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第22話:第1ステージの罠「激辛地獄カレー」〜エルフの舌に降り注ぐ現代の炎魔法〜

「さあ、全国から集いし胃袋の猛者たちよ! 過酷なる新人王決定戦、予選第1ステージの種目は……!! 『特製・超激辛スパイスカレー』だぁぁぁぁっ!!」


熱血実況MCである陣内拓海の野太い絶叫が、巨大な『関東メガ・エキシビションホール』のメインステージに響き渡った。

ド派手な火柱の特効パイロがステージの袖から吹き上がり、観客席を埋め尽くした数千人のオーディエンスから「うおおおおっ!」という地鳴りのような歓声が沸き起こる。


ステージの上には、横一列にズラリと並べられた五十人分の長テーブル。

そのテーブルの前に立つのは、先ほどの殺伐とした控室で火花を散らしていた、全国の予選を勝ち抜いてきた女性フードファイターたちだ。

そして、彼女たちの目の前に、屈強な男のスタッフたちが両手で抱えるようにして、次々と『それ』を配膳していく。


「ああっ……! 目が、目がぁっ!?」

「空気が痛い! なによこれ、ただの激辛じゃないわよ!」

配膳された瞬間、猛者たちの中から悲鳴に近い声が上がった。

テーブルに置かれたのは、直径三十センチはあろうかという深皿にたっぷりと盛られたカレーライス。

しかし、そのルーの色は、一般的な茶色や黄色ではない。

ドス黒い赤。まるで地獄の底で煮えたぎるマグマのように、不気味な照りを放つ赤黒い液体であった。湯気と共に立ち上る匂いは、もはや「良い香り」という次元を超越している。鼻腔の粘膜を容赦なく突き刺し、目を開けているだけで涙が滲んでくるような、暴力的なカプサイシン(辛味成分)の揮発ガスがステージ上を覆い尽くしていた。


「皆様、むせるのも無理はありません!」

陣内が、自身も防護用のゴーグルを装着しながらマイクを握りしめた。

「この予選第1ステージのために、当連盟が特別に開発したこのカレー! 名付けて『デス・マグマ・カリー』! ハバネロ、ブート・ジョロキア、そして世界最強クラスの辛さを誇るキャロライナ・リーパーの粉末を、これでもかと限界まで濃縮・ブレンドしております! もはや料理というよりは兵器! 防犯スプレーをそのまま煮込んだような凶悪な一皿です!」


陣内の物騒すぎる解説に、会場からはどよめきと悲鳴が入り混じった声が上がる。

ステージの袖、関係者席で事の成り行きを見守っていた篠原結衣は、顔面を真っ青にして頭を抱えていた。

(最悪だ……! 大食いにおいて、一番厄介な『激辛』のトラップが、初戦から来るなんて……!)

結衣はギリッと奥歯を噛み締めた。

大食い競技において、「量」や「熱さ」は気合と胃袋の拡張でなんとかなる部分がある。しかし「激辛」だけは別だ。辛味というのは味覚ではなく『痛覚』である。どれだけ胃袋が大きくても、口の中や食道、そして胃壁が強烈な痛みに耐えきれず、身体が防衛本能から嚥下(飲み込むこと)を拒絶してしまうのだ。

激辛に耐性がない者は、一口食べただけでスプーンが止まり、最悪の場合は胃痙攣を起こしてリタイアとなる。


(シルフィ……あんた、大丈夫なの!?)

結衣は祈るような気持ちで、ステージの中央付近に立つ相棒の姿を見た。

あずき色のジャージではなく、今日のために新調したファンタジー風の緑色のワンピースに身を包んだ美少女エルフ・シルフィリア。

彼女は、目の前に置かれた『デス・マグマ・カリー』から立ち上る刺激臭を顔の真正面から浴びていた。


「うおっ、ゴホッ……! な、なんですかこの空気を切り裂くような匂いは!」

シルフィは片手で口元を覆い、パチパチと瞬きを繰り返した。

「私の故郷の森に生えていた、火吹鳥ひふきどりのフンより強烈です! いえ、魔王軍が使う毒霧の魔法陣にも似た気配を感じます! 結衣殿が『最高級食材の食べ放題』と言っていたのに、まさか現代日本の最高級食材とは、このような危険なオーラを放つものだったとは……!」

シルフィは少しだけ怯んだように身をすくませた。

エルフの森には、自然の恵みである果実や木の実、清流の魚はあっても、このように人為的に「痛み」を抽出・濃縮したような食べ物は存在しない。彼女の純粋な嗅覚は、目の前の物体を明確に『危険物』として認識していた。


