモーションに見える。腕を再び振り下ろして、おじさんごと私を切り裂こうとして――
おじさんが小声で何か呟いた。
「最大スキル――余命……――年――ヶ月使用――」
「お前は!!? まさか――――ッ!?!?」
その瞬間、大きな光の筋が裏山を包み込んだ――
眩しくて目を開けてられない。
おじさんは無事なの? 魔族の攻撃はどうなったの? 一体なにが起こったの?
光が収まっても怖くて目を開けられなかった。
あたりは静寂に包まれていた。
柔らかい声が聞こえてきた――
「目を開けて大丈夫」
そこに立っていたのは私が夢で見たキレイな黒髪の男の子であった。
森の木々からこもれる光に照らされた髪は青く光っていた。
魔族の姿がどこにもない。魔族がいた場所の土が深く抉れているのが見えた。
禍々しい魔力は一片のかけらも感じられない。
清い魔力の流れだけを感じ取れる。
「お、おじさんは?」
「彼は無事だ。説明は後でしよう」
彼は服の汚れを払い私の手を取る。どんな貴族よりも優雅な姿であった。
夢の彼よりも少し若く見える。青い瞳が私を見つめて離さない。
言葉が出てこなかった。懐かしさで胸が一杯で涙が溢れ出しそうであった。
だけど、彼は私にとって知らない人。
なのに、なのにっ――
「バカッ……、ずっと、待ってたわよ……」
自然と涙と一緒にこんな言葉が出てしまった。
知らないはずの彼は唇を噛み締めて感情を押し殺そうとしていた――
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そして私の余命はあと三ヶ月となる――
私の最後の三ヶ月。
私の全てをエリに捧げる。
最後には、笑顔で私と別れて欲しい――
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これは自暴自棄になって人生に悲観した令嬢と、余命わずかな隠れた英雄が起こす愛の物語。