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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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030 フォーリンラブ・漆

 加賀瀬は、そんな愛覇の怒りなど視界にも入れず、無視して出入り口の方へと再び身体を向けた。

 だが、またもや彼の腕を愛覇が乱暴に掴み取った。


「付き合ってられねーよ」


 加賀瀬はそれを思いきり振り払い、顔を後ろに回して愛覇を睨みつけた。

 しかし、再度愛覇は彼の手を死に物狂いで握り取ると、今度は自ら彼の前方へと強引に駆け寄って見せた。


 愛覇の顔は、とことん邪悪さを増していた。


「これなら、どうかな?」


 不気味な笑顔をこぼす愛覇は、自身の体重を彼に預けるように体を前に倒した。


 そして、避ける暇も与えず――そのまま彼の唇へと、自身の唇を重ねた。


「――!?」


 思わぬ奇襲だった。

 女の手を握ったことすらない加賀瀬にとって、それは正真正銘のファーストキスだった。


「――んん」


 愛覇もまた、強引なファーストキスを彼に捧げた。

 だが、これは決して愛情表現の延長線にあるものではない。濃厚なキスによる、直接的な『愛死照留(フォーリンラブ)』の作用を期待したゆえの、極めて暴力的な行いだったのだ。


 愛覇は彼の口に強引に舌を入れ、より官能的な接吻を試みた。


 だが。


「なにしてんだ、てめぇッ!?」


 加賀瀬は即座に彼女の胸をドンッと突き放した。

 顔色こそ青白いままだったが、その瞳に宿る驚愕と嫌悪感は隠し切れなかった。加賀瀬は手の甲で乱暴に口を拭い、泥水を飲まされたかのように吐き捨てる。


「加賀瀬君は、私のことが好きでしょう?」


 突き飛ばされた愛覇は、ニヤリと勝利を確信したような笑みを浮かべながら、濡れた自身の唇に妖艶に指を添えた。


「加賀瀬君は、私のことが好きで好きで、しょうがない」


「……は?」


「加賀瀬君と私は、今この瞬間『恋人同士』になったってわけ」


 愛覇はまるで呪文を唱えるように、まくし立てるような早口を展開する。

 そして、たじろぐ加賀瀬の両手を再び強引に掴み取り、それを自身の柔らかな胸へと押し当てた。


「だって、ファーストキスだったんだよ?」


 頬を赤らめ、上目遣いで見つめてくる愛覇。


 紛れもなく、芝居だ。効かない相手に対する、彼女の必死の抵抗である。


愛死照留(フォーリンラブ)』の発動条件は、直接対面した状態で「自身の声を聴かせること」が必須である。その発言内容に沿って相手の挙動は大きく変わってくるが、大半は彼女に従順な反応を示す結果となる。


 その効果が表れてくる時間には個人差があるが、対象が「愛覇への好意」や、それに近い感情を持ち合わせているほど早い。


 愛覇は自他ともに認める美少女だ。性別問わず、彼女への思慕や憧れが僅かでも生まれるのは、人間として生きる上で避けられぬことだろう。ゆえに、物理的な接触や色仕掛けで「彼女への感情」を強制的に膨らませる手段を講じれば、当然『愛死照留(フォーリンラブ)』の浸透は爆発的に容易となるのだ。

 彼女が正式な職員として採用され、能力の実技研修を受けた際、魅了の効果時間は最長で四八時間、最短でもおよそ十秒の猶予はあった。


 だが――加賀瀬善嗣は、最早例外中の例外である。


「俺もファーストキスだった」


 加賀瀬は、木石のようにあっけからんと答えると、彼女から冷たく手を振りほどいた。


「…………え?」


 愛覇は、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。


 自分の能力が、奥の手である色仕掛けをもってしても、一切通用していない。

 この世界に来て、初めての完全なる敗北だった。どんなに自分に興味を抱かない人間が相手でも、十秒ほどの時間は自分の手中に抑え込める自負があった。だが、彼にはその一切が通じない。

