第6話『運命=結果論』
「ワイス!!」
ニニィは一気に天井まで飛び上がる。
「今、助けるからネ!!」
手を刃に変形させ、絡みついた糸を切ろうとする。
だが糸は厚く硬く、刃が通らない。何度も繰り返すが、なかなか切れなかった。
リリアの目から自然と涙があふれた。
それでも彼女は、キールを吊るす糸へ能力を放つ。
「お願い、生きてて...」
泣きながらも力を込め、必死に引きはがそうとする。
だが糸はまるで生き物のように抵抗し、容易には剥がれない。
(お願い......早くちぎれて!!)
リリアは心の中で叫び、さらに力を振り絞った。
ふと視界の端に、いくつもの繭が吊るされているのが見える。
中身まではわからない。
だが、おそらく今まで捕らわれたUMHや人間たちに違いない。
リリアは唇を噛み、再び力を込めた。
「 キールだけは、絶対に助けるんだ」
リリアはニニィを助けたときのことを思い出し、叫ぶ。
「ニニィ!これ使って、糸を切って!!」
武器を握りしめたニニィが、すぐに糸へと熱光線を放つ。
「お姉ちゃん!ワイスを受け止めテ!」
「わかった!」
弾けるように糸が切れ、リリアは能力で落下するワイスの体を受け止めた。
「ワイスって、ワンちゃんだったのね...」
リリアはその姿に驚く。
サモエドとハスキーのミックス犬、サモスキー。
柔らかな可愛さに、白と黒の鮮烈なコントラストが凛々しさを際立たせていた。
ふさふさの毛並みが風に揺れていた。
ニニィは続けて、キールを縛る糸にも熱光線を当てる。
じゅっと音を立てて糸が溶け、彼の体がゆっくりと宙に浮いた。
「......!」
リリアは能力で二人の落下を止め、そのまま慎重に地面へ降ろす。
「キール!!しっかして!!」
「ワイス!!目ヲ開けテ!!」
二人は倒れた体を揺さぶった。
だが返事はなく、沈黙だけが返ってくる。
慌てて胸に手を当て、呼吸を確かめる。
「息が...ない」
「大丈夫だよ。そいつら、仮死状態だから」
不意に、背後から声が割り込む。
二人ははっと振り返った。
そこに立っていたのは、繭のUMH。
必死すぎて気配にすら気づけなかった二人は、息を呑む。
「そんなに警戒しないでよ。君たちには用はないって言ったじゃん」
繭は宙を滑るように移動しながら、軽く言葉を投げる。
「あなたの目的は何?キールとワイスをどうするつもり!?」
リリアの声が震える。
「君には関係ないだろ...」
繭はふと動きを止めた。
「......いや、そっか。関係なくはないのか。
君は”運命”に導かれて、ここに来たんだね」
「運命......? 何を言ってるの?」
リリアは眉をひそめる。
「ごめんごめん。こっちの話、気にしないで」
「ワイスとお兄ちゃんを元に戻してヨ!」
ニニィは必死に声を張る。
「それは彼ら次第だね。僕はね、運命というものが大好きなんだ」
繭の軽やかな声が、不気味に響く。
「ここに来たそちらの可愛いお嬢さんこそ、運命に導かれている」
「変なこと言わないで...」
リリアが険しい顔で睨む。
「運命というのは結果論でしかない。
人は辿ってきた“結果”の積み重ねでしか作られない」
繭はゆっくり宙を移動しながら続ける。
「その積み重ねが、いかにその人に影響するのか...僕はそれが知りたいんだ」
「そんなことで人を攫って、殺して...」
リリアの声には怒りと震えが混じる。
「簡単には殺さないさ。彼らを仮死状態にして、精神世界で自らの結果と向き合ってもらう。 向き合えれば生き返る......だが、そんな者は今まで一人もいなかった。
運命に挫折し、心が死んでいったよ。そのたびに、僕は彼らの死を味わっている」
「ひどい...。じゃあ、もう他の人は...」
「想像通りだよ。でもね、人それぞれが、死にかかる時間は異なる。
挫折にかかる時間こそ、その人が背負ってきた運命の重さを表す。
そして、その人の意志の強さもだ」
繭はリリアの前で止まり、高らかに言う。
