010 アドバイス
……掛ける言葉が見つからない……
──だが次の瞬間、雷電に打たれたが如く、妙から貰ったアドバイスが、雪美の脳裏に鮮やかに蘇えった。
『──そんなときは、黙って後ろから、抱き締めるんです。もしくは、抱き締めてキス!』
雪美は妙の助言に、背中を押されるように、静かに澪に歩み寄り、後ろから、そっと彼女を抱き締めた。
「あ゛、あ゛たし……もう会社辞めます! みんあみた゛いに! ……普通に……ぢごと、出来な゛いー!!!」
腕の中に澪の細い身体を納めた瞬間。彼女の口から、炸裂音のような悲痛な叫びがあげられた。
その絶叫が、傾き始めた陽の中で、まだ熱を孕んだままの風と混じり合い……どこかへと流される。
雪美は、澪の咆哮じみた叫声の残滓が、屋上から消えるのを静かに待った。
そして、耳から失われた彼女の声に被せるように……澪の頭を優しく撫でた。
「……大丈夫……わたしは、吉永さんが……陰で一生懸命、努力していることを知っているよ。だから……わたしだけは……何があっても、あなたの味方だから……」
澪は、雪美の腕の中。いつまでもいつまでも泣き続けた。
夕日が都会のビルの奥へと沈み、辺りを朱色に染め始めていた。
多くの建物が、黒々とした濃い影を、眼下の街中に落としている。
そして、空の茜色が、濃い藍色に押し込められる頃、澪はようやく泣き止んだ。
✣
二人でオフィスに戻ると、そこには誰もいないガランとした空間だけが、只あった。
妙が作戦どおり、適当な方便を使って、みんなを定時で帰したようだ。
──無人のオフィスは怖いくらい静謐で。
見慣れた筈のオフィスが、どこか馴染みのない場所に感じられて仕方がなかった。
雪美はなんとも言えない気持ちで、盗み見るように澪の様子をちらりと見遣った。
唇を噛み締めて……じっと足元の一点を見つめている澪は……。
目が真っ赤に腫れていて……そんな彼女の佇まいは哀れを誘った。
雪美の心の奥底に、憐憫とはまた別の、名前の付けづらい感情が湧き起こる。その感情を胸に抱きながら、雪美は彼女の傍らに立ち続けた……。
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