↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/50

第8話:祝・収益化! 人生初の焼肉食べ放題〜網の上の錬金術と無限の肉〜

奇跡は、往々にして突然起こるものである。

あの伝説となった『二郎系ラーメン五キロ、スープまで完全完食ノーカット生配信』から、一週間が経過していた。

篠原結衣の暮らす築四十年のボロアパートに、朝から結衣のすすり泣く声が響き渡っていた。

「うぅぅ……ぐすっ……。嘘じゃない、嘘じゃないよぉ……!」

万年床の上で、結衣はスマートフォンを両手で握りしめ、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。

「結衣殿!? 朝からどうされたのですか!? まさか、ついにこの館からお米が底をついたと!? ああ、神よ! なんという残酷な試練を!」

傍らで、あずき色のジャージを着たシルフィリアが、結衣の涙を見て勝手に絶望し、天を仰いで悲痛な叫びを上げていた。

「違うわよ、バカエルフ……! お米なら昨日ドンキで十キロ買ってきたから棚にあるわよ……!」

「おお! なんと慈悲深い! で、ではなぜ結衣殿は泣いているのですか? どこかお怪我でも?」

「嬉し泣きよ……! 見て、これ!」


結衣は涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、スマホの画面をシルフィに突きつけた。

そこに表示されていたのは、動画共有サイトのクリエイター向けダッシュボード画面だった。

「……登録者数、八万五千人。昨日の夜の時点で、ついに審査が通ったのよ……!」

二郎系ラーメンの生配信は、ネット上で特大のバズを引き起こした。

『ジャージ姿の超絶美少女が、全く顔色を変えずに五キロの二郎系ラーメンのスープまで飲み干す動画』の切り抜きは、瞬く間にSNSで拡散され、様々なまとめサイトやインフルエンサーに取り上げられた。

「CGだ」「吐き出している」と騒いでいたアンチたちは、ノーカットの生配信という動かぬ証拠を前に完全に沈黙し、手のひらを返して熱狂的なファンへと姿を変えた。

その結果、『エルフちゃんねる』の登録者数は、たった一週間でゼロから八万人以上にまで膨れ上がっていたのだ。


「そしてね、シルフィ……! ついに、ついに広告収入の審査が通ったの! これを見て!」

結衣が震える指で画面をタップすると、『推定収益』の欄に数字が表示された。

「過去の動画の再生数にも広告がついて……すでに、私の会社の初任給よりも多い金額が、確約されてるのよ……!」

「しょ、初任給とはどれほどか存じ上げませんが……つまり、その魔法の板を通じて、莫大な『ゴールド』が手に入ったということですか!?」

「そういうこと! 私たちは勝ったの! 食費の恐怖に怯える日々は終わったのよ!!」

「おおおおおおおっ!!!」

シルフィは結衣と抱き合い、飛び跳ねて歓喜した。

ブラック企業の限界社畜ディレクターと、異世界からやってきた燃費最悪のはらぺこエルフ。どん底だった二人の人生が、見事にひっくり返った瞬間であった。


「……というわけで、シルフィ。今日は約束通り、お祝いよ」

結衣は涙を拭い、ビシッとシルフィを指差した。

「あんたがずっと夢見ていた、あの言葉を教えてあげる。着替えて出発よ!」

「ずっと夢見ていた言葉……! まさか!」

「そう、今日は『特上焼肉食べ放題』に行くわよ!!」

「やきにくたべほうだい!! なんという神々しい響き!! ああ、精霊よ感謝します!!」


* * *

二人がやってきたのは、隣駅にある少し高級な焼肉チェーン店『焼肉大将軍・プレミアム亭』であった。

一人あたりの料金が五千円を超える、いわゆる『ワンランク上の食べ放題』である。以前の結衣の財力では絶対に手が出せなかったが、今の彼女には未来の広告収入という強大な後ろ盾がある。

「いらっしゃいませ。二名様ですね。本日はどのコースになさいますか?」

「一番高い『極上和牛・全品食べ放題コース』で。時間は百二十分ですよね?」

「はい、かしこまりました。お席へご案内いたします」

黒服の店員に案内され、半個室のテーブル席に座る二人。

シルフィの目は、すでにテーブルの中央に鎮座する『ロースター(焼き網)』に釘付けになっていた。


「ゆ、結衣殿! テーブルの真ん中に、鉄の網と火の魔法陣が仕掛けられています! これは一体!?」

「あれが焼肉の要よ。お肉は生のまま運ばれてくるから、自分の好きな焼き加減で、目の前の網で焼いて食べるの。セルフ調理システムね」

「なんと……! 客自らが火の番をし、肉の命を昇華させる儀式を行うと!? なんて画期的で、恐ろしいシステムなのでしょうか! これなら、厨房の調理時間を待つことなく、無限に肉を食らうことができます!」

