大ゲンカ
レベッカはいつものように朝食の準備をしていた。メニューはいつものように黒パンと木苺のジャムに牛乳なので、準備といっても皿に盛り付け並べるだけだったが。
(ヴィラ、まだ寝てるのかしら?)
いつも朝食の準備が終わるまでには起きてきているのに、今日はまだ食卓に顔を出していない。不思議に思って、レベッカは仕事部屋へ向かう。
(……ひょっとしたら、ヴィラの寝顔見れるかも……)
ヴィラのことだから、きっと寝顔も綺麗に違いない、とレベッカは妙な期待をしてドアを小さくノックする。中から物音一つしないことを確認して、ドアを少し開いて覗きこむレベッカ。しかし次の瞬間、大きな音を立てることも厭わずドアを開け放った。
蒲団は、もぬけの殻だった。
じわじわと、レベッカの背中を冷たい感覚が這いずり回る。
一気に血の気が引き頭が真っ白になったレベッカは、音に驚きやって来た祖父に呼ばれて我に返る。
「ヴィラが、ヴィラがいないっ!」
恐怖に顔を引き攣らせるレベッカを置いて、セドは部屋の中へと踏み込んだ。そして作業台の上に目を止め、そこで発見した物をレベッカにも見えるよう掲げる。
「森に行ったそうだ」
祖父の手には、恐らくノートを破って作られたのであろうメモが握られ、その文字は見慣れたヴィラのものだった。しかし、レベッカは不安を覚えずにはいられない。
「朝ごはんも食べずに?」
「食べたのかもしれないだろう」
「そうだけど、でも、いつも一緒に食べるでしょう?」
「毎日一緒に食べると、約束でもしたのか?」
「してない。してないけど、でも」
「毎日森に入っているんだ。そんなに心配しなくとも大丈夫だろう」
取り乱すレベッカに、祖父は「大丈夫だ」と何度も繰り返した。けれど、そう言われる度レベッカに中で強い反感が生まれる。
「……どうして、そんな簡単に大丈夫なんて言えるの?!」
今まで、祖父に反抗的な態度を取ったことがなかったレベッカの思いもよらぬ反応に、祖父は目を見張る。しかしレベッカはそんな祖父の態度を無視して続けた。
「分からないでしょう?ひょっとしたら道に迷っちゃうかもしれないし、怪我して動けなくなってるかもしれない……おじいちゃんは、ヴィラが心配じゃないの?」
「落ち着きなさい、レベッカ。何をそんなに興奮している?」
「おじいちゃんの所為でしょう?おじいちゃんが、無責任な事を言うからじゃない!」
「私が無責任なのではなく、お前が異常なんだ。何をそんなに心配する事がある?ただ森に行っただけだ。彼は毎日森に入ってるし、お前だって、良く森に入るだろう?」
分からない、と首を振る祖父に、レベッカの怒りは爆発する。
「だって、だって森にはヴィラを探している人達がいるんだよっ!?」
レベッカの叫びが、小さな部屋に反響した。
祖父は瞳から光を消して、レベッカを見る。色の無くなった祖父の目は酷く恐ろしかったが、レベッカは(負けるもんか)と怯みそうになる己を叱咤し精一杯睨み返した。
「……それが、どうした」
発せられた祖父の声は地を這うように低く、それだけで獣を追い払えそうな程迫力があった。その空気に呑まれ、口を開けないレベッカ。彼女を置き去りにして、祖父は続ける。
「いいか、レベッカ。彼は、いずれ元の場所に帰るんだ。在るべき処に、戻るんだ。迎えが来たなら、それを引きとめる事はしてはいけない。彼には、彼の人生がある。だから……だから、今から別れる心の準備を、しておきなさい」
祖父は気付いてしまったのだろう。レベッカが心配しているのは、ヴィラが森に入った事ではなく、彼が帰ってしまう事だということに。レベッカが、ヴィラと別れる事を恐れているということに。
顔を紙のように白くさせたレベッカの瞳から、涙がポロポロと零れる。今にも壊れてしまいそうな危うさを持ちながら、けれど彼女は力強く首を横に振った。動きに合わせて、涙がキラキラと宙を舞う。
「レベッカ」と聞き分けの悪い子どもを窘めるように名を呼ばれても、レベッカは首を横に振り続けた。頑ななレベッカの様子に、祖父の眉尻が吊り上がる。
「レベッカ!」
「嫌よっ!」
喉が張り裂けんばかりに叫ばれた拒絶の言葉は、共に暮らしてきた祖父をも拒絶する。
「嫌よ!絶対に嫌!ヴィラは、誰にも渡さない!絶対絶対、渡さない!」
涙が滲む目で祖父を睨めば、祖父が息を飲んだのが分かった。その隙をついて、レベッカは走りだす。
閉まるドアの隙間から名前を呼ぶ声が聞こえたが、レベッカはそれを振り切って走った。ただひたすらに、ヴィラを求めて走った。
読んでいただきありがとうございました!
おじいちゃん、頑張れ!と思いつつ書いてました。




