再会
レベッカはヴィラの為だけに歌うと、約束した歌を歌った。彼が好きだった歌。ヴィラが特別であることを示す歌。歌えば二人で過ごした時間が思い出されて、レベッカの胸は一杯になる。その思い出をそのまま歌に乗せて、レベッカは歌い続けた。一回り終わっても、そのまま一番に戻って歌い直した。何度も一番に戻って歌う。喉が枯れてきて、声が出にくくなっても、レベッカは歌い続けた。止めたら彼に届かなくなる気がした。
そうやって、一時間ほど歌い続けた時――
レベッカは、確かにヴィラの声を聞いた気がした。
(ヴィラ?!)
歌を歌い続けたまま、レベッカは心で彼に話しかけた。
(……――ッカ)
(ヴィラっ!ヴィラっ、私はここだよ!ヴィラ!)
(…レベッカ?)
(ヴィラっ!ヴィラっ!ヴィラっ!)
大粒の涙を流しながら、レベッカは歌う。叫ぶように、歌う。その切実さは、人々の心を打った。
黒煙の中を、ゆらゆらと飛行してこちらに近づいてくる、小さな姿。体中煤で汚れ黒く見えるが、レベッカは確信を持って、名を叫ぶ。
「ヴィラァァァァァ!」
レベッカは空に向かって大きく腕を広げた。聖母像のように広げられたその腕の中に、ヴィラは崩れるようにして納まる。ヴィラは埃っぽくて、焦げた臭いをさせていたけれど、そんな事はレベッカにとってどうでも良くて。涙で濡れた頬を彼の煤だらけの髪にこすりつける。
「っ、ごめんね、ヴィラ!ごめんね!私、私が、一緒にって言ったのに、私っ……!」
「……レベッカの声がしたんだ。歌を、歌ってくれたんだね。ありがとう、レベッカ」
「ううん、お礼を言うのは、私の方。いつも、ありがとう。守ってくれて、ありがとう。ありがとう、ヴィラ……ヴィラ、大好きだよ……」
「……うん。僕も、レベッカが大好きだよ……」
レベッカはガバっと体を離すと、目を丸くする。
「……ヴィラ、声が……」
「うん。治したんだ……変?」
「ううん、ううん、とっても素敵よ!世界で一番素敵よ!」
「ありがとう……でも、一番はレベッカだ」
「えっ!?」
「お取り込み中のところ申し訳ないが、時間がないので中断させてもいいですか?」
気がつけば、あきれ顔のレイモンドに、羨ましそうな将軍、表情のないキキ、困り顔のササの視線が二人に集まっていて、レベッカはリンゴのように真っ赤になった。そんなレベッカを隠すように、ヴィラが前に立つ。「見るな」というような視線を飛ばすヴィラの前にキキが進み出て、土下座した。
「なんだ?」
気持ち悪いものでも見たような顔をするヴィラに、キキは低く重い声で答えた。
「約束を、守れなかった……申し訳ありません。お好きなように、処分を」
「ま、待って!ヴィラ、キキさんは、私を助けてくれたわ。地下から救い出してくれたし、心臓が止まった時だって、必死に」
「彼女を守れなかっただけでなく、彼女の祖父まで、死なせてしまいました」
弾かれたようにヴィラの目がレベッカを捉える。祖父の事を思い出すだけでレベッカの涙腺は緩んだが、負けないように微笑むとヴィラに言った。
「……私を、守ってくれたの……それに、おじいちゃんの事は、キキさんのせいじゃない。だって、私が一人で壁を登れたら、キキさんは自由に動けたもの。だから、キキさんは悪くない」
力強く言いきるレベッカを、ヴィラは眩しそうに眺めた。自分の居ない間にまた彼女は強くなったと、少しの寂しさをヴィラは感じた。
「キキ」
名を呼ばれ、キキは顔を上げる。泣きもせず、青くもならず、キキはただ静かにヴィラの審判を待っていた。覚悟を決めた緋色の瞳は凪いでいて、普段の飄々とした彼を忘れてしまいそうになる。
ヴィラはキキの結わえられた髪を取り、結び目を握りしめる。そのまま頭を吹き飛ばされると思ったキキは、静かに目を閉じた。生源発結晶の気配を感じて、その時が来るのを待つ。フォン、という音を耳で捉えて――けれど、キキの頭は付いたままだった。
目を開けたキキの前には、黒く長い髪。
「約束を破ったからな。――これからは〝使徒〟という枠から出て、僕に仕えてもらう」
「――はい」
絞り出すような声で答えたキキは、しかし立ちあがった途端、いつもの調子に戻った。
「……にしても、二人とも、人類の危機って状況分かってんの?イチャつき過ぎだろ」
「その事について、きちんと確認させて下さい。結局、スイッチは押したんですか?」
