諸葛瞻編 最終話 「父親失格」
「1個目の質問はそれで納得するとして、じゃあ、次の質問です。
なんで劉備さんを僕に任せて、自分は救急車に乗らなかったんですか?
それと、僕を救急車にほうりこんだ後に何か言ってましたよね?
サイレンとかで周りがうるさくて全然聞こえなかったんですけど、僕になんて言ってたんです?」
これは、僕がいちばん聞きたかったことだ。あの二つの行動の意味がつかめなかったから、「すぐに逃げる人間失格」という決めつけをしてしまった。
あの時のお父さんに動揺したようすは見られなかった。
でも、父親を見捨てて自分だけ帰るなんて、絶対に正気の沙汰じゃない。
「…覚えていません」
「え?」
さっきみたいな語りが始まると覚悟していたのだが、思いのほかあっさりした答えだった。
『覚えていない』。これほど簡単明瞭な答えはない。
けど、僕が期待するのはそういうことではなくて。
「別にごまかそうとか、有耶無耶にしようとかいうわけではないですよ。本当に、劉備さんが倒れた後のことはほとんど覚えていなんです」
「…」
「気がついたら自分の部屋の床で寝ていて、月英の声がしていた。
どうやって家に帰ったのか、なぜ家にいたのか、どうして付き添っていかなかったのか、考えても思い出せない。ただわかるのは、たくさんの人に迷惑をかけてしまったこと。
特に瞻には…。今回は劉備さんが無事だったからよかったものの、もしそうでなかったら、瞻に」
「お父さん、もういいです」
もう、よくわかりました。
あなたは劉備さんのことでちゃんと責任を感じていた。辛かったはずなのに僕を心配してくれた。そして、笑ってくれた。
僕はもう少し、お父さんとの関わり方を見直そうと思います。
お父さんの人生から、なにか大きいものを学びとって。
「ありがとうございました。わざわざすいません」
感謝のきもちを述べて、深くお辞儀をする、当たり前にできなきゃいけないことだけど、お父さんに対してやったのは初めてだった。
ランドセルを拾い、階段へ向かおうとするとお父さんに呼び止められた。
「?」
「一、学校に不要物を持っていかない。二、脱いだ靴はきちんとそろえる。三、人の目を見て話す。四、寄り道なんて言語道断。」
「……は?」
「何故ランドセルにDVDを入れる必要があるんです?劉備さんのお見舞いに行ったのは日曜でしょう?
二、三については言わなくてもわかるでしょう。問題は四ですね…どうしても「くわのき」に行きたいなら、いちど家に帰ってから―」
「説教は聞きませんッ!!五、説教、小言は短めにッ!!!」
「父親失格」 4年3組 諸葛瞻
僕の父は、我が国の総理大臣をやっています。
何も知らない人たちからは偉大なる人物として崇め奉られているようですが、父親としては最低最悪です。仕事だ仕事だと言ってまったく家に帰ってこないし、帰ってきたと思ったらまたすぐにいなくなる、家族サービスなんて頭の中にないんじゃないか、という人です。
そういう仕事だから仕方がない、と母も兄も言っていますが、僕はそうは思いません。
なぜなら、兄の友達のお父さんは僕の父と同じ政治家という職業に就いているのに、休みは必ず家族と一緒に過ごしているからです。他の人ができて、父にできないなんてことは有り得ません。
諸葛孔明には、もっと人の親としての自覚を持ってほしいと常々思います。
これは、僕がいちばん初めに書いてボツにしたものの一部です。
途中で変えたわけは、この作文を書いている間に、父に対しての見方が変わったからです。
それは父の育ての親で、商店街で畳屋「くわのき」を営んでいる劉備さんに聞いた話がきっかけでした。
もともと内気で不器用だった父は僕と同じくらいの歳のときに一家離散を経験して、それからしばらく、独りを恐れていたそうです。幼いころの父がみたという、自分の周りにいた人たちが自分に気づかず離れていくなんて夢。僕ならみただけで生きていけなくなると思います。家族はもちろん、親戚、学校の友達や先生やご近所さん。この人たちのうち一人でも欠けたらもう寂しいのに、父はその寂しさ全部を受け止めなければならない運命を背負いました。想像もできないほどの感情を秘めたまま、当時十一歳の父は、普通に生活していたそうです。そのことを知った時、本心ではただただ、すごいと思うだけでした。父の過去は初めて聞いたし、しかもあの人にこんな強さがあるなんてほんとうに初耳だったから。
先日、強いはずの父が突然、仕事を含めた自分のすべてを投げ出して引きこもりました。僕はそのころはまだ何も知らなかったので、多くの人と同じく、なんであんな行動をとるに至ったのか、理解できませんでした。あまりの無責任と理不尽さに、人並みに怒りを抱いてもいました。
そのころは、なんにも知らなかったから。
首相・諸葛孔明が引きこもった原因は、直接的には養父の劉備さんが目の前で倒れてしまったこと。
実はもうひとつ原因があって、先程書いた独りを恐れていたということとつながっています。
父にとって劉備さんは、ひとりぼっちで誰にも見向きされなくなっていた少年孔明を育て、守り、愛してくれた、ほんものの保護者です。父は劉備さんが「目の前」で「倒れてしまった」ことで昔悩まされた夢を思い出し、再び同じようなことが起きるのではと思ったのではないでしょうか。
だからもう誰かを失う場を直視しないように、人との関わりの一切を絶ったのだと、思います。
分からない人には分からないかもしれません。
僕にもよく分かりません。
ひとつ言えるのは、「諸葛孔明」も、ひとりの人間なんだということ。
ボツにした作文にも書いたとおり、僕は父が嫌いです。それは今でもあまり変わりません。
でも、前みたく自分の勝手な感情を押しつけて怒ることはしません。
父も大切な家族で、あの人もそう思ってくれています。
いつ失ってしまうか分からないから。
もう二度と会えないんだと知ってしまう日は必ず来るから。
僕はもっと、強くなりたいです。
短い期間とはいえ独りに耐えぬいた、嫌いだけど尊敬もしている、父のように。
ミニマムツンデレ美少年、諸葛瞻目線の話はこれで終了です。
1文が長いうえに不慣れなため、読みづらい部分が多々あったことと思います。
たぶん、治りません…。
次回からは瞻の兄で(本来は)従兄の諸葛喬(20歳)目線の話になります。




