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012 もう煙草は止めるね


 ――週末。


 二人は無理矢理、定時で仕事を終わらせると、雪美のワンルームマンションへと向かった。

 その足取りは軽やかなものではあるが、どこか地に足が着いていない。


 雪美がドアの前に立ち、少し恥ずかしそうにしながら、先に入り、れいを招き入れる。


 

「ようこそ!」

「おじゃましまーす!」


 ──キョロキョロと、部屋の中を見回す澪。

 

「汚い部屋なんだから、あんまりジロジロ見ないでよ。恥ずかしいから」

「ふふ。なんか、先輩の部屋と私の部屋、すごく似てます」

 

 そう言いながら、澪は帰りに二人で買った、スーパーの惣菜と缶ビールを、ちゃぶ台の上にごそりと置いた。


「澪は、うちでは料理はするの?」

「ううん。家事全般、なにも出来ないです」


「あはは、わたしもそう。似た者同士だね」

「へへ。そうですね」

 そう言って、澪はその美しい顔を、笑みに歪めた。




 暫しばしの沈黙──。


 澪の口元が、きゅっと引き結ばれ──その後、恐る恐るといった感じで、唇がゆっくりと開かれる。


「……そう言えば…………先輩は、誰かとお付き合いしたことありますか?」

「……ない」


「じゃあ、ひょっとして私が初めてですか?」

「……」

 雪美がコクリと、無言で頷く。



「……私も……先輩が初めてです……おんなじですね」

「……はは。……ますます、似た者同士だね」

 そう答えた雪美の表情は、いつになく強ばったもの。目元に余裕が無い。



「キスも……ですよね?」

「……」

 再び、無言で頷くと。





「……してもらえます……か?」

 鈴の音が震えるような、澪の声が返って来た。



「……ぅん」


 雪美は……緊張で震える手で……澪を不器用に抱き寄せて──。

 目をつむった彼女の唇に、生まれて初めての──不慣れなキスをそっとした。

 それは小鳥がじゃれ合う様な、小さく短い……優しいキスだった。


 目を開けた澪が、嬉しそうに、含羞はにかむ。



「ふふふ。もう一回しませんか?」

「うん……」

 

 雪美は再び、澪を抱き寄せて、さっきより、少し長いキスをした。


「はは。先輩、すこし息が臭いです……」

「うーん。ごめん。もう煙草は止めるね」


 そう答えると、雪美の心に、少し落ち着きのようなものが広がった。

 と同時に、胸の奥から温かな何かが、泉のようにあふれ出す。

 その何かは、きっと“幸せ”とか“愛しさ”とか、そんな名前がつくようなアレなのだろう。


 そんなことを思っていると──。


 目の前の澪が──まさに、そんな表情でいることにハタと気づく。


 思わず、雪美の頬が緩むと、澪の頬も釣られるようにほころんだ。




 ◇ 


 ◇


 ◇

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