シルフィは天才的なひらめきを得たように目を輝かせた。

「そしてシルフィ。この『食べ放題』っていうのはね、今から二時間の間、このメニューにあるお肉やご飯、デザートまで、どれだけ頼んでも、どれだけ食べても、料金が一切変わらないっていう、現代の神のシステムよ」

「ど、どれだけ食べても……!?」

シルフィの碧眼が見開かれた。

「結衣殿、それは本当ですか? 店の在庫を食い尽くしても、怒られないのですか!?」

「まあ、常識の範囲内ならね。でも、あんたの胃袋なら常識なんてぶっ壊せるでしょ?」

「はいっ!! 私のエルフの誇りと胃袋にかけて、この店の肉という肉を、全て私の血肉マナに変えてみせます!!」


結衣はテーブルの端にひっそりとスマホを設置し、録画ボタンを押した。生配信ではなく、通常の動画用の撮影だ。今回は大食いチャレンジのようなプレッシャーもなく、ただ純粋にお祝いの食事を楽しむ姿を撮るつもりだった。

「じゃあ、注文は私がこの『タッチパネル』でやるから。まずは何がいい?」

「全てです! 上から順番に、全てを十人前ずつお願いします!」

「いきなり!? まあいいわ、今日は無礼講よ!」

結衣の指が、タッチパネルの画面を軽快にタップしていく。

『特上厚切り牛タン塩×10』『極上霜降りカルビ×10』『壺漬けハラミ×10』、そして『特大マンガ盛りライス×3』。


数分後。

ワゴンに乗せられた大量の肉皿が、次々とテーブルに運ばれてきた。

「お、お待ちどうさまです……」

大量の肉の山をテーブルに並べながら、店員が少し引いたような表情を見せるが、シルフィの目には肉しか映っていなかった。

「おおおおおっ……!! なんという美しいサシ(脂)! 赤い肉の大地に、まるで冬の初雪が降ったかのような、完璧な霜降り具合です!」

シルフィは割り箸を手に取り、まずは厚切りの牛タンを網の上に乗せた。

『ジュワァァァァァァァァァァッ!!』

高温に熱された網の上で、牛タンの表面が一瞬にして焼き固められ、香ばしい匂いと煙が立ち上る。

「ゆ、結衣殿! 煙が、煙が上の筒(排煙ダクト)に吸い込まれていきます! 煙を喰らう魔法の箱ですか!」

「いいからお肉に集中しなさい! 焦げちゃうわよ!」

「はっ!」

シルフィは絶妙なタイミングで牛タンを裏返し、表面はカリッと、中はほんのりピンク色のレア状態で見事に焼き上げた。

それにレモン汁を少しだけつけ、パクリと口に放り込む。


「っっっ!!!」

咀嚼した瞬間、シルフィの全身に雷が落ちたように震えが走った。

「サクッという歯ごたえの直後、中から溢れ出す濃厚な肉汁! レモンの酸味が牛タン特有の旨味を極限まで引き出し、いつまでも噛んでいたくなるような至福の弾力……! これが、これが『やきにく』の先制攻撃ですか!」

「まだまだ序の口よ。次は王道、極上霜降りカルビいきなさい!」

結衣の指示に従い、シルフィはサシのたっぷり入ったカルビを網に乗せる。

牛タンとは比較にならないほどの大量の脂が網の下に滴り落ち、炎がボワッと燃え上がった。

「炎が! 炎の精霊が肉を祝福しています!」

「ただの脂の引火よ! 早くひっくり返して!」


サッと両面を炙る程度に焼いた極上カルビ。それを、甘辛い醤油ベースの『特製焼肉のタレ』にたっぷりとダイブさせる。

黄金色のタレを纏い、キラキラと輝くカルビの肉片。

シルフィはそれを、真っ白でホカホカの『特大マンガ盛りライス』の上で、ワンバウンドさせた。

白米に、肉の脂と甘辛いタレの染みが広がる。

そして、肉と、タレの染みた白米を一緒に、大きな口を開けて喰らいついた。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

もはや、言葉にならなかった。

シルフィは目を閉じ、頬に手を当て、ただひたすらに押し寄せる圧倒的な快楽(旨味)の波に身を委ねていた。

和牛特有の、融点の低い極上の脂が、口の中に入った瞬間に体温でトロリと溶け出す。そこに、醤油とニンニク、フルーツの甘味が溶け込んだタレが強烈なパンチを与え、それらの『味の暴力』を、炊きたての白米という真っ白なキャンバスが優しく、完璧に受け止めるのだ。

