5.天騎士の女
「お初にお目にかかります。ミリーシア皇帝陛下」
帝城にある玉座の間にて。二人の騎士が膝をついている。
男女の組み合わせである。代表を名乗っているのは二十代の若い女性で、彼女の数歩後ろで年配の男性が跪いていた。
この場にいる騎士は二人だけだが、城の外に彼女達の仲間が百人ほど控えている。
「聖霊教会が天騎士……『節制』の隊長を務めております、ナーヴァ・シュガーと申します。お目にかかれて恐悦至極に存じます」
青銀色の髪を靡かせ、頭の後ろで白いリボンを結った女性騎士が丁寧に名乗る。
ナーヴァというらしき女性騎士は純白の鎧を身に着けており、謁見中のため武器を所持していないが、油断ならない雰囲気を全身から発していた。
「へえ……これはなかなか……」
カイムが感心した様子で嘆息した。
謁見の間にはカイムとレンカ、他数人の騎士と文官が控えている。
招かれざる客とまでは言わないものの……望んで迎えたわけではない聖霊教会の騎士達を前にして、いずれも警戒した表情をしていた。
「なるほど、なるほど……面白そうな女だな」
「カイム殿、何を考えている?」
カイムの隣に立っている赤髪の女騎士……レンカが小声でそっと訊ねてくる。
レンカはカイムの恋人の一人だ。ミリーシアにとってはもっとも信頼できる臣下であり、皇帝直属である『金獅子騎士団』の団長をしている。
『金獅子』の象徴……黄金に輝く鎧はあまり似合っていなかったが、最近になってようやく見慣れてきた。
「お願いだから、おかしな真似をしてくれるなよ? 相手は正規の手続きを踏んでやってきた使節だ。下手に手を出せば外交問題になるぞ」
「人を何だと思っていやがる。俺は別に戦闘狂じゃないぞ」
猛獣のような言われ方をされ、カイムが心外だとばかりに唇を尖らせる。
「意味もなくケンカを売るような真似を誰がするかよ……まあ、それなりに楽しめそうな相手ではあるけどな」
「彼女、やはり強いだろうか?」
「相当な」
カイムが雰囲気だけでナーヴァに高評価を与える。
「ミリーシアと向かい合いながら、横にいる俺達に対する警戒を一瞬も解いていない。仮に後ろから斬りかかったとしても瞬時に対応して見せるだろう。魔力量もそれなりだし、間違いなく一流の騎士と呼べるだろうな」
「ほう……私よりも強いだろうか?」
「さあな、そこまでは知らん……だが、俺と出会ったばかりのお前だったら、瞬殺されていただろうな。なんたって、盗賊にやられるほど弱かったからな」
「グッ……いちいち嫌なことを思い出させてくれるな……」
レンカが細い眉を顰める。
レンカはかつて、不覚をとって主君のミリーシアもろとも盗賊に捕まったことがある。
もしもカイムが駆けつけるのがわずかでも遅ければ、女に生まれたことを後悔するような目に遭っていたことだろう。
「……当時の私は未熟だったからな。今ならば、カイム殿以外に負けはしない!」
レンカが断言する。
その言葉は誇張や強がりではない。
レンカはカイムと出会い、一緒に旅をしたことで大きく成長している。
強敵との戦いを潜り抜けることで騎士としての技を高めて、ついでにカイムに抱かれて体液を摂取することで魔力が大幅に上昇した。
『金獅子』の団長に就任してからも時間を見つけては鍛錬を行っており、今ならばアーサーやガウェインとだって真っ向から斬り合うことができるかもしれない。
「この度は皇帝即位、誠におめでとうございます。聖霊教会の全ての信徒を代表して、心よりお祝い申し上げます」
カイム達がヒソヒソと内緒話をしているうちにも、ナーヴァが口上を続けている。
「つきましては、教皇様より祝福の品を預かっております。後ほど、ご確認ください」
「手厚い心遣い、感謝いたします」
ナーヴァの祝辞にミリーシアが答える。
「未熟者ではありますが、偉大なる始祖に恥じぬように皇帝を務めていくつもりです。教皇様、並びに信徒の皆様にくれぐれもよろしくお伝えください」
「畏まりました」
「今晩はささやかではありますが歓迎の宴を用意させていただきます。帝国への滞在中はごゆるりと寛いでください」
聖霊教会側が贈り物を持ってきて、帝国側が歓迎の宴席を用意する……これにより、お互いが敵意のないことをアピールしていた。
贈答品を用意することで聖霊教会の騎士が帝国内に滞在することを拒みづらくなり、歓迎を示すことで彼らが好き勝手やらないように牽制する……そんな傍目にはわからない、外交上の牽制である。
「ところで……ミリーシア陛下に一つ、お伺いしたいことがあるのですが」
