表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
9/99

変化(1)

 二度の魔物との戦闘の後、野営地の雰囲気が少し変わった。

 まず、武器を取ろうとする仲間が増えた。ここに来てから、力なく座り込んでいた異民の仲間達は、自分の足で、立ち上がろうとしていた。武器を持つことに不向きな人は、ニキを中心に、傷の手当てや炊き出しなどを率先して手伝うようになった。


「ちょっと来い。」

 これから探索班と訓練班に分かれて移動しようとしていたところへ、宿営地に一人の兵士がやってきた。ぶっきらぼうで、何か文句があるような雰囲気だ。

「何か?」

 身構えながら聞いてみたが、

「いいから、何人か来い。」

と言われた。

 仕方がないので、四人ばかり後をついていくと、兵士は地面を見回したり、時折、手に持った長い棒で草を分けてみたりして、何かを探しているようだった。

 そして、ある場所で立ち止まると、私達に、

「見ろ。」

と言った。何を見ろと言われているのか、私には分からなかったけれど、一緒に来ていたニキはハッとした顔でしゃがみこんだ。

「もしかして、シュレン草?」

 兵士が頷く。

「そうだ。これは血止めになる。軍が持ち歩く薬には限度があるから、俺達にまで回らないことがある。これは割と手に入りやすいから、形を良く覚えておけ。」

 どうやら、文句を言いに来たのではなく、傷や痛みに効果のある薬草を教えに来てくれたようだ。ニキが熱心に草の見分け方や使い方を尋ねるのに、逐一答えていた。


 さらに、体の動かし方をアドバイスしたり、武器を作る手伝いをする兵士も出るようになった。私は最初に剣を借りてしまったが、全員にきちんとした武器を配れるわけではなく、そもそも重い槍や戦闘斧などは、私達には不向きだったのだ。

 ある班長などは、貴重な干し肉を分けてくれたりもした。


 魔物探索と野営地での訓練は交互に行われた。副長の訓練は相変わらず厳しく、何度も意識が飛びかけたが、初めの頃よりだいぶ動けるようにはなっていった。

 街道周辺の魔物討伐は順調に行われているようだったが、残念ながら帰ってこられない仲間もいた。

 それでも、もう逃げようとする人はいなかった。

 これは、私達が生きるための戦いだ。

 自分で、自分の命を、つかみ取るしかないのだから。




「副長!応援要請です!」

 伝令から報告を受けた近衛騎士が、緊張の面持ちで伝えに来た。

 私達も魔物の感覚に慣れてきて、どの程度の強さのものが、どの方向にいるのか、段々分かるようになってきていた。その場にいる人数では対処が困難と判断されれば、本隊に応援を要請する、ということも、なされるようになっていた。

 この時、伝令は、今までのものより強力な魔物を探知した、と伝えた。直ちに、他の探索班に、現地への合流が指示され、本隊も、後方支援の人間を残して、ほとんどの兵が投入されることになった。


 報告を寄越した班に合流する少し前から、大分嫌な感覚があったが、現地に到着してみた時には、感知できる者は誰しも、顔を(しか)めずにはいられなかった。

 これは、本当に近づきたくない。

 不快感どころか、警報が聞こえてくるような感覚だ。討伐の対象でなければ、絶対に近づこうとは思わない。

「あの、これの討伐って、必要ですか?」

 思わずアンヘラがそう聞いていたが、街道からの距離を考えると、必須だということだった。

 意を決して、歩を進める。

 しばらく森の中を進み、ある場所で、動けなくなった。

 それ以上は、進めない。進んではいけないという感覚だ。というより、そこが、その場所だ。


 剣を構え、周囲を見回す。

 見た目には、ただの森だ。魔物の姿は、見当たらないように見える。

 しかし、感覚は、そこにいる、と告げている。


 とても静かだ。風の音も、鳥の鳴き声もしない。

 聞こえるのは、自分の呼吸と、心臓の鼓動だけ。


 突然、副長が叫んだ。

「抜刀!カルドラ!下がれ!」

 兵士達が武器を構え、下がれと指示を受けた班が場所を移動し始めたとき、いきなり数人の兵士が吹き飛んだ。

 木の枝が鞭のように動いたのだと気づいたのは、彼らが他の兵士の上に落ちた時だ。何本もの枝が、しなりながら襲い掛かってくる。その木のような魔物の周囲をよく見ると、下草が(しお)れ、周囲の木の葉も枯れかけていた。

 枝を切り落とそうとする兵士がいたが、刃が半分も通らず、そのまま投げ飛ばされている。弓兵が火矢を打ち込んでみたが、ほとんどが叩き落され、幹に届いたものもダメージになっているのか、よく分からない。

「枝を抑えろ!」

「一人では切れん!複数でかかれ!」

 怒声が飛び交い、振り回される枝を抑え込もうと兵士達が切りかかるが、ほとんどが逆に投げ飛ばされ、地面に叩きつけられている。中には、そのまま身動きが取れなくなる者も出始めた。

 見た目は節目だらけの枝のようだが、実際には木よりも弾力があり、一度では断ち切れない上に、刃を引き抜くにも力がいる。三人がかりで同時に切り付け、枝を切り落とすことに成功したところもあったが、その直後に、別の枝に吹き飛ばされている。

 切り落とされた枝は、すぐに傷が塞がるように切り口が盛り上がり、少しずつ長さを伸ばし始めた。

 同時に、周囲の木々の葉が急速に枯れ、幹や枝がしなだれていく。

 これは、確かに今までの魔物と違う。そもそもどこを攻撃すれば良いのか分からない。枝を切り落とし、幹を切り刻めばよいのだろうか。枝一本斬り落とすのにもこんなに苦戦しているのに。


 複数の兵士が、別の枝を切り落とすことに成功して歓声が上がる中、偶然に枝から振り落とされた兵士が、幹の近くに転がり落ちた。

 兵士はすぐに立ち上がり、幹に向かって戦闘斧を打ち込んだ。斧はあまり傷をつけることができずに跳ね返されたようだったが、兵士はなおも斧を振るった。

 すると、何かが軋むような音が響き、幹の根元がくぼんで、真っ暗な洞が口を開いた。すぐ傍の地面が波打ち、根のようなものが姿を現す。兵士は踏みとどまっていたが、そこへ、枝から振り落とされた別の兵士がぶつかった。さすがに耐えきれず、二人とも洞の中へと、落ちていく。悲鳴すら吸い込まれるように消えていくと、洞は閉じていき、斬られた枝が、みるみる再生していった。


努力が必ず報われるわけではないけれど、何もしなければ、何も変わらないんですよね。

彼女達の闘いは、始まったばかりです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