「精神が死ぬことで初めて死が完成する。これほど面白いことが世の中にあるだろうか?」
「......あなた、イカれてる」
リリアは震える声で吐き捨てる。
「イカれさせたのはこの世界だ。それに彼らを殺せという命令だ」
繭はその場を離れようとした。
「死ぬのは、時間の問題だ。それに死んだら遺体は残らない。あとは勝手にしてくれ」
「あなたを倒せば......二人は起きるの?」
リリアの声は震えていたが、その目には揺るがぬ光が宿っていた。
「お姉ちゃん」
ニニィが不安そうに背中を見つめる。
「いいね。やっぱり。運命に導かれた可憐な君は違う。
君の“運命”も、ぜひ味わってみたいな」
リリアは涙をぬぐい、きっぱりと言い返す。
「そんな運命なんてない! 二人を縛るその糸、私が必ず断ち切ってみせる!!」
繭は、まるで帯のように平たい糸を幾重にも走らせた。
白銀の束が一斉にリリアへと襲いかかり、四方から絡め取ろうとする。
「くっ......!」
リリアは歯を食いしばり、能力で糸の軌道を無理やり逸らす。
空気を裂く音を立てる糸。
だが量は膨大で、次第に彼女を呑み込もうとしていた。
その時――
「お姉ちゃんっ!しゃがんで!」
甲高い声と共に、ニニィが宙を舞った。
小さな体が回転しながら武装を展開、手の甲から伸びた剣が閃光のように輝く。
旋風を巻き起こしながら、迫る糸を次々と切り裂いていく。
切断された糸が宙を舞い、光の雨のように降り注ぐ。
そのままニニィは一直線に繭へと突進した。
「不意打ち食らわなかっタラ、攻撃なんて当たらナイもん!!」
強気な声が洞窟に響く。
しかし繭は冷ややかに呟く。
「君が一番つまらない。人に作られ、運命を決められた存在......退屈だ」
次の瞬間、鋭い衝撃音が響いた。
繭の糸が弾丸のように放たれ、ニニィの片腕を吹き飛ばす。
「うっ!!」
小さな体が弾かれ、地面へ叩きつけられる。
すぐさま粘着性の糸が広がり、ニニィを地面に縫いつけた。
必死にもがくが、絡みつく糸は容赦なく自由を奪う。
「ニニィ――ッ!!」
リリアの瞳が怒りで揺れる。
能力で衝撃波のように繭を吹き飛ばす。
轟音とともに洞窟が震え、壁の蜘蛛糸が震えた。
「ニニィ!!」
ニニィに駆け寄るリリア。
「大丈夫!!片腕ダケだから...」
ロボットの体には、痛みはない様子だった。
「今、助けるから!!」
リリアはニニィを縛る糸へ、拾った武器を向けた。
その瞬間ーー
「お姉ちゃん危ナイ!!」
繭から再び大量の糸が一斉に展開される。
鋭い唸りを上げ、無数の束がリリアめがけて襲いかかる。
「くっ――!」
リリアは能力で軌道をずらそうとするが、間に合わない。
視界が一気に白に染まる。
次の瞬間、衝撃が走る。
リリアの体はその場から弾かれるように吹き飛んだ。
吹き飛ばされたリリアが目を開けると、そこに立っていたのはーー。
「へーちゃん!?」
ヘイスだった。
だがすでに糸で縛られ、身動きが取れなくなっていた。
「余計なことを!」
繭の声が鋭く響き、苛立ちが滲む。
ヘイスはゆっくりと振り返り、リリアに視線を向けた。
「リーちゃん......あたしを眠らせたって無駄よ~。どこまでも駆けつけるから」
かすかな笑みを浮かべる。
「それに...ニニィちゃんには、悪いことしちゃったわね」
「へーちゃん!!」
リリアの喉が詰まる。
繭の糸がさらに締めつけるたびに、心臓を握り潰されるような恐怖が広がっていく。
「お願い!!殺さないで!!」
繭は含み笑いで言う。
「殺すつもりなかったけど...殺した方が、君の運命はより面白くなりそうだ」
リリアが能力を使おうとした瞬間、糸が再び襲いかかる。
視界を白く覆い尽くす糸に阻まれ、リリアは一歩も進めない。
ヘイスは縛られたまま宙に浮く。
「哀れな人生だ」
吐き捨てる繭に、彼女は目を開き、鋭く睨み返した。
「友達を助けられる人生のどこが哀れなの?
