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第五話

「……ひとつ、条件がある」


 項垂れていた国王にカラスは告げた。


「彼女を、スフェラを王妃に据えるなら王になってやってもいい」


「……え?」


「彼女……?」


 呆然と目を見開くスフェラに国王は視線を向け、その美しさに改めて舌を巻いた。


 サファイアの髪、ルビーの瞳、真珠の肌。宝石をこよなく愛する神が人の形を与えて生み落とした奇跡の姫。先ほどはそれどころではなく気づかなかったが彼女は宝石姫と呼ばれる少女だった。その噂は国王の元にも届いており、原石が豊富に採れ各国に宝石の国と呼ばれているランベールにおいて宝石姫は富の象徴とされていた。


 けれど、と国王は思う。


「確かに美しいが、その娘は平民だろう。後ろ盾のない娘が王妃になればカトレアの二の舞になる。お前には然るべき家柄の娘を……」


「言ったはずだ。スフェラでなければ王にはならない。勝手にあんたの人生を重ねるな。僕はスフェラを守るために王を継いでやってもいいと言っている」


 カラスは国王の言葉を遮りそう言い切った。


「どう、して……?」


「君の運命は王子様に嫁ぐことなんだろう?王子様なら僕だって構わないじゃないか」


 掠れる声を必死に絞り出して問うスフェラにカラスは平然とのたまった。その表情にはどこかからかいが含まれており、スフェラは信じられない思いだった。


「でも、王様は認めてはくださらないわ。それにどうしてわたしを……」


「危険に首を突っ込んで自ら処刑してくれなんていう君を放っておけとでも?君を求める者はこの先も数多く現れるだろう。その美貌は君が望むと望むまいと人の心を惹きつけてやまない。こういうのは癪だけど馬鹿王子のおかげで何の力も持たなければただ淘汰されるのを待つしかないことが分かった。君を守るのに権力だろうがなんだろうが利用してやるさ」


 不敵に笑うカラスに出会った頃の荒廃的な雰囲気は残されていなかった。


「……僕じゃ、嫌?」


 一転、下を向いて自信なさげに呟くカラスにスフェラはぶんぶんと首を振った。けれどカラスには見えていないことに気づいて、握る手にぎゅっと力を込めた。


「わたしじゃなくてカラスはいいの?わたしはカラスの隣にいていいの?」


 カラスも同じように思ってくれたのだろうか。離れたくない、一緒にいたいと。全身が震え立つような喜びが胸中を駆け巡る。


「……わたしはカラスと、一緒にいたい。王子様じゃなくてもいいからカラスに側にいてほしい」


  そうだ。そうだったんだ。スフェラはやっと胸の中で囁き続けていた声の正体に気づいた。カラスがスフェラの心に触れてくれた時から想いは根付いていて、一切の事情を考慮しない身勝手な願望が大輪の花を咲かせて存在を主張する。


「でも、わたしはあなたと共にいてはいけないんだわ。わたしのせいであなたを苦しめたくなんてない」


 それでも想いひとつじゃどうにもならない現実が確かにあって。


 正直、国王だとか王妃がどういうものなのか分からない。一国を治めるのがどんなに大変でそれを支える王妃の役割が何なのかも国王の話を聞きかじったぐらいでは理解に及ばない。けれど両親のためとは言え王子との婚姻に固執していたのがどれほど傲慢で浅はかだったかは分かる。


 カラスの決断を受け入れてしまえば、更なる重荷を背負わせる事になるかもしれない。先の出来事で嫌というほど思い知らされた。もう、誰も不幸になんてさせたくない。このままカラスが幸せになれるのなら自分の想いなんて……。


 スフェラの逡巡を断ち切るように、抑えきれない自身の想いをぶつけるようにカラスは繋がれた彼女の手を引き胸の中に閉じ込めた。


「同じように苦痛を伴う道なら君と共に歩んでいきたい。絶望さえも焼き切れた虚無の中で君が光を指し示してくれた。僕は知ってる。本当の美しさはその胸の中にあるのだと。……与えるばかりではなく君はもっと欲張りになるといい。僕と一緒にいたいと言うのなら手を離すな」


 それに、とカラスは言葉を続けた。


「言ったろ。最後まで面倒みるって」


 冗談ぽく添えられた言葉に頑なだったスフェラの心がほどけていく。


 カラスが国王となるならこの判断は間違っている。それでも繋がれた温もりを手離すのは困難で。


「わたしは、あなたとの幸せを望んでいいの?カラスはわたしの側で幸せになれるの?」


「もちろん。仕方ないからついでに国も守ってやる。君に後悔なんかさせてやるものか。それに僕を見つけてここまでひっぱり上げたのは君だ。責任とってくれるだろう?ーースフェラ」


 ずるい、と思った。

 そんな風に言われてしまったら、逃げる訳にはいかないじゃないか。どんなに想いを重ねても迷う心をカラスは甘美な鎖で繋ぎ止める。


「……わたし、目一杯カラスを幸せにするわ。守ると言ってくれたカラスをわたしが守る。どんなに辛い思いをしたって隣で笑ってられるように。カラスが幸せでいられるように」


 出会いは偶然か必然か。


 スフェラが宝石姫と呼ばれる美貌を持ち合わせていなければ今も両親の元で貧しいながら幸せな日常を送っていただろう。


 カラスが不遇の出生を遂げていなければ愛情深い両親の元、王子としての務めを果たしていただろう。


 けれど運命は当たり前の幸せを彼らには与えなかった。

 その美しさゆえに心を宝石箱に閉じ込めたスフェラ。

 黒を持つというだけで命を狙われ、蔑まれながら生きてきたカラス。

 しかしまた、そうでなければ二人が出会うこともなかった。

 不運と不幸は交差し、新たな幸福をもたらす。その先にあるのは破滅かそれとも……。



 互いの想いを確かめるように抱きしめ合い、しばらくすると二人は身を離した。スフェラとカラスの気持ちは固まった。後は国王の決断次第だ。


「僕を王にするか。あの馬鹿王子を玉座に据え滅びを待つか。どちらを選ぶ父上?」


 国王は二人を厳しく見定め、やがて力を抜くように体中の空気を吐き出した。


「……お前の父と言っても一応はこの国でもっとも敬われる地位なのだがな。我が息子ながら似ているところもあれば似ていないところもあるようだ。私はお前達を認めよう。何も与える事の出来なかった分、ひとりの父としてお前達に協力する。愛する者を守れるかはお前次第だ」


 現実味を帯び始めた未来にスフェラはほんの少しの不安を感じる。けれど繋がれた手のひらが大丈夫だと告げるから。


「決まってる。僕は必ずスフェラを幸せにする」

「それ以上にわたしがカラスを幸せにするわ」


 二人は互いに見交わし、幸せそうに微笑みあった。





 とある国に宝石姫と称賛された少女とカラスと蔑まれた青年がいた。


 カラスはやがて国王となり、不吉を背負った王は国の不幸を払拭し、またとない繁栄をもたらした。

 黒き王は賢く国を治め民に慕われた。その傍らには常に美しい王妃の姿があった。

 サファイアの髪にルビーの瞳、真珠の肌。その容姿から宝石姫と呼ばれた王妃は国の奇跡キセキとして誰からも愛された。


 ある時、国王はこう語ったそうだ。

 本質を見抜けぬ者に真の幸福は訪れないと。




 理想の夫婦として後世にまで語り継がれ、今もどこかで二人の恋物語に子供達が耳を傾けている。



これにて『カラスが拾った宝石姫』は完結となります。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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