第十四話・まず護衛を倒していただきますわ
急に現れた女性が急に馴れ馴れしく近づいてきておもむろに名乗りました。
「あたしの名は、ガーハルーザ。誇り高く勇敢なアルガ族の一員にして、族長パンザの娘、人呼んで微塵のガーハルーザだ。どーよ、恐れいったか」
……………………?
一気にまくし立てられましたが、どれも聞き覚えのない単語です。
私だけでなくスタンやラファの頭上にも疑問符が浮かび上がったのではないでしょうか。
「はぁ」
「はぁって、つれない反応だなオイ」
「そう言われましても、あまりよく知りませんもの。いくつかの大きな部族が王国の北にいるとは聞いた事がありますけど……知っているのはそのくらいですわ」
「右に同じ」
「わっかんなーい♪」
「そっか……まあ、そうかもな……」
自慢気に語っておきながら知名度の無さから気の抜けた対応をされたのが効いたのでしょう。ガーハルーザと名乗った北の部族の女性は、テーブルに横顔を乗せてダラリと両腕を下に垂らしました。意気消沈という様子です。
「なにこの人」
ラファが呆れていました。そりゃそうです。
勝手に馴れ馴れしくお近づきになって一方的にお喋りしたかと思えばマイナーな名前を連発して予想外の薄い反応に落ち込むとか何なんでしょうね。一人で穴を掘って一人で埋まっています。
「それで、その部族の姉ちゃんが何の用なんだ? まさかエール奢ってもらうために名乗ったわけでもないだろう?」
だとしたらいい度胸ですね。
「なわけあるか。宣戦布告だよ、宣戦布告」
気を取り直したのか、ガーハルーザさんは頭をバッと上げて、スタンに挑発的な返答をしました。
また物騒な言葉が出てきましたね。今までの馴れ馴れしさとは雲泥の差です。本当に意味わかって言ってるんでしょうか。
「王国と戦争でもするんですの?」
「いんや、やるのはあんたとさ」
「は?」
「こう見えても部族の中じゃ負け知らずでねえ」
急に自分語りが始まりました。
こう見えても何もそうとしか見えませんが。ひょっとしてアルガ族の中ではこんなのがお淑やかなタイプ……いやどうなんでしょうね。
「うちの部族の縄張り内にあるダンジョンも制覇しちまってさ。やることなくなって手持ち無沙汰な時に、王国での取り引き終えて戻ってきた奴らから、ある噂を聞いたんだよ」
まあ、だいたい見当はつきますね。
「第二王子と取り巻きを国の外に放り投げたとんでもない無敵令嬢がいるってな。……んで、どれだけ無敵なのか直に確かめてーな、となったわけさ」
「いい迷惑なんですが」
「そう言うなよ。こっちは期待で胸が弾んでたまらねえんだからさ」
まあ、弾み甲斐のありそうな大きさですね。少しうらやましい豊かさです。ほんの少しだけですけどね。ほんのほんの少しです。
「もぐもぐ……そへで、わたひたひを、ごくり……付け狙ったの?」
小腹が空いて注文したパンケーキをつつきながらラファが尋ねました。
「元々はおたくらの領地に行くつもりだったんだがよ、王都にお呼ばれしたって聞いたんでな。で、この都市のあちこちに網張って待ってたら──」
「引っ掛かった、という事ですのね」
「そういうこった……ごく、ごくっ…………ぷはっ」
二杯目を飲み干したガーハルーザさんが、歯を剥いて猛獣のような笑みを見せました。
「どこが送り込んできた監視なのかと考えを巡らせていましたが、これは予想外でしたわね。手の込んだことをするものですわ」
「へへ……それでだ、武祭っていったか? お呼ばれに応じたってことはそれに出るんだろ? おあつらえ向きの舞台じゃねーの。そこで一勝負やろうぜ」
「出ませんわよ」
「だよな、そう言うと思った……ん?」
「ですから私は出ませんの。出場要請を受けたのは、この子ですわ」
「いや、でも、それはいいがあんたも出たらいいだろ? 貴族が出たら駄目ってルールがあるのか?」
「興味ありませんわ」
私が跳ね返すのは、あくまでも害悪となるもののみですからね。
それを言ってしまうと「王族や伯爵家の者が害悪と言いたいのか!」等とうるさいことを喚きたてる方が湧いて出てくるので黙っておきますが。
「何でだよ、せっかくなんだから出りゃいいだろうが。でないと何のために待ち構えてたんだか……」
「なら代わりに私が出るわ」
「ラファ? 何言ってますの貴女? 武祭というのはそんな生易しいお祭り騒ぎじゃありませんのよ?」
「いやお祭り騒ぎだろ」
蛮族が何か言ってますが無視します。
「まあ本物の武器を用いてもいいらしいからな……だが、安全な措置はなされているんだろ?」
「それはそうですけど……」
スタンの言う通り、武祭では死人を出さないための特別な儀式魔法が武術台にかけられており、致命傷や即死級の攻撃を受けても気絶で済むとの説明が要請書に書かれてありました。だからこそ私も(多少お父様にゴネはしましたが)要請に乗ったのです。
安全性も確保されてない真剣勝負でスタンが屍の山を築いたら大変ですからね。
「あのねラファ、私がどういう立ち位置になっているか知ってるでしょう? 貴女まで大暴れして嫁の貰い手がなくなったら、お父様やお母様がいよいよ倒れますわよ?」
「それはまあ、そうね。男爵家の令嬢として出るってのは無理かー」
「わかったのでしたら諦めなさい」
「ぬうぅ」
「家族会議の途中で悪りぃがよ、ならどうなればあんたはあたしのアプローチを受けてくれるんだ?」
しつこい方ですわね。
いまだ食い下がるこの蛮族女性をどう説得したらいいのでしょうか。いっそ要求を飲んで出場するべきかもしれません。このまま付きまとわれるのも困りものです。
けど、その結果として「無敵の反射令嬢はどなたの挑戦でも受けますわよ」なんて思われたら面倒この上ありません。
「それなら、俺を倒せたらお嬢様への挑戦権を得ることができるってのはどうだ?」
「えっ、貴方いったい何を」
「へぇ……そんなことでいいのかい?」
「不可能だと思うがな」
「言ってくれるねぇ」
「ちょっと、二人とも私を置いてけぼりにしないでくださらない?」
「いいじゃんいいじゃん。それでオーケー出しなよ姉様。その方が楽でしょ。それに、スタンが負けると思う?」
「それは…………」
ラファの言うことにも一理あります。
スタンの提案は考えなしの雑アイデアかと思いましたが、そう悪くもありません。むしろ護衛として相応しい役目の気がしてきました。こんな形での盾役もあるのですね。
「ええ、そうですわね。貴女が正しいですわ。スタン、貴方の提案をそのまま採用することにします」
「だとさ」
「いいねぇ。強い奴は誰であろうと大歓迎さ。スタンって言ったかい? 無敵令嬢の前菜代わりに平らげてやるよ。武祭で会うのが楽しみだね」
椅子から立ち上がり、ガーハルーザさんは抑えきれなくなった闘志を滾らせながら店の外に出ていきました。
「スタン、あそこまで言ったからには、負けたら承知しませんからね。私の出番を作ったら減給ですわよ?」
「作らなかったら?」
「それが本来の役目でしょう?」
私がにこやかにそう言うと、スタンは「渋いお嬢様なことで」と、肩をすくめるのでした。




