第十八話・わたくしは選ばれたの、リュカオンに
「フフッ、心底驚いているようですわね。まあ無理もないわ。クッ、クフッ、ウフフフフフッ……!」
勝ち誇るように黄金の人狼女性が、あのステラ・セアマリーナ伯爵令嬢が三段笑いを見事に決めました。
「驚かないほうがどうかしてますわ。一体どうやって舞い戻ってきましたの?」
「わからないの? そう……つまり、貴女は自分のギフトについて全て把握してるわけでもないみたいね。だからこうした抜け道が生まれたのでしょうね」
ステラ様が獣と化した自分の顔を指差しました。
私の万象反射に思わぬ落とし穴があったと、そうおっしゃるのでしょうか。信じられませんが、事実、ステラ様は金の狼となって私の目の前にいます。
……それはまさか……
「ピンときたようね」
「……一つ思い浮かびましたが、だとするなら、思いきったことをなさいましたね」
「全ては貴女への復讐よ」
恨みに煮えたぎる声でステラ様は言いました。かつての彼女からは想像もつかないその怨嗟の声に、思わず周囲の方々が息を呑みました。
スタンは平然としていましたが。
「貴女にこの国から弾き出され、わたくしは地獄を味わいましたわ。右も左もわからない異郷の地をさまよい、日々の食べる物にも事欠く有り様で、何もかもを呪いながら生き延びたの。憎っくき貴女の事、無能なクレス王子の事、いつになっても助けに来ない薄情な家族のこと……恨みと怒りはどこまでも募る一方だった。絶望を焼き尽くすほどにね」
それは自業自得です。
お馬鹿なお嬢様が下らない横恋慕に燃え上がった末路に過ぎません。同情する気にもなりませんわ。まあ本人も同情してもらえるなどと一ミリも思ってないみたいですしね。
「御愁傷様ですわ」
それでも一応は形だけでもお気持ち表明しておきましょうか。皮肉にしかなってませんし実際皮肉ですけど。
「お心遣い感謝しますわ」
あらあら、感謝してらっしゃる方の放つ気配ではありませんわよ? いけませんわねえ。
ですが、私も嘲るようにうわべだけの慰めをかけたのでここは五分五分ですね。一進一退の嫌みです。
「……ところがね。捨てる神あれば拾う神ありというやつかしら、私にもまだ悪運があったのよ」
上流階級の女性らしい、やんわりとした毒の吐き合いを切り上げ、ステラ様が話を戻しました。
「と言うと?」
聞いたのは意外にもセトンネスさんでした。好奇心からか探求心からか我慢できなくなったようです。ついレッドラインを踏み越えて、猫を殺す……とならなければいいですけど。
「かつてこの大陸を荒らし回り、八人の英雄たちに滅ぼされた凶悪な魔獣──天の秩序を食らいし黄金呪狼リュカオン。その宿主にわたくしが選ばれたのですわ」
「……ンなもんの宿主になるとか、イカれてやがるぜこの女」
ガーハルーザさんが吐き捨てるように言いました。
「なるほど読めましたよ。その結果、貴女はその人狼めいた容貌となり、顔が変わったと。それゆえリフレクシア嬢の貴女への反射条件であった『顔も見たくない』が無効になったわけですね。確かに、うまい抜け道を思いついたものです」
一気にセトンネスさんがまくし立てました。自分の興味のあることだと早口になるタイプなのでしょう。内向的な方によくいるらしいです。
「正直、どうなるかは私にもわかりませんでしたわ。そもそもリュカオンに乗っ取られる可能性もありましたの。わたくしにコンタクトしてきた連中も、それが狙いだったのでしょうしね」
「連中だと……?」
今度は髭をたくわえたおじ様が渋いボイスで話に入ってきました。何かが引っ掛かったのでしょうか。
ちなみに、一人だけ会話に混ざろうとしない、たっぷり肉のついた殿方は、この緊迫した状況にも関わらず黙々とムシャムシャとゴクゴクと飲食を続けています。あ、ケーキを食べ始めたあたり、そろそろ終わりそうですわね。
と思ったら口直しだったみたいです。ケーキを片付けたら骨付き肉にかぶりつきました。
……それにしても変ですね。「軽いものしか用意できない」とは女性係員の弁でしたが、だとするとあの方はどこからあの食事を……?