しかし。

『――ギュルルルルルルルルルルルルルルルッッッ!!』

危険信号を発する脳とは裏腹に、シルフィの平らなお腹からは、会場のスピーカーの音を掻き消さんばかりの猛烈な腹の虫の音が鳴り響いた。

「っっ!? し、しかし……匂いの奥底から、微かにではありますが、よく煮込まれた豚肉の旨味と、タマネギの甘露な香りが私を誘惑してきます! そうですよね、これは食べ物なのです! ご飯の山に、ルーという名のソースがかけられた、れっきとした食事!」

シルフィの碧眼に、再び『食への執着』という名の燃え盛る炎が灯った。

危険な匂いがしようとも、そこにカロリーがある限り、彼女の胃袋マナ・クラフターは決して引き下がることはないのだ。


「ルールを説明します!」

陣内の声が、会場の緊張感を一気に高める。

「制限時間は三十分! このデス・マグマ・カリーを、時間内に最も多く空にした『上位十名』のみが、次のステージへと駒を進めることができます! 一杯食べ終えるごとに、スタッフがすぐに新しい皿をお持ちします! 五十名中、生き残れるのはわずか十名という狭き門! 辛さに耐え、己の限界を超えろ!!」

カウントダウンのデジタル時計が、巨大モニターに表示される。

「スリー! ツー! ワン!! 予選第1ステージ……スタートォォォッ!!」


ゴングの音が鳴り響いた瞬間。

五十人のフードファイターたちが、一斉にスプーンを握りしめ、赤いマグマの山へと食らいついた。

「痛っ……! 辛っ! でも負けないわよ!」

控室でシルフィに絡んできた『ドカ食いキャバ嬢』のアゲハも、顔を歪めながら猛烈な勢いでカレーを口に運んでいる。彼女の目にはすでに涙が浮かび、鼻水が垂れそうになっているが、それでも咀嚼を止めない。彼女たちプロのファイターは、激辛の痛みを知った上で、気合と根性でそれをねじ伏せる訓練を積んできているのだ。痛みが脳に伝達される前に、次の一口を胃に流し込むという捨て身の戦法である。


「さあ! 各選手、一斉にスタートしました! 激辛の痛みに顔を歪めながらも、意地とプライドがスプーンを動かさせます!」

陣内が叫ぶ中、シルフィリアもまた、大きなスプーンを手に取った。

「それでは、森の精霊に感謝して……いただきます!」

シルフィは、真っ赤なルーと白いご飯をたっぷりとスプーンに乗せ、躊躇うことなく、その大きな一口をパクリと口の中に放り込んだ。


モグ、モグモグ……。

シルフィはしっかりと歯を立て、カレーを咀嚼した。

その瞬間、彼女の顔にパァッと明るい笑顔が広がった。

「おおおおっ!! 美味しいです! 鼻を突く匂いとは裏腹に、口に入れた瞬間に広がるのは、溶けるまで煮込まれたお野菜の甘みと、お肉の深いコク! それに、様々な種類の香草スパイスが複雑に絡み合い、味のオーケストラを奏でて……」


シルフィが、見事な食レポを叫ぼうとした、まさにその時だった。

――ズドンッ!!

シルフィの口の中で、遅れてやってきた『絶望』が爆発した。


「…………っっっっ!?」

シルフィの動きが、彫像のようにピタリと停止した。

持っていたスプーンが、カランッ……と音を立ててテーブルに落ちる。

彼女の透き通るような白い肌が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まり、頭頂部から滝のような汗が吹き出した。

ピンと尖ったエルフの長い耳が、危険を知らせるレーダーのようにブルブルと激しく痙攣している。


「し、シルフィ!?」

袖から見ていた結衣が、思わず身を乗り出して叫んだ。

カメラが、シルフィの顔のアップを巨大モニターに映し出す。

その宝石のような碧眼からは、ポロポロと、大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちていた。


「か……から……」

シルフィは、震える両手で自分の喉をかきむしるような仕草を見せた。

「口の中が……っ! 口の中が、燃えています!! 炎の精霊が、私の舌の上で狂喜乱舞して、暴れ回っているのです! い、痛い! 痛いです結衣殿ぉぉぉっ!! これが、現代の炎魔法ですかぁぁっ!?」

シルフィは涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら、悲痛な叫び声を上げた。


(ああっ……やっぱり!!)