一通りの挨拶を終えてから、ナーヴァが切り込んでくる。
「先日、帝国内に封印された『魔王級』の一つ……『美猴王』が復活して暴れたと聞きました。彼の怪物が復活したその日のうちに討伐されたと報告が上がってきているのですが、それは事実でしょうか?」
「はい、偽りなく事実です」
ナーヴァの問いを受けて、ミリーシアが表情を変えることなく返答する。
淀みのない澄んだ流水のような即答だった。
「『美猴王』はすでに倒されています。被害は決して軽くはありませんが、最小限に抑えることができました。ご安心ください」
「非礼を承知で申し上げますが……信じられません」
「!」
ナーヴァが疑念を口にすると、控えていた帝国の臣下がブワリといきり立つ。
主君の言葉を真っ向から否定されて怒りを露わにする。
「無礼な! 皇帝陛下を愚弄するつもりか!」
真っ先に声を上げたのはレンカだった。
一歩前に出て、ナーヴァを大声で怒鳴りつける。
「『美猴王』は確かに討伐された。それは多くの人間が目撃している! 何を根拠に陛下の言葉を否定するか!」
「レンカ、構いません。控えなさい」
「しかし……!」
「レンカ」
ミリーシアが静かな声でレンカを嗜めた。
レンカはナーヴァを睨みながら、「ご無礼をいたしました……」と下がる。
「臣下が失礼いたしました」
「いえ……こちらこそ、申し訳ございません。決して、ミリーシア陛下を侮る意図はありませんので、お許しください」
ナーヴァが先ほどよりも深く頭を上げた。
感情の読めない顔を伏せたまま、朗々と言葉を続ける。
「七つの『魔王級』については全て把握していますが……いずれも何百年も討伐されることなく生き長らえている不滅の怪物ばかり。それが復活してすぐに倒されたと聞いて、にわかには信じることができませんでした」
「構いません。許します……ただ、『美猴王』が倒されたのは間違いなく事実。事実である以上、こちらもそうであるとしか申せません」
「我が教会に来ている報告では、一人の戦士が『美猴王』に挑んで討滅したとありました。その勇者はいったい誰なのでしょうか?」
「…………」
ミリーシアがほんの短い間だけ、沈黙する。
それは絶対に聞かれるだろうと覚悟していた問いだった。
隠したところで、聖霊教会が本気で調査したのであれば誰が『美猴王』を倒したのかすぐにわかることだろう。
「そちらにいる男性……カイムさんこそが魔王殺しの英雄です」
「ほう……そちらの御方が」
ナーヴァが顔を上げ、視線をカイムに向けてきた。
怜悧な灰色の双眸が真っすぐカイムを見つめてくる。
「…………」
探るような、それでいて挑みかかるような強い視線を受けて、カイムが少しだけ口角を吊り上げる。
「カイム様と申しましたか。姓をお伺いしても構いませんか?」
「姓はない。平民だからな」
カイムがぶっきらぼうな口調で答える。
生まれは『ハルスベルク伯爵家』の人間であるが、その姓はとうに捨てていた。
「平民……帝国の貴族や騎士の出自ではないのですか?」
「どこにでもいる馬の骨だ。高貴な血なんて一滴も引いちゃいない」
「ただ……いずれ『ガーネット』の姓を名乗ることになるでしょう。皆様もそのつもりで接していただけると助かります」
ミリーシアが穏やかな笑顔で補足説明を添える。
「『ガーネット』ということは……もしかして、ミリーシア陛下の?」
「そうなるつもりだ。文句あるか?」
「いいえ……皇配となる御方とは知らず、失礼をいたしました」
謝罪をしつつ、ナーヴァがなおもカイムを観察してくる。
「なるほど……確かに、かなりの腕前とお見受けいたしました」
「それは、どうも」
「ですが……それでも、人の力で『魔王級』を倒せるとは思いません。よろしければ、手合わせをお願いできませんか?」
「フン……」
ナーヴァの申し出にカイムが鼻を鳴らす。
カイムに対して表向きは敬っているような言葉遣いをしているナーヴァであるが、遠慮なく申し出をしてくるあたり内心でどう思っているかわからない。
「構わない。相手になろう」
カイムが牙を剥いて凶暴に笑う。
望むところという展開である。
カイムとしても、聖霊教会の天騎士とやらがどれほどの実力を持っているのか確かめてみたかった。
「ミリーシアもそれで良いよな?」
「カイムさんがおっしゃるのなら、どうぞ気の済むまで」
「よし、決まりだな」
ミリーシアの許可が出たところで謁見がお開きとなる。
カイムはパキポキと拳を鳴らして、大股で玉座の間から出て行った。




