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アクシデント



レベッカの通う学校は、ヒュート村の中央に立つ大きな時計台の側にあった。


 一階建で東西に真っ直ぐ伸びる茶色い建物。この学校にヒュート村の住人は皆七歳で入学し、七年間通うことになる。しかし村の人口がわずか三百であるから、七学年合わせてもたったの六十七名しか生徒がいない。一学年一クラスで、部屋も教室が七つと職員室と音楽室の九つだけの、小さな学校だった。




 学校唯一の特別室である音楽室から、澄んだ歌声が流れていた。川のせせらぎのように清らかで、鳥の囀りのように美しいその声に、外を歩く人たちも足を止め聞き入っていた。この歌声を聴くために、わざわざこの時間にここを通る人がいるほどなのだが、当の歌姫はそんなこと知らず練習に励んでいた。


 「良い出来です、レベッカ・メーフィス。これなら三日後の〝建村祭〟での披露も、問題ないでしょう」


 一曲歌い終えたレベッカに、ピアノを弾いていた女性が声をかける。この学校の音楽教師、マリア・デュボアは眼鏡の奥の鋭い眼光を珍しく和らげ、微笑んでいた。ずっと欲しかった言葉をもらい、レベッカの顔は自然と笑顔になる。


 「ありがとうございます」


 「但し、油断は禁物です。これからも毎日の練習は欠かさないように」


 「はい!」


 元気のいいレベッカの返事に、マリアはもう一度微笑むと練習終了の旨を告げた。それを受け、レベッカは家に帰る準備のため教室へ向かう。その足取りはひどく軽い。


 (良かった!最後まで合格が出ないままだったらどうしようかと思った!)


 三日後に行なわれる〝建村祭〟は村の誕生を祝う祭りで、ヒュート村で行なわれる最大イベントだ。その祭りでレベッカは、神に豊饒と繁栄を願い、祈りの歌を捧げる歌姫の役を頂いている。今日が最後の練習日で、未だマリアから合格をもらえず一人焦っていたレベッカだったが、それも先ほど解消された。


 森での個人練習の賜物かな、と上機嫌で教室のドアを開けたレベッカは、しかし中にいた人物に目を止めると途端に表情を強張らせる。


 刈られた栗色の髪に、榛色の瞳。眼光は鋭く威圧感があり、尖った鼻が意地悪そうな雰囲気を醸し出している。前で組まれた腕は逞しく、レベッカなど簡単にねじ伏せられるだろうその少年の名は、テッド・

ウィルソン――この村の村長の息子にして、このクラスのボスだ。


 なぜテッドがいるのだろう、とレベッカはまず疑問に思った。ずいぶん前に授業は終わり、ほとんどの生徒は家に帰っている。レベッカは歌の練習で残っていたが、彼には居残る用事などないはずだ。それなら誰かを待っていた、ということになるが、このクラスの生徒はレベッカとテッド以外皆帰っている。


 背中を冷たい汗が伝う。


 レベッカは彼が怖かった。頭よりも手が先に出るタイプで、温和なレベッカは初めから彼が苦手だと思っていたが、今レベッカが彼に対し抱いているのは紛れもない恐怖だった。四年生にあがった頃から、テッドはレベッカに嫌がらせをするようになった。クラスのボスであるテッドがそのような態度を取れば、周りもそれに倣いレベッカに嫌がらせをする――そうやって、レベッカは独りになった。


 今度は何をされるのか、と思うと足が竦んで動けなくなった。


 「何だよ」


 入口で固まってしまったレベッカに、テッドは吊り目を眇めて声をかけた。何だか怒っているようなその声に、レベッカは怯えながらも「別に……」と答える。


 「じゃあ何でそんなとこに突っ立ってんだよ」


 「も、もう帰るよ」


 強張った足を叱咤し、レベッカは自分の席へ向かう。しかし、レベッカよりもテッドのほうが早かった。


 目の前に立ちふさがったテッドは、レベッカより頭一つ大きい。同年代の男の子と比べてもテッドは大柄で、レベッカから見れば壁のようであった。そばかすだらけの顔はレベッカを見る時いつも不機嫌そうで、今もきっと不機嫌そうな顔で自分を見下ろしているのだろうと思うと、レベッカは顔をあげて相手を見ることができなかった。


 「ど、どいてよ」


 「嫌だね」


 「な、何で」


 「お前こそ、何で俺を避けんだよ」


 「さ、避けてなんか、ないよ」


 「嘘つけ!」


 突然の怒声に、レベッカの体がビクッと跳ねた。


 「いっつも目も合わせねぇじゃねぇか。それでも避けてないって言うのか?」


 テッドの腕がレベッカを掴むため動く。レベッカは慌てて距離をとろうと下がったが、足が机に引っかかりそのまま後ろに倒れこんでしまった。その拍子に、レベッカの履いていたスカートがひらりと舞う。


 「いたたたた」


 ゆっくりと上半身を起こしたレベッカは、目の前のテッドが顔をトマトのように赤く染めて自分の足元を凝視していることに気付く。不審に思ってその視線を追ってみれば……


 膝下まであったスカートがめくれ上がり、レベッカの白く柔らかな大腿部が陽の下に晒されている。それだけでも問題だが、レベッカは気付いてしまった。立てた自分の膝が離れてしまっていることに。それは、つまり……


 (……っ、きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!)


 レベッカは心の中で悲鳴をあげた。恥ずかしさのあまり、声は出なかった。


 慌ててスカートを戻すが、テッドの視線がそこから離れることはなく、まるで布を透して今も下着を見ているようだった。いつもと違う熱い視線に、レベッカは焼かれる。顔が熱い。羞恥で体が震える。


 耐えられず、レベッカは立ちあがると力任せにテッドを押しのける。テッドはまだ衝撃から回復していないようで、レベッカに押された勢いそのままに後退した。空いた隙間を抜け、レベッカは鞄を掴むと出口に走る。その時ようやくテッドの意識が回復し


 「あ、おいっ!」


 レベッカを捕まえようと腕を伸ばすが、掴んだのはレベッカの腕ではなく黄金色の髪だった。後ろに引っ張られ、レベッカは堪らず悲鳴を上げる。


 「痛いっ!」


 驚いて手を離したテッドを、レベッカは振り返る。悔しげに噛まれた唇は頬と同じように赤く染まり、憎しみの滲んだ目は潤んでいた。


 「嫌い」


 小さく零れた言葉と共に、涙が一筋頬を伝う。


 「テッドなんか大っ嫌い!」


 レベッカの叫びは誰もいない教室に轟、少年の心を深く抉った。痛みに歪んだ顔を、しかしレベッカが見ることはなかった。叫んだ後、レベッカは振り返ることなく家に向かって走り去っていた。







更新に間が開きました。すみません。


パンチラってどうなんだろう、と思いつつもそのままあげます!!


読んでいただきありがとうございました。



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