↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/14

011 清らかな果実を、優しく手繰り寄せるような……


 どれくらいの時間が流れただろう。


 目の前の澪は、まだ辛そうな表情のまま、俯いたままだ……。


 悲痛に満ちた室内の空気を呼吸していると、雪美の心は自《おの》ずと、澪の気持ちに寄り添ったものへとなってゆく。


 澪がこれまで、この会社で受けてきた恥辱が、雪美の頭の中で再現される。


 陰湿な噂話の数々……

 他の社員から無視され続け、誰にも相手にされることのない毎日……。

 大勢の前で罵声を浴びせられ、同期の社員に平手打ちをされる屈辱……



 ──今……この状況で……わたしの個人的な話をしてもいいんだろうか?



 そんな思いが頭を過《よぎ》る。



 だけど、雪美は自分の気持ちを優先させた。

 ひょっとしたら、これが彼女の人生の転機になる……そんな、きっかけになるもしれないじゃないか? そんな言い訳を心の中で用意して。





 澪と視線を交差させることなく、雪美も視線を下に落としながら、言葉を紡ぐ。


 ポツリ、ポツリと、互いの間に言葉を置くようにして、雪美は思いの丈を打ち明けた。


 それは雪美にとって、生まれて初めての告白だった。




「……吉永さん……今、わたしが、こんな個人的な想いを話すことは……今のあなたの気持ちを無視した……デリカシーのない行為なんだと思う……そのことは……ちゃんと自覚しているんだけど……


 …………今、このタイミングを逃すと……こういう機会は……もう二度と、巡ってこない気がするから……だから、言わせてね……」


 突然、語り始めた雪美の様子に、思いつめたような深刻な雰囲気を感じ取り、澪は自身の内に深く沈んでいた意識を、無理やり心の表面に引っ張り上げた。

 

 澪が弾かれたように顔を上げると、そこには不安の色を瞳に宿した先輩《ゆきみ》がいた。

 それは、いままで澪が見たことのない、先輩の表情だった。



「わたしね…………吉永さんのことが好き。だから、わたしと付き合って」


「ぇ……」


 突然のことに、ハッと、澪の瞳が大きくなって、そのまま表情が硬くなる。



 だが、それに怯ひるむことなく、雪美は言葉を続けた。



「あなたの不器用だけど、一生懸命に努力している姿を見ていて…………気がついたら、あなたのことが好きになっていたの。こんな気持ちは、はじめてで……自分でもどうしていいのか分からなくて……ごめんね。こんなタイミングで、自分勝手な話をして……」






 だけど、澪は静かに首を横に振り──。






「私も……先輩のことが、ずっと好きでした……」 





 澪のか細い声が、雪美の鼓膜の表面に、じわりと広がる。

 その言葉が雪美の脳に滲み入ると──身体の奥から熱い何かが込み上げた。

 その感情が、津波のように雪美の思考を呑み込むと──。


 ──雪美は澪の小指を、震える右手で、そっと優しく摘まみ上げた──触れれば溶けてしまうような、小さな雪の粒でも掴むように。

 そして、そのまま彼女の手を取り……胸の前で、澪のその手を、両手で包んだ……。氷をも融かすような、ありったけの温もりを込めて。



 赤く腫れた澪の瞳が、涙で黒く濡れていた。

 吸い込まれるように、その双眸を見つめていると。


 気が付けば、雪美は……澪の頭を、自身の胸に引き寄せていた。


 それはまるで、聖なる樹に生《な》っている、清らかな果実を、優しく手繰り寄せるような──そんな手つきだった────。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。