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父親失格  作者: 達城翠嵐
黄月英編
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黄月英編 第2話 「ファーストレディのおかしな午後」


ファーストレディ。ファーストは「トップの」、レディは「高貴な女性」を意味し、国家首脳の妻のことを一般的にこう呼ぶ。我が国では特に決められた職務というものは存在しないため、首相の内助に専念したり、非政治的な行事に参加したりと活動の仕方は人それぞれ。

もちろん普通の主婦のままでも、問題はないはず。

現在の首相・諸葛孔明の妻、わたし黄月英の場合はいちばん最後に近い。主婦として子供を育てながら昼間働き、求められれば政界の壁を潜り抜ける覚悟もある。


今までに彼からの要請は一度もなかったけれども。

ここで何を言いたいかというと、その一度もなかった要請が、彼以外のところから来てしまいそうな状況にあるのだということ。今日は起こる事おこること、おかしい。




孔明と瞻になにかあったら大変では済まされないので、わたしは瞻の後を追った。廊下からリビングへ、そして階段を上がり2階のいちばん奥の部屋―孔明の部屋に、たどり着いた。

「お父さん!!!なんでここにいるんですッ?!」

瞻が普段の様子からは想像もしがたいような大声で孔明を呼んでいる。というよりも、名前をただ、叫んでいる。

「お父さんッ!!」

反応は返ってくる気配すらなく、彼が部屋で何をしているのかをうかがい知ることができない。瞻の声にかき消されているだけなのかもしれないが、中の音がまったく聞こえてこないのだった。しまいには瞻がドアをその小さな手で叩きはじめた。

「おと、う、さん…ッ」

どうしてそこまでしてでも孔明を引っぱり出したいの。孔明には届いていないのに。劉備さんが倒れてしまったこと、孔明が家にいること、瞻がこんなに怒っていること。つながりがあるはずなのに、なぜ見えてこないの?このままで、傷つけてしまったままで、解決するとでも思っているの?わたし達はいったい、なにをしたがっているの…?!



もう我慢がならなくて、依然動じないドアの前に立つ。

わたしを見上げる瞻の顔には、安堵の表情と、ながれていた涙の痕があった。





「…孔明」

よく考えれば、彼と話すのは久しぶり。

まさかこんな状況で約1ヶ月間呼べなかった名前を呼ぶことになるなんて。

「孔明、聞こえてる?聞こえていたら返事をして。」

返事はなかった。相変わらず、中から音もしない。

ほんとうに生きているのかと、不安になるくらいに静かだ。

「孔明、聞こえているんでしょう?ここを開けて、事情を話して。出たくないんだったらわたしだけ入るから。とにかく話をさせてください。おねがい。黙ったままじゃ、なんの解決にもならないでしょう。答えて。劉備さんに何があったの?瞻と何があったの?わたしにわかるように話して…」

途中に、カタン、という軽い音がした。しかし、中からしたものではなかった。後ろを見てみると、瞻がわたしから離れ、壁にもたれか掛かって立っていた。眼はさっきよりもずっと暗く、怒りに満ちていた。少し違っていたのは、その中に諦めの色があったこと。諦め…もしくは哀しみ。父親のものと、うりふたつの眼の表情。ふたりは同じ感情でいるはずなのに、いつも平行線。今もそう。

「孔明…。」

3度目の正直。

わたしの呼びかけに応えてか、目の前のドアがゆっくりと開く。

同時に手を引かれ、あたたかいものにぶつかった。

その時に。

「やっぱり…僕じゃダメだってか」

瞻の声が、聞こえたような気がした。




「こ、孔明…?!」

わたしがぶつかったのは、孔明の体だった。そのままの勢いで床に倒れ込む。孔明に受け止められ、腕の中におさまる。耳の奥まで鼓動が届く。そのやわらかで規則的な響きに、つい本来の目的を見失ってしまっていた。不意につくられた和やかな空気は孔明の一言によって壊される。

「僕に用があるんじゃなかったのですか、月英。」

抑揚もなければ感情も籠っていない低い声。どこか責めるような語韻なのは否めない。

「この状態で話せっていうの?」

「……。」

言われて初めて気がついたのか、少しの間があったあと上体が起こされた。やっと自由がきく体勢になったので周りを見渡す。窓にはカーテンが閉められていた。光はさえぎられ闇を映し出す。まだ目が慣れていないため、勝手知ったる場所でもかんたんには歩けない。しかしそれはわたしだけのようで、気怠げに立ちあがった孔明は一直線にどこかへと歩を進め、パチン、と何かを鳴らした。そして部屋に小さな明かりがともった。どうやらベッドの横のライトを点けたらしい。

「それで」

「どうして急に劉備さんを訪ねたのかってことと、瞻になにをしたのかを訊きたいの」

「劉備さんのところへ行ったのは用事があったからです。…と、瞻になにをしたのか、とは?」

「ごまかすつもり?瞻があんなに怒っていたのに知らないなんて言わせないですよ」

「知りません」

念を押したはずなのに間髪入れず答えられると調子が狂う。

「あのねえ」

「…覚えていません。劉備さんが倒れてしまった後からのことは」

「覚えていない?」

「…思い出したくない」

「孔明―」

まるでまだ4、5歳の子どもと会話しているような気分になった。

「あまり深くまで詮索しないでください。思い出そうとすると、壊れそうに、なる…」

苦しげに歪んだ孔明の顔は蒼白く、脆くなった心を忠実に表していた。



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