「まさかとは思うが、その連中とやらは『救済の使徒』のことか?」
また聞き覚えのない言葉が出てきました。
肥満男性も気になりますが今はこちらのやり取りに集中しましょうか。
「あら、よくご存知ね。もしかして並々ならぬご関係ですの?」
「…………場合によっては、おたくの首根っこを掴んで、洗いざらい吐かせることになるかもな」
「……ッ。今度はこっちかよ……!」
ステラ様の次は髭おじが猛烈な敵意を放ち、ガルラくんが一歩引いて顔をしかめました。
「困りましたわね。実のところ、わたくしはほとんど彼らについて知りませんの。だから首を絞められようと逆さ吊りにされようと、答えようがないのですわ」
ふざけた返しに思えますが、どうも嘘はついていないようです。
「それに皆殺しにしちゃいましたもの」
その発言に、寒風が吹き込んだかのように控え室の空気が冷え込みました。
「つまり、貴女はその、えぇと……」
「救済の使徒よ」
妹の的確な助言が私を窮地から救い出しました。乱射しかできないと思いましたが精密な射撃もこなせるんですのね。見直しましたわ。
「ついさっき聞いたのをもう忘れるのか。犬でもまだ覚えがいいぞ」
スタン、貴方は許しませんからね。
「救済の使徒はリュカオンの宿主に貴女を選び、そして貴女は自我を保ったまま、用済みとなったその方々を始末したと。解釈はそれでよろしいかしら?」
「よろしくてよ」
そこまでして私に復讐がしたかったとは……令嬢の執念、恐るべきですね。
「開き直ると運が転がり込むものですわね。四年に一度の武祭が開かれ、そこに、因縁の相手である貴女が出場する。公衆の面前でズタズタに貴女を引き裂ける機会を天が与えてくれたのですわ」
「出ませんわよ」
「…………今、なんと、おっしゃいましたの?」
「ですから私は武祭に出場しませんの。出るのは、こちらの頼れる護衛ですわ」
わざとらしく私はスタンの腕に自分の腕を絡めました。
「おーおー、やるねえ。」
ガーハルーザさんは私の行動に驚いています。
それは「見た目の割にイチャつくんだな」という意味ではなく「復讐の鬼に対してよくそんな見せつけして煽れるな」という意味です。
普段の私ならそんな真似はしませんが、今なら別です。
恐らく彼女は私を武祭で仕留めることができないなら、本戦そっちのけでこの場で八つ裂きにしようとするに違いありません。
「そうですの。ならお祭り騒ぎなどどうでもいいですわ。今ここでその命を奪って差し上げましょう。その無愛想な護衛ともどもねえ」
ステラ様が敵意をより一層濃く漂わせながら、威嚇するように、鋭い牙の生え揃った大口を開きました。今からお前たちの命を噛み砕いてやるという意思表示でしょうね。
「そりゃ困るな。金ピカ狼の姉さん。悪いがあたしが先客なんだよ。横入りはいただけないねえ」
「彼女の言う通りよ。この乱射美少女トリガーハッピーちゃんの目が赤いうちは、そんな不法行為は見過ごせないわね」
「そう。うるさい羊たちですわね。まあいいわ、だったらまとめて片付けるまでのことですもの……」
「そんなことをしてよろしいの? いくらなんでも、そこまでやればご実家にも多大な迷惑がかかると思いますけど?」
「どうでもいい事ですわ。今のわたくしにとって最も欲しいものは、貴女の首ですもの」
「……こういうのを、巷では『ヤンデレ』と呼ぶのでしたか?」
「ぜんぜん違うわ姉様……いえリフレクシア様」
まだそのキャラで通すんですね。
──長旅の果てに再会したステラ様。
肝を嘗めすぎた挙げ句に魔物と化した彼女と我々八人が、まさに伝説のリュカオン退治のごとく対峙したのでした。なんか洒落になりましたが偶然です。




