第十三話・お邪魔されましたわ
蛮族少年が慌てながら立ち去る姿を見送った後、私は再び二人の先導役を務めることにしました。
「面白いものが見れたね」
「ですわね。でも王都においてはこんな騒動が日常だったりするのよ?」
「ほえー」
歩きながら先程の一件について話していると、ラファの目がオモチャを与えられた子供のようにキラキラ輝いてきました。
……ここに移住したいとか言いませんわよね? 貴女、変な気を起こしてはいけませんわよ?
芽生えたほのかな不安はこの際横に置くとして……面白いものとは、言うまでもなく暴れ馬をただ立っているだけで撃退した浅黒い肌の赤毛少年の事です。
「あの突進を真正面から受けてびくともしなかったわね。実力もそうだけど、肝の座り方もなかなかのものよ」
「修羅場の一つや二つ、くぐっていそうですわよね」
「防御面は問題なさげだったな。速さや技術は未知数だが……」
その強さや豪胆さを楽しく見ていただけの私や妹と違い、スタンは彼の戦士としての力量を値踏みするように観戦していたようですね。目の前のいる相手の力を正しく判断しないと死に繋がりかねない家業ですから、癖どころか反射的にやるようになっているのかもしれません。負けの許される家業ではないからこその真摯な見極めです。
「もしかして、一戦交えたかったの?」
スタンはいつもの憮然とした顔の前で、手を左右に振って否定しました。
「やらないよ。降りかかる火の粉は払うけど、自ら火中に飛び込むつもりなんか毛頭ない」
「私と逆ですわね」
「あんたの場合は、言葉の意味そのまんまの話だろ。俺が言ってるのは例え話であって実際にやるやらないの話じゃねえんだよ」
「そんなことしたの、姉様?」
「何の事かしらね」
とぼける事にしましたが、疑いが晴れることはありませんでした。
まさかここから盗賊団壊滅の件と結び付けて考えるとは思えませんし、ほっといても問題ないでしょう。ラファはそこまで頭が回る子ではないですしね。
「それに……どの道、巡り合わせ次第で戦うことになるだろうさ。あの頑強な男も『武祭』の出場者と見て間違いないはずだからな」
「ですわね。今この王都では、腕に覚えのある方は一様にそのためにいるのでしょうから」
「それだけじゃないようだ」
「と言うと?」
「つけられている。数分くらい前からこちらの様子を伺っている奴が、人混みにまぎれてるぞ」
「誰が狙いなのかな。ま、本命は姉様でしょうけど……どうするの? 捕らえて誰の差し金か吐かせるわけ?」
「そうですわね……。その監視が危険な雰囲気を放ち始めたらスタンの好きにしていいわ。それまではほっといて様子見しましょう」
「了解」
「三名ですけどよろしくて?」
そうしてお喋りしながら足を動かしていると、たまたま何度か入ったことのある喫茶店があったので、一休みも兼ねて喉を潤すことにしました。
「こ、これはリフレクシア様。再びのご来店、ありがとうございます」
ウェイトレスの女性は私の事をまだ覚えていたようですね。再開した驚きで多少声が上擦っていました。
ただ、恐怖も幾分混じってる感じが腑に落ちませんけどね。怯えさせることをした覚えはないのですが。機嫌を損ねたらどこかに吹き飛ばされるとでも思ってるのかもしれません。
「ん、この味と香り……懐かしい美味しさですわ。やはり、王都は店からして違いますわね」
「ホントね。男爵領だとこの質を提供してる喫茶店はないわね。よくて中の中よ」
「よくわからんが、まあ、香りはいいな」
いつも頼んでいたレモンティーを三人で味わっていると、懐かしさが込み上げてきます。
それと同時にあの、婚約破棄の前フリみたいな不毛な日々が嫌でも思い出されてきたので頭から振り払いましょう。出てけ出てけ。
「まただよ……」
「姉様、ちょっとやめて」
「ハッ」
また過去を脳内から追い出すのに夢中になって頭を揺さぶっていたようです。お客さんが少ないのは不幸中の幸いでした。
「…………」
「今更優雅にお茶すすっても手遅れよ」
「この味、そして香り……懐かしい、変わらぬ美味しさですわね……」
「さっき聞いたぞそれ」
「二度目よ」
「細かいことは言いっこなしですわ」
「隣いいかい?」
二人からの追及を華麗に回避していると、聞き覚えの全く無い声が間に挟まってきました。
「どちら様?」
初対面の女性がテーブルそばの通路に立ってこちらを見ています。知らない顔ですが既視感があります。
燃えるような赤毛、そして浅黒い肌……つい先程見た男の子と同じ部族の方でしょうか。
衣服もあの男の子同様に毛皮重視です。身長は私より頭一つ高いですね。素肌を晒している手足やお腹はしなやかに引き締まっており、野獣めいた雰囲気があります。
「お邪魔すんぜ」
謎の蛮族女性はこちらの承諾も得ずにラファの隣に腰を下ろしました。強引な方ですね。
私達を見張っていた、あるいは見張らせていたのはこの方なのでしょうか?
「まだ自己紹介すら聞いておりませんけど……いったい、何用かしら?」
「まーまー、慌てなさんなって。ここでバチバチやり合うつもりはねーよ。今んとこはな。でもおたくらの態度次第ではこの先わからねーけどよ」
今のところということは、後でやるつもりなのでしょうか。つまりこの女性も武祭の……いや、それより、まずこちらを止めないと。
「スタン」
隣に座るスタンの手に自分の手をそっと重ね、制止します。
剣呑な気配を漂わせ出したので、動く前に抑えておきました。この店を戦場にするのはあまり気が進みませんから。
「はー、なんて殺気出しやがるんだか」
口調こそ軽いですがスタンを見る目は真剣でした。
「このくらいのご挨拶で手を出しかけるとは、怖いガキだねぇ。侯爵家の槍使いをあっさり退けたって話もあながち冗談じゃないらしいな」
「よくご存知ですわね」
「あんたの事も知ってるぜ? 『無敵の反対令嬢』だっけ?」
「反対ではなく反射ですわ」
「そーだっけ? ま、どっちでもいいさ。あたしの前では変わらず壊れるだけだ。……ちょっと店員の姉ちゃん、エールくれエール」
「貴女、自由すぎません?」
「「えっ?」」
『お前が言うか』という感じで、二対の視線が私を凝視してきました。
「お、お待たせしました」
「待ってました! ……んぐ、んぐ……………………っぱぁーーっ!」
鼻の下に白髭を生やして、美味しそうに樽グラスの中身を空にする蛮族女性。
掴み所の無い方ですね。言動がマイペースすぎてこちらの調子が狂いそうです。これを言うと護衛と妹からまた凝視されますので止めましょう。
「その一杯はおごりにしてあげますから、そろそろ本題に入ってくださらない?」
「そだな。だがその前に、姉ちゃんエールおかわり一丁!」
「……………………ふふっ」
空の樽グラスを掲げて二杯目を店員さんに要求する謎の蛮族女性の図太さに、なんだか笑いが込み上げてきました。
「……けどまあ、へべれけになる前に名乗りだけはしとくか」
このくらいで潰れるようには見えませんけど。
「あたしはガーハルーザ。誇り高く勇敢なアルガ族の一員にして、族長パンザの娘だ。恐れいったか?」
きっと驚くだろうと思ったのかもしれませんが、我々の反応は冷ややかなものでした。一言で言うなら「なにそれ、知らん」の心境です。
変な沈黙がテーブルを覆っていました。