6.前哨戦
カイムがナーヴァを連れて、帝城の敷地内にある鍛錬場に移動した。
十メートルほどの距離を置いてナーヴァと向かい合う。
純白の鎧を身に纏ったナーヴァだが、謁見中は持っていなかった大剣を手にしている。
ナーヴァの身長を超えるサイズの剣。『ツヴァイヘンダー』と呼ばれている百八十センチほどの長さがある大剣だった。
もしもあの大きさの剣を自在に振るうことができるのであれば、敵を鎧ごと真っ二つに斬ることができるだろう。
(優雅な外見に似合わない重量系の戦士か……やはり、悪くない)
「さっきから気になっていたんだが……『天騎士』と名乗っていたな。それは普通の騎士とどう違うんだ?」
カイムが手足を伸ばして軽くストレッチをしながら、ナーヴァに訊ねる。
「『天騎士』というのは聖霊教会に属している高位騎士の総称です。カイム殿」
身の丈を超える大剣を陽の光にかざしながらナーヴァが答える。
「通常、信仰に身を捧げている騎士は『聖騎士』と呼ばれています。『天騎士』はその上にいる存在。聖騎士の中から厳選された女神の戦士です」
「つまり、強いってことだな?」
「実力と信仰の両方を兼ね備えている……という意味です。『天騎士』を名乗ることが許されるのは『八聖』に属する八百人の騎士のみ。私はその一つである『節制』の団長を務めております」
「なるほど。つまり、聖霊教会の騎士の中でも指折りの戦力であるわけだ……期待できそうだな」
聖霊教会にどれだけの戦力がいるかは知らないが……その中でも精鋭とされる八百人。その頂点に君臨している八人の団長の一人がナーヴァであるというわけだ。
「それでは、胸をお借りいたします。貴方様が本当に魔王殺しの英雄であらせられるのか……どうぞ、その力をお示しください」
「ああ、いつでも良いぞ。かかって来い!」
ナーヴァの口上を受けて、カイムが好戦的な笑みを浮かべながら手招きをする。
「それでは……参ります!」
「!」
ナーヴァが地面を蹴った。
そして……次の瞬間にはカイムの眼前に移動していた。
凄まじい速度だ。まるで瞬間移動してきたようである。
「速い……!」
「ハアッ!」
ナーヴァが大剣を振り下ろす。
手合わせどころか、胴体を両断するような殺す気満々の攻撃である。
「【青龍】!」
だが……カイムも黙って斬られはしない。
右腕を振るい、ナーヴァの大剣を正面から受け止めた。
闘鬼神流・基本の型――【青龍】
刃のように研ぎ澄ました圧縮魔力を纏うことにより、腕に名刀並みの切れ味を付与する技である。
「まさか、素手で受け止めるとは……!」
渾身の一撃を止められて、ナーヴァが大きく目を見開いた。
「フッ!」
驚くナーヴァに、カイムが返す刀で攻撃する。
左腕にも刃を纏って手刀を繰り出した。
「クッ……!」
「オオッ……?」
しかし、カイムの腕が空を切る。
ナーヴァの姿が消えた。またしても、目にも留まらぬ速度で移動したのだ。
「お見事です! ならば、これはどうですか!?」
カイムの背後にナーヴァが回り込んだ。
そして、縦横無尽に大剣を回転させて嵐のように斬りつけてくる。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
上から下、下から上。
右から左、左から右。
身の丈以上のサイズの大剣を縦横無尽に振り回して、嵐のように凄まじい猛攻を繰り出してきた。
「おいおい……マジか」
カイムが振り返り、左右の腕に纏った刃で攻撃を捌く。
振り回された刃を弾き、弾き、弾き、弾く。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
それでも、ナーヴァの勢いは止まらない。
無数の斬撃によってカイムは防戦一方を強いられ、どんどん鍛錬場の端に追いやられていく。
「これは……すごいな。本当に大したものだ」
追い詰められながら、カイムが嘆息する。
胸にあるのは恐怖や焦燥ではない。心からの感心である。
一見すると、ナーヴァは無茶苦茶に大剣をぶん回しているだけのように見えるだろう。