それがわからない、あなたの方が哀れね」
いつもの口調ではなく、切りつけるような強い声だった。
繭は次の瞬間、ヘイスの体を天井へと吊り上げる。
首に食い込む糸。
「ーーー!!!」
足をばたつかせ、必死に首元の糸を掴む。
しかし、 糸は容赦なく締まり、呼吸を奪っていく。
「へーちゃん!!」
リリアの悲鳴が洞窟に響く。
さらに激しくもがくヘイス。
やがて口元に泡がにじみ、唇が青ざめていく。
「お願い...やめて」
リリアは糸をかわしながら突き進むが、一向にヘイスへ届かない。
次第に動きは弱まり、最後に大きく肩が上下し、力なく脱力した。
そのまま、微動だにしなくなった。
すると、繭は攻撃をやめ、ヘイスの体を静かに地面へ降ろす。
そして、リリアの目の前に置いた。
「あぁ....へーちゃん..うぅ、うわぁぁぁ!!!」
リリアは枯れるような声で泣き叫び、膝から崩れ落ちる。
胸の奥に押し込めていたものが一気にあふれ、心はぐちゃぐちゃにかき乱された。
(私は誰一人として助けられない。あの頃から何も変わってない。
キールと一緒にいて変われたって......そう勘違いしてただけ。
私は、誰かがいなければ立っていられない弱い人間なんだ。
エイダさん。どうしたらいいの?)
絶望が胸を覆う。
繭はそんな彼女を見下ろし、愉快そうに囁いた。
「あぁ、君の積み重ねは素晴らしい」
その刹那、ニニィの腕のパーツから眩い光線が放たれ、繭は洞窟の奥へ叩き込まれる。
「お姉ちゃん!!まだ終わってないヨ!」
ニニィの声が響く。
だがリリアは呆然と座り込み、虚ろな瞳で前を見つめるだけだった。
「お姉ちゃん...」
ニニィは胸を締めつけられるような思いで、その横顔を見つめた。
「おまえ、どうやって糸から...」
繭は不思議そうに問う。
「腕、吹っ飛ばしたデショ」
ニニィは淡々と答える。
「それがどうした」
「あたしモ驚いてるんだ。まさか自分のパーツヲ、遠隔で操作できるなんテ」
「何を言ってるか、よくわからないんだが」
「わからなくていいヨ」
ニニィは強く睨み返し、言い放った。
「理解されたいナンテ思ってない」
小さな体に宿る声は、鋭く澄んでいた。
「お前はお姉ちゃんヲ傷つけた!!あたしは友達をきずつけるやつガいちばん嫌い!」
叫ぶと同時に、ニニィの体が変形する。
四肢のパーツが分解し、宙に浮かんで光を帯びながら、一斉に繭を取り囲んだ。
繭は嗤うように低く呟く。
「僕は、君みたいな言うこと聞かないやつが一番嫌いだ」
ニニィは一歩も退かず、真っすぐに返す。
「そうやって縛り付けテ、抑えテ...運命だとか決めつけテ、人ノ未来ヲ、自由ヲ奪わないで!」
その声は震えていない。
「あたしが、あんたヲその縛られた考え方カラ解放してあげる!」
ニニィの瞳に、覚悟の光が宿った。




