第4話『UMH保護支援機関・アウローラ』
2030年 4月29日
日本・某所 アウローラ・オペレーション本部 医療室
包帯が外されると同時に、リリアは思わず息を呑む。
キールの腕は、しっかりと動いていた。
「これで完治ね」
イオラがほっとしたように告げ、全治1か月といわれた怪我も、UMHの回復力で半分の時間で済んだ。
「よかったね キール!」
リリアは自分のことのように喜び、声が弾んだ。
「はい。毎日、来てくれてありがとうございます」
柔らかく笑うキールに、リリアの胸も温かくなる。
「まぁ、毎日来ないと私も退屈だったから。本部から出るなって言われるし」
キールは傷の治療に専念し、リリアは安全のため本部で保護されていた。
二人の空気が和らぐ中、イオラが小さく咳払いをする。
「ごめんなさいね。まさか、捕まえた犯人が影になって消えるなんて。完全に想定外だったわ」
あの日、確保していたはずのリリアを追っていた犯人は影となって消滅した。
イオラはそのことをキールに伝え、キールはリリアを救うために動いた。
「キールには、本当に助けられたわ。ありがとうね」
イオラはそっと微笑み、柔らかな声で言った。
「なまえ……」
リリアは不思議そうに言葉を漏らす。
「イオラさん。前はキールのことを名前で呼んでなかったのに、最近どうして名前を……」
イオラは肩をすくめ、震えながら言葉を紡ぐ。
「特に理由はないわ……」
「でも、私が呼ぶようになってから、さりげなく言ってません?」
キールは頭の中でイオラの言動を振り返るように。
「たしかに……」
イオラはだんまりを決めていたが、恥ずかしそうに声を荒げる。
「そうよ、言ってたわ」
イオラは口をとがらせながら、言い訳を並べる。
「だって、キールが名前呼ぶなみたいな顔してるから呼びづらくて……」
キールはきょとんとした顔で反論する。
「えっ?? そんな顔してませんよ」
「してるわよ。あんた」
リリアがすかさず切り込み、イオラは身を乗り出すように言った。
「リリア、あなたもそう思うわよね?」
「はい。キールからは壁を感じますね」
イオラはほっとした顔になり、覗くようにキールを見る。
「私が名前呼んだらダメ……かしら?」
キールは不機嫌さを隠せないまま、どこか気まずそうに視線を落とす。
「構いません。僕はただ……」
キールは、前と同じく言葉を詰まらせ、イオラは指同士をツンツンさせて言った。
「私は年齢的におばさんかもしれないけど、仲良くしてね。あなた達、いい子だから……」
イオラは伺うように言うが、リリアはすぐに否定する。
「イオラさんはおばさんなんかじゃないですよ! かっこいい、綺麗なお姉さんです!」
「リリア、あなた……」
イオラはリリアに熱いまなざしを向け、見つめ合って嬉しそうに微笑んだ。
「そんなことより、イオラさん。僕に何か用があって来たんですよね?」
キールはイオラにひるむことなく言う。
イオラは獲物を狙うように、じろりとキールをにらんだ。
(キール最悪。イオラさん、機嫌悪くなったじゃん)
「そんなことね……」
イオラの声に静かな圧が乗り、空気が張り詰める。
リリアは空気が重くなるのを察し、慌てて話題を変えようとした。
「イオラさん! 私、アウローラが具体的に何をやっているか知らないんですけど、聞いてもいいですか?」
イオラはリリアへ顔を向け、穏やかな声で答えた。
「そうね。どのみちあなたにもお願いすることがあったから、改めてUMH保護・支援機関アウローラについて説明するわね」
イオラは順を追って、リリアに説明し始める。
「2010年に宇宙人の侵略が起きて、100万人の命が一瞬にして奪われたの。その時、1人の超人的な力を持った青年のおかげで艦隊は全滅。世界は救われたわ」
「たった1人で!? その人いれば、最強じゃないですか!?」
リリアは驚きつつも、どこか嬉しそうに言う。
しかし、イオラの顔はいつにも増して暗かった。
「彼は、忽然と姿を消したわ」
「えっ……なんで?」
リリアが首を傾げると、イオラは静かに続けた。
「民衆の中に残ったのは英雄の姿だけ。やがて、彼は“地球の英雄”と呼ばれるようになったの」
キールは補足するように言う。
「今も探してるんですけど、手掛かりひとつないんです。まるで、最初から存在しなかったみたいに」
リリアの胸にひやりとした不安が広がる。
「そんな……」
イオラはさらに言葉を重ねた。
「それから約1週間後、人間社会に超能力を持つ人間が、世界各地で目撃されるようになったの。人々は彼らをUMH(未証明変異人間)と呼び、噂や都市伝説が広がったわ。もし彼らが公に出れば、迫害や淘汰は避けられない。政府の実験に利用される恐れすらあったの」