しかし、この大きさの剣をそこまで自在に扱える人間がどれだけいるだろうか。
剣筋は鋭い。そして重い。
おまけに、ただの力馬鹿というわけではなく、的確にカイムの逃げ道を塞ぐように追い詰めてきていた。
(パワーとスピード、そしてテクニック。隙のない完璧な剣術だな……)
「まあ……だからどうしたという話だけどな」
しかし、カイムは冷笑する。
ナーヴァは間違いなく強者だ。もしかすると、世界有数ともいえるかもしれない。
だが……別に自分よりも強いとは思わなかった。
アーサーやガウェイン、そして『美猴王』よりも格上であるわけがない。
「フンッ……!」
「ッ……!?」
斬撃の嵐をかいくぐり、一筋の閃光が走った。
カイムが乱撃の中に足を踏み入れ、抜き手を繰り出したのだ。
差し込まれた手がナーヴァの腹部……肝臓がある部位を的確に打つ。
「な、あっ……!?」
猛攻が止まった。
狙いすました一撃を喰らい、ナーヴァが大剣を手放して膝をつく。
「どう、して……」
「別に不思議じゃないだろう。俺の方がお前よりも上であるというだけのことだ」
ナーヴァは強く、速く、巧みな剣の使い手だ。
しかし……カイムと比べると弱くて、遅くて、拙かった。
カイムはナーヴァが放つ斬撃の隙間を縫うようにして、彼女よりも素早い一撃を命中させた……シンプルにそれだけのことである。
もちろん、それは言うほど容易いことではない。
荒れ狂う暴風のような斬撃の最中、相手の間合いに足を踏み込んでクリティカルな一撃を与えるなど、並大抵の速度と胆力ではできないことである。
「勝負ありだ……続けるか?」
「……いいえ、私の負けです」
ナーヴァが起き上がり、突かれた腹部を手で押さえながら頭を下げた。
額や首に脂汗を掻いているものの、意地なのか怜悧な美貌が歪まないように唇を噛んで痛みを堪えている。
「御見それいたしました。先ほどは失礼なことを申し上げて、すみません」
「いや、構わない。そっちもまあまあ強かったぞ」
『まあまあ』……それが今のカイムにとってのナーヴァ・シュガーという女性に対する評価である。
強いは強い、それは間違いない。
それでも……闘鬼神流の基本技だけで倒せる程度の敵。
紫毒魔法を使う必要もなく、ましてや切り札である『秘奥の型』を使うまでもなく勝つことができる相手だった。
(昔の俺だったら、もっと苦戦したかもしれないけど……ちょっとばかり強くなり過ぎたのかもしれないな)
『拳聖』と呼ばれた最強の冒険者……ケヴィン・ハルスベルク。
魔境の主である『魔狼王』。
『骨喰い将軍』や『墓穴掘りのディード』を始めとした殺し屋の集団。
内乱で鎬を削って戦ったアーサー・ガーネット、ガウェイン、マーリン。
そして……七柱の災厄の一つである『美猴王』。
多くの強敵との戦いを潜り抜けて、カイムの技は冴えわたるばかり。
身体能力も魔力も旅立ったばかりの頃より遥かに上昇している。
仮にナーヴァが人間としては最高峰に近い剣術の使い手であったとしても、本気を出さずに余裕を持った状態で勝てるほどに強くなっていた。
「『まあまあ』……ですか。どうやら、本当に私は驕っていたようですね」
カイムの身も蓋もない寸評にナーヴァが悔しそうに目を伏せた。
これまで穏やかながらも冷然とした雰囲気を湛えていた天騎士が初めて見せた人間らしい感情である。
「悪いな、気に障ったか?」
「いえ……敗者が何を言われても文句は言えません。それが剣の道。勝負の世界というものですからね」
ナーヴァが顔を上げて、再び穏やかな笑みを浮かべる。
カイムに向けて右手を差し出してきた。
「よろしければ、滞在中にまた手合わせをしていただけると嬉しいです」
「時間があったら相手になろう。次は罰ゲームでも用意しようか?」
「フフッ……それもスリリングで面白いかもしれませんね」
カイムがナーヴァの手を握り返し、二人が笑い合う。
『毒の女王』の力を引き継いだ『毒の王』……カイム。
魔物を敵視している聖霊教会の天騎士団長……ナーヴァ・シュガー。
二人の最初の戦いは表向き、平和的で朗らかに幕を下ろしたのであった。