レイモンドはヴィラを詰問する。
「押した」
簡潔なヴィラの答えに、その場にいた全員の顔が強張る。
「取りやめとかって……」
「出来ない」
「と、いうことは、我々は滅びるしかないと、そういうことかな?」
自嘲気味に落とされた将軍の言葉に、全員が沈黙する。レベッカは思わずヴィラの服を握りしめた。その手を上から握りしめて、ヴィラはレベッカに微笑みかける。
「大丈夫。守るから」
「どーやって?てか無駄に甘い空気を出すな!空気よめよ!」
「まーまー、羨ましいのは分かるけど」
「羨ましくねぇよ!この死に損ないが!大人しく死んでろ!」
「キキ、お前ちょっと黙ってろ。それで、審判者様、一体どのような方法で……」
ヴィラは服を掴むレベッカの手をそっと離し、指を絡めて握る。キキが「だ~か~ら~」と憤慨するのをササが諌めていたが、ヴィラは丸っと無視した。
「発射直前に〝断罪者〟を破壊する」
「〝断罪者〟……それが、空に浮かぶと言われる兵器の名前かな?」
「そうだ。アレは人間の遺伝子を破壊するのを目的とした兵器だ。個人差はあるだろうが、遅くとも三年で全人類が滅びるし、照射時に小型の隕石が衝突するくらいの威力はあるだろう」
「どうやって破壊するんです?正直、宇宙圏に届く攻撃手段など、我々にはありません」
「我らにも、そのような長距離射撃出来る兵器は……」
レイモンドとササの言葉に、レベッカはヴィラの手を強く握りしめた。そうすると、優しく握り返されて、レベッカは少しだけ安心できた。けれど……
「――僕が行く」
ヴィラの口から出た言葉に、レベッカは思わず「ダメよ!」と反対の言葉を上げていた。
「……レベッカ」
労わるように名を呼ばれて、けれどレベッカは強く首を横に振る。
「だって、だって、そんな事したら、ヴィラがっ!」
先程ヴィラは小型の隕石並の威力があると言っていなかったか?そんな中に、ヴィラが単身で乗り込むなど、そんなの自殺行為だとレベッカは青褪める。
「レベッカ……でも、スイッチを押したのは僕だ。それに、僕しか出来ない」
「ヴィラだって、好きで審判者になった訳じゃないわ!」
「うん。でも、レベッカを死なせたくない」
「ヴィラがいないなら、そんな人生いらない!」
パシン、と左頬に痛みが走る。何が起きたのか理解できず茫然とするレベッカに、ヴィラは強い口調で言った。
「レベッカ、そんな事を言っちゃダメだ。君がそんなことを言ったら、君を守るために命を落とした人達は浮かばれない」
祖父の顔が浮かんだ。敵を道連れにして、自爆した、祖父の顔が、浮かんで消えた。
「――それに、心配しないで。僕はすごく頑丈に出来てるんだ。例えバラバラになっても、元に戻る。なにせ人じゃないからね」
少しおどけて、ヴィラは言う。叩いた頬を優しく撫でて、そこに口づけを落とす。
「約束する。必ず君の元に帰るよ。――二人でまた、泉に行こう」
耳元で囁かれた言葉に、レベッカは涙を浮かべて「必ずよ」と念を押す。それに、ヴィラは「必ず」と答えた。
「我々は、何をすればいい?」
一段落付くまで待っていた将軍が口を開いた。
「〝断罪者〟については、何もしなくていい。その代わり、レベッカの身の安全と、生活の保障を」
「……分かった。生活面では、私が後見人になろう。……博士を死なせてしまったのは、我々の落ち度だからね」
「キキ」
ヴィラに呼ばれ、沈黙していたキキが弾かれたように顔を上げた。
「お前は、僕が帰ってくるまでレベッカの傍についていてくれ」
「……俺でいいのか?」
一度失敗した身としては、この抜擢に戸惑いを覚えてしまう。そんなキキに、ヴィラは頷いてみせた。
「お前がいい。でも次しくじったら、容赦はしない。……ササ、里と話をつけといて欲しい。それから、僕の回収を頼む」
「御意」
「〝断罪者〟の発射時刻は夕方、場所は将軍の基地だ。僕はそちらに向かう」
「私も行く!」とレベッカはヴィラの腕に縋りつく。そんなレベッカの頭を、ヴィラは優しく撫でた。
「ゲロ甘だけど、俺も行くよ」
「お供いたします」
「ここまで来たら、最後まで付き合うよ」
「将軍が行くのに補佐官が行かない訳にはいかないでしょう」
結局、全員で基地に戻ったのだった。
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あと2話で完結です!