 最早、愛覇にはそれを考え込む余力さえ無かった。

 自身の初めてのキスさえも犠牲にしたというのに、全てが水の泡と化した。その屈辱と理解不能な現実に、脳がショートを起こし、石像のように固まるのも致し方ないのだろう。


 加賀瀬は硬直する愛覇を完全に無視し、出入り口の白いドアの前に立った。


 だが、ドアはうんともすんとも言わなかった。


「クソ……鍵が……」


 IDチップを必要とする生体ロックのドアの前では、魔斬を覚えた加賀瀬であろうと、無理やり破壊する以外に突破口はない。その考えが頭を過った――。


 その時だった。


 ピピッ。

 なぜか、その白いドアが不自然に無機質な電子音を鳴らし、独りでにロックを解除したのだ。


 スゥ……とゆっくり横にスライドするドア。


 その向こうの廊下には、どこか見覚えのある女性が、軽やかに手を振って立っていた。


「お疲れ様です!」


 愛嬌のある丸顔の女性が、ビシッと敬礼を見せた。

 加賀瀬は怪訝な表情で彼女を見据えたが、やがてじわじわと記憶の底から一つの映像が浮かび上がってきた。


「お前……あの時の……」


 加賀瀬の脳裏に、シチューを机にぶちまけ、パニックに陥りながら逃げていった女の姿がフラッシュバックする。


 そう、眼前の彼女は――教育課の職員、華矢だった。


「ドーモスさんとナランさんは、このフロアのあっち側にいますよ!」


 華矢は悪びれる様子もなく、親指で廊下の向こう――大吹き抜けのある回廊のさらに奥を指差した。


「お前、なんで……」


「結構遠いですけどね!」


 華矢は加賀瀬の疑問を遮るように、パチンとウィンクして見せた。


 なぜ、アルカディアの職員であるこの女が、今ここでロックを解除し、人質の居場所を教える?


 加賀瀬が真っ当な疑問をぶつける前に、華矢は彼の腕を強引に引き寄せ、廊下へと引っ張り出した。

 面談室を一歩出た加賀瀬が目にしたのは、異常な光景だった。


「なっ……」


 眼下に広がる廊下のあちこちで、多数のアルカディア職員たちが、まるで強力な睡眠薬でも嗅がされたように、白目を剥いて泡を吹き、バタバタと倒れていたのだ。


 驚愕する加賀瀬をよそに、華矢は彼の背中を目的地の方へと力強く押し出した。


「ささ! 華麗なる救出劇へ、いってらっしゃいまし!!」


「なっ、お前ッ……なんだってんだ!?」


 加賀瀬は振り返り、わけのわからない状況に声を荒げた。


「ほら、時間ないですよ! 『相方』がシステムをハッキングしているうちに!」


「ハッキングだと?」


 彼女の発言の意図を全く理解できずにいる加賀瀬。

 だが、華矢はにこやかな笑みを見せたまま、反対方向の通路へと目を向けた。


「あ、ほら! 奥からアルカディアの人達きちゃってますよ!」


「いや、ていうかお前はアルカディアの人間じゃねえのかよ!」


「さささ! まっすぐ廊下を進んで、突き当りを左へ! しばらく走ってれば医務室の看板がありますから、そこのどこかに二人はいるはずですよ!」


 華矢がまくし立てている間に、遠くの通路の奥から、事態の異常に気づいた武装職員たちの足音と怒号が近づいてくるのが聞こえた。


「ちっ! なんだってんだよ、マジで!」


 戸惑い、躊躇う加賀瀬だったが、立ち止まっている暇はない。彼はやむを得ず、華矢の指し示す方向へと、弾かれたように走り出した。


 遠ざかっていく加賀瀬の背中を見送る華矢。


 彼女は、まるで別人のような冷たく、そして妖艶な微笑みを浮かべていた。

 そして、瞬きの合間――彼女の小動物のような黒い瞳が、一瞬だけ、ゾッとするほど鮮やかな『桃色』に発光したのを、誰も見る者はいなかった。

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