結衣は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

激辛は『味覚』ではなく『痛覚』だ。

そして、エルフであるシルフィリアの舌は、自然界の優しくマイルドな味付けにのみ特化して進化してきた、極めて無垢で繊細な器官である。

現代の人間たちが、品種改良を重ねて作り上げた「カプサイシン」という名の兵器。それを防衛本能を持たないエルフの舌に直接ぶち込むなど、生まれたての赤ん坊の口に火のついた炭を放り込むようなものだ。

シルフィの未発達な『辛味センサー』は、キャロライナ・リーパーの破壊力に完全にキャパシティを超え、脳に対して「今すぐ食事を中止しろ」という強烈なストップ信号を送り続けていた。


「おおっとぉ!? ここで大本命のダークホース、エルフちゃんねるのシルフィリアの動きが完全にストップしたぁぁっ!!」

実況の陣内が、シルフィの異変をすかさず拾い上げる。

「一口目を食べた直後から、大粒の涙を流してフリーズ! これは激辛の罠に完全にハマってしまったか!? 彼女の圧倒的な胃袋の容量も、この痛覚の壁の前には宝の持ち腐れとなってしまうのかぁぁっ!」


「はぁっ、はぁっ……! 痛い……舌が、ちぎれそうです……!」

シルフィは涙目でハァハァと荒い息を吐きながら、必死に口の中の熱を逃がそうとするが、激辛の痛みはそう簡単に引いてはくれない。

その間に、周囲のライバルたちは、顔を歪めながらも着実に皿を空にしていっていた。

「よしっ、一杯目完食! お代わり!」

アゲハが、真っ赤に充血した目で空の皿を叩きつける。

「次! 次持ってきて!」

メガネの女子大生も、鼻水をすすりながら二杯目に突入している。

彼女たちは、胃袋の容量ではシルフィに遠く及ばない。しかし、『痛みに耐える精神力』と『大食い競技者としての経験』において、シルフィを遥かに上回っていた。


『アゲハ選手、早くも二杯目に突入! 他の選手たちも次々と一杯目をクリアしていく!』

モニターに映し出されるランキングで、シルフィの名前はあっという間に最下位の『五十位』へと転落した。


「ダメだ……! これじゃ予選落ちしちゃう!」

結衣は居ても立っても居られず、セットの裏側から身を乗り出し、大声で叫んだ。

「シルフィ! 無理して噛まなくていいから、そのまま飲み込みなさい! 胃袋に落としちゃえば、あんたの魔力変換で一瞬でエネルギーに変わるはずでしょ!?」

結衣の悲痛なアドバイスが、シルフィの尖った耳に届く。

「の、飲み込む……! なるほど、舌の上に留めておくから痛いのです! 一気に胃袋という名のブラックホールに転送してしまえば……!」

シルフィは涙を拭い、気合を入れ直して再びスプーンを握った。

真っ赤なカレーを掬い上げ、口に放り込む。

そして、噛まずにそのままゴクリと飲み込もうとした――。


「んぐっ…………ゲホッ! ゴホォォォッ!!」

しかし、激辛のスパイスはそう甘くはなかった。

飲み込もうとした瞬間、強烈なスパイスの粉末が喉の粘膜に張り付き、強烈な咳き込みを引き起こしたのだ。

「ケホッ、ゴホッ! だ、ダメです結衣殿……! 喉が……食道が焼かれるように痛くて、嚥下えんげの魔法が発動しません……!」

シルフィは首を振り、再びスプーンを置いてしまった。

胃袋には無限のスペースがあり、体内のマナ・クラフターは「もっとカロリーを寄越せ」と激しく要求しているのに。

入り口である口と喉が、激辛の痛みに耐えきれず、完全に搬入ゲートを封鎖してしまっている状態なのだ。


「残り時間、二十分を切ったぁぁっ!!」

陣内の実況が、無情にも時間を刻んでいく。

「現在トップはアゲハ選手の三杯! 上位陣は順調にペースを上げていく! だが、シルフィリア選手はまだ一杯目の半分も食べ進められていない! このままでは、伝説の美少女エルフも、公式戦の洗礼を受けて初戦敗退という無惨な結果に終わってしまうのかぁぁっ!」


会場の観客席からも、「エルフちゃん頑張れ!」「無理しないで!」という悲鳴のような声援が飛び交い始めていた。

シルフィの顔は、あまりの辛さと発汗によってボロボロになっていた。

呼吸は荒く、涙と汗でせっかくの美しい衣装も乱れ始めている。

(どうすれば……どうすればいいのですか……)

シルフィは、朦朧とする意識の中で、目の前にある赤いマグマの山を見つめた。

(美味しいのです。味は、本当に素晴らしいのです。でも、痛い。痛くて、飲み込めない……。このままでは、結衣殿との約束が……お肉の食べ放題への道が、絶たれてしまいます……)


絶体絶命のピンチ。

だが、その時。

朦朧とするシルフィの視界の端に、ある『白い液体』が映り込んだ。

それは、各選手のテーブルの脇に、口直しのための「水」と共に、ルール上あらかじめ用意されて置かれていた、コップ一杯の飲み物だった。


「……あれは?」

シルフィの震える手が、そのコップへと伸びる。

激辛地獄の中で、エルフの直感が、生き残るための『一筋のオアシス』を捉えようとしていた。

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― 新着の感想 ―
おはようございます。 シルフィリアさん、まさかの弱点発覚ですね。さてこの窮地、どう乗り切るのか?
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