イオラの声には、哀しみが混ざり、リリアは思わず息をのむ。
頭の奥で、自分がもし捕らわれたらと想像してしまい、背筋に冷たいものが走った。
「だからこそ、私は彼らを助けたいと思ったの。この機関――アウローラは、私の知識と経験、そして世界三大企業のひとつエイダグループの代表エイダさんの力を借りて作り上げたのよ」
「イオラさん、私たちのために……」
リリアはイオラの頑張りに自然と胸が熱くなっていた。
「それからは世界を駆け回り、この活動に共感してくれた人々の協力も得られたの。私たちはUMHを保護し、彼らが人間と同じように生活できるよう努力しているわ」
リリアの目には涙がにじんでいた。
イオラはその様子を見て、柔らかく笑みを浮かべる。
「ありがたいことに、キールのようなUMHの方々がいて、彼らにはUMH保護や事件解決をお願いしているの」
リリアはたまらずイオラに抱きついた。
「私、イオラさんとエイダさんのおかげで助けられました! 本当にありがとうございます!」
イオラは優しく抱き返し、微笑む。
「いいのよ、かしこまらないで。私もあなたたちの力になれていたら嬉しいわ」
「イオラさんのこと、みんな感謝してますよ」
キールがそういうと、イオラはふっと口元をゆるめた。
「さっきのことは忘れてあげる……」
「???」
キールが首を傾げて、リリアは胸をなでおろした。
「本題に入るけど、キール。前に話したUMH狩りの話は覚えているわね?」
「はい。任務に出た17人が行方不明で、民間にも被害が出ている……」
キールは短く答えた。淡々とした響きの奥に、深刻さを噛みしめているような硬さがある。
「そう。調べを進めているうちに、1人のUMHの犯行だとわかったの」
「リリアさんを襲った犯人ですか?」
空気が一段と張り詰める。
「残念だけど、それは別件になりそうだわ。あの男はUMH狩りをしているわけではなく、あくまでリリア狙いだったみたい」
「……っ」
リリアの胸の奥に冷たい何かが差し込まれる。
リリアは思わず息を呑み、指先にじんわりと汗がにじむ。
「なんで私を……」
「それを含めて現在、行方を追っているわ。それでここ数日、アマゾン北部で謎の救難信号を受信したの。地元警察に確認したら、白い球体が人を攫っているという目撃情報も。ほぼ100%、UMH狩りで間違いないわ」
イオラの声は硬く、医務室の空気に緊張が満ちていく。
「キールには救難信号の地点へ赴き、救出とUMH狩りの捕獲をお願いしたいの。それにヘイスを同行させるつもりだから」
「わかりました。準備でき次第、行きます」
キールはベッドを降り、準備へ向かう。
すると、リリアが突然立ち上がった。
「イオラさん。私も行きます!!」
リリアは大きな声を上げた。
その瞳は真剣で、しかし無鉄砲な光も宿していた。
「だめよ! あなたは訓練も受けてないし、これは遊びじゃないの!」
「わかってます……でも!」
イオラは遮るように強く止める。
「あなた、この前ひどい目にあったじゃない。あなたが望んでいる生活とは真逆になるのよ」
「わかってます。でも、あの日キールに助けられて、彼と一緒なら何か変われるって、私の普通を見つけられるかもって思ったんです。だから、お願いです。行かせてください!」
リリアは深く頭を下げて、微動だにしなかった。
「それでもダメよ。本当に今回は危険すぎるの」
リリアは微動だにしなかった。
「リリア、いい加減頭を上げなさい。どうしたって行かせません」
その時、非常ベルが鳴り、アナウンスが流れた。
「侵入者1名が2階東エリアを通過! 直ちに避難してください!」
「この階……リリアは避難しなさい!」
イオラは強く言い、病室を飛び出す。
その直後、リリアの頭を激しい痛みが貫いた。
「うっ!! これって、まさか……!」
リリアは感覚を辿り、更衣室の扉を乱暴に押し開ける。
「なにこれ……キール!」
そこには、全身を糸で縛り上げられたキールと、宙に浮かぶ細長い繭。
キールは口を塞がれ、必死に声なき叫びを伝えようとしている。
「……!!」
リリアは胸の奥から恐怖がこみ上げるのを押し殺し、声を張った。
「キールを返して!」
「断る、用があるのは彼だけだ」
リリアは即座に繭を能力で止めようとするが、繭はその場で高速回転をする。
巻き起こる風でリリアの視界が塞がれた。
「くっ!」
繭はそのままキールを抱え、逃げ去ろうとする。
ようやく目を開けられたリリアは、近くのロッカーを操り飛び乗った。
追おうとしたその瞬間、イオラが駆けつけ、鋭く叫ぶ。
「リリア、待ちなさい!」
リリアがわずかに止まり、振り返らず絞り出すように言う。
「ごめんなさい……」
言葉を残し、リリアは繭の後を追って飛び出した。




