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バルコニー  作者: ソラ
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第10章:壁の向こうの真実

その夜も、レイさんは変わらぬ手順で一日を終えた。

料理をして、静かに食べて、食器を洗う。

23時少し前、煙草を一本くわえてベランダへ出た。


「……アオイさん?」


声をかける。返事は、ない。


「いるか?」


ようやく、しばらくしてかすかな声が届く。


「……レイさん……?」


「大丈夫か?」


「……うん……ただ……少し疲れてるだけ……」


いつもの明るいトーンがなく、弱くかすれた声だった。


「今日は無理するな。話すのはまた明日でいい。」


「……ありがとう……レイさん……」


それきり、沈黙が戻った。


妙な胸騒ぎを感じながらも、レイさんは煙草を消し、ベランダを後にした。


次の日、レイさんの仕事は少し長引いた。

会社を出たのは22時過ぎ。電車の中でも、自然と考えてしまうのは昨夜の声のことだった。


(まだ具合が悪いのか……?)


駅を出て、いつもの道を歩き、アパートの6階までエレベーターで上がる。

自分の部屋の前に着いたその瞬間——隣の扉が、少し開いていることに気づいた。


「……アオイさんの部屋……?」


ドアが、ほんの少しだけ、開いている。


(まさか、空き巣……?)


迷う間もなく、レイさんはドアを静かに押した。

途端に、こもったような空気と、少し鼻を突くにおいが鼻をかすめた。


部屋の中には、洗っていない皿、散乱するゴミ袋。

生活感があるのに、誰の気配も感じられない。


「……アオイさん?」


奥へと足を踏み入れ、リビングの向こう——ベランダの方向に目をやる。


そこに、彼女はいた。


倒れた車椅子。

そしてそのそばに、床に倒れ込むアオイさんの姿。


顔は青ざめ、額には汗。

手足は動かず、意識もうつろ。


「アオイさん!」


レイさんは迷わず駆け寄り、その身体を抱きかかえた。


(熱い……)


「しっかりしろ、アオイさん……!」


自分の部屋まで連れて帰り、布団に寝かせる。

濡れタオルを額に置き、台所に走ってお粥を作り始めた。



十分ほどして、鍋を持って戻ると、アオイさんの瞳がゆっくりと開いた。


「……ここ……どこ……?」


「俺の部屋だ。」


「……そっか……」


お粥を器に盛り、彼女のそばに座る。


「少し、食べられるか?」


アオイさんはゆっくりと頷いた。


レイさんがスプーンを差し出すと、彼女は一口だけ口に運ぶ。


「……美味しい。」


その言葉のあと、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。


「……レイさん、でしょ?」


「……ああ。」


「……煙草の匂いと、料理の匂い……全部、あなたのだ。」


レイさんは、黙って彼女を見ていた。


「……どうして……優しくするの……?」


「当たり前のことをしただけだ。」


「……私、知ってるでしょ? ……普通じゃないって。」


「……わかってる。でも、それが何だ。」


アオイさんは、布団の端を握りながら、小さく震えていた。


「……私、車椅子なの。ずっと……隠してたのに……見られちゃった。」


「……アオイさん。」


レイさんは、ためらわずに言った。


「俺は……アオイさんが、好きだ。」


「……っ……」


「答えはすぐじゃなくていい。考えてくれればそれでいい。」


沈黙が流れる。


アオイさんの瞳が大きく見開かれ、頬を涙が伝っていた。


その夜、二人の関係は、確かに何かが変わった。



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