「……結衣殿」

シルフィが、とろけるような笑顔で目を開けた。

「私、今なら魔王と素手で戦って勝てる気がします。この『カルビと白米』という組み合わせは、世界を平和にする奇跡の魔法です!」

「大袈裟だけど、その気持ちはわかるわ。焼肉と白米の相性は、人類の至宝だからね」

「はい! この素晴らしい儀式、永遠に続けていられます!」


そこからのシルフィは、まさに『歩くブラックホール』の異名に違わぬ猛烈な捕食劇を開始した。

左手には常に特大のどんぶり飯を持ち、右手は流れるような箸さばきで、生肉を網に乗せ、焼き、タレにつけ、ご飯と共に胃袋に流し込む。

その動きには一切の無駄がなく、まるで熟練の職人が工芸品を作るかのような、滑らかで美しい反復運動だった。

「カルビ、ハラミ、ロース! この『ハラミ』という部位、赤身の強烈な肉の味がタレと絡み合い、ご飯の消費速度を加速させます! 次! この『ホルモン』なる謎の部位もお願いします!」

「ホルモンはよく焼いてね! あ、ちょっと、私食べる暇ないんだけど!」

結衣はタッチパネルでの追加注文と、シルフィの網の上の肉の管理(焦げないように見張る係)に追われ、自分の肉を食べる暇すらなかった。

「すみません結衣殿! ですが、私の体内のマナ・クラフター(魔力変換器官)が、さらなる生贄(お肉)を要求して叫んでいるのです!」

『ギュルルルルルルルルルルルルッ!!』

すでに三十人前以上の肉と、マンガ盛りライス五杯を平らげているにも関わらず、シルフィの平らなお腹からは、底なしの飢餓を訴える轟音が鳴り響いていた。

摂取した数万キロカロリーは、全て一瞬にしてエルフの魔力へと変換され、彼女の圧倒的な美貌と、さらなる食欲を維持するためのエネルギーとして消費されていく。


『ピンポーン!』

『ピンポーン!』

『ピンポーン!』

結衣の指が、限界を超えた速度でタッチパネルを連打する。

「すみませーん! 追加で、特上カルビ二十人前! あと、壺漬けハラミ十五人前と、サンチュ十人前! ご飯の特大をまた三つお願いします!」

「は、はいぃぃっ! ただいまお持ちします!」

大量の空き皿を回収にきたアルバイトの店員が、引きつった笑顔でバックヤードへと走っていく。


開始から一時間が経過した頃。

シルフィのテーブルの上には、もはや数えるのも嫌になるほどの、空になった肉の皿が山のように積み上げられていた。

彼女の食べるスピードは、開始直後から一切落ちていない。

むしろ、様々な部位の肉の味を知り、タレ、塩、レモン、さらにはサンチュで巻いてコチュジャンをつけるなど、味変あじへんのテクニックを覚えたことで、その食欲はさらに加速していた。

「はぁ〜っ、美味しいです! この『たまごすーぷ』で口の中の脂を洗い流すと、またゼロからカルビを美味しく食べられますね! まさに永久機関!」

ニコニコと至福の笑顔で、特大の石焼ビビンバを混ぜながらカルビを頬張るシルフィ。


一方。

その頃、店の厨房バックヤードでは、ちょっとしたパニックが起きていた。

「おい、五番テーブル! また特上カルビ二十人前のオーダー入ったぞ!」

「嘘でしょ店長!? さっきハラミ三十人前出したばっかりですよ!?」

「知るか! タッチパネルの履歴見てみろ、あそこのテーブルだけで、すでに肉百人前超えてるんだぞ! 団体客じゃないのか!?」

「それが……女の子二人組なんです。しかも、片方の子は注文係みたいになってて、実質、あの金髪の細い女の子が一人で全部食べてるみたいで……」

「はあ!? なんだそのバケモンは!? このままじゃ、明日の週末用の特上肉のストックが全部食い尽くされちまうぞ……!!」


厨房の混乱など露知らず、シルフィは網の上でジュージューと音を立てる肉の脂の香りに包まれながら、恍惚の表情でタッチパネルを見つめていた。

「結衣殿! 次は、この『すき焼き風・極上サーロイン』という、卵の黄身につけて食べる魔法の肉をお願いします!」

「はいはい、わかったわよ。……あ、あれ? タッチパネルの画面が……」

結衣が注文ボタンを押そうとした瞬間。

画面に表示された文字を見て、二人の動きがピタリと止まった。


『申し訳ございません。こちらの商品は、本日売り切れとなりました』


シルフィの初めての焼肉食べ放題は、店の『在庫』という物理的な壁に直面しようとしていた。

店長が青ざめる在庫危機の物語は、目前に迫っていたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。