闘争(2)
「魔物だ!」
兵士達が叫び、抜刀する。目の前に迫るそれらに向かって、剣を振り上げ、振り下げ、振り払う。手ごたえはあったが、血は流れず、黒い靄のようなものが、それらを覆った。
そこからは乱闘になった。至るところで人間の悲鳴と魔物の叫び声が上がる。
一体だけなら対処はさほど難しくないが、同時に飛びかかってくると、一体を斬り払う間に、別の個体に噛みつかれる。それを除けながら、剣を振るい続ける。
目の前の対処に必死なはずなのに、どこか冷静なところが頭の片隅に残っていて、少しだけ、テニスのようだと思った。違うのは、ボール(魔物)が、全てこちらに飛びかかってくるところだが。
隣にいた仲間に魔物が噛みついたのを、手でつかんで首元を刺すと、手の平に痛みが走った。確認している余裕がないので、そのまま動き続ける。二体まとめて薙ぎ払い、足元の個体を蹴り飛ばし、噛みついている個体をつかんで刺す。
どれくらい続いたか分からないが、概ね制圧できた時は、口の中がカラカラになっていて、立っているのもやっとだった。地面に倒れ、呻いている兵士もいるが、幸い死者はない。動ける兵士達は、残りの個体を殲滅するために歩き回っていた。
左手の平を見ると、黒い棘のようなものが何本か刺さっていた。既に、ほとんど靄のようになっていて、痛みは薄れている。直接つかむと、毛が棘になるのだろうか。ヤマアラシか。
野営地に戻ると、残っていた異民の仲間達は、傷だらけの私達を見て青ざめていたが、誰一人欠けることなく戻ったことに、安堵もしていた。
「なぜ、分かった?」
怪我の手当ても一段落した頃、副長に問われた。魔物の接近に気づいた理由を訊かれていることは分かったが、明確な答えは、自分の中にもなかった。
「・・・説明は、難しいです。」
どう言おうか考えたが、ちょうど良い言葉が見つからない。あの感覚は、私達にしか分からない。同じ異民でも、男の兵士は感じていなかったのだ。
「臭いのようなものを感じる、としか・・・」
「臭い?」
これが魔物の臭いならば、最初にあの不快感を感じた日、二人が消えた日、野営地の近くに魔物がいたということになる。よりによって、そんな時に、二人は野営地を離れてしまったのだ。身を守る手段を持たないまま。
そして、もう一つ分かったことは、私達は、魔物を感知することができるらしい、ということだ。
翌日以降、私達は順番で兵士の集団に組み入れられ、周辺を歩き回ることになった。それで初めて知ったのだが、この一団は、魔物の討伐隊だった。兵士達は、ここに拠点を置いて、街道周辺の魔物を探していたのだ。
詳しくは聞かなかったが、当初は、私達を囮にして討伐をする予定だったらしい。ならば、なぜ野営地に私達を置いたままにしていたかというと、単純に体力の問題だった。ここに来るまでの道中で、私達の体力のなさを見ていた兵士達が、探索の段階で連れ歩くことを嫌がったらしい。随分勝手な話だと腹は立ったが、それが異境の民に対する扱いだった。
私達が加わるようになって、一回の探索範囲は狭まったが、感度は上がったらしく、二回目の遭遇はすぐにやってきた。
前回のザワザワした不快感とともに、少し強い、わだかまった感覚がある。前回も遭遇した、赤目の魔物に続いて現れたのは、狼に似た魔物だった。体はくすんだ灰色で、三つの青い目を光らせ、口からはみ出る複数の牙があり、前足に鋭い爪がある。
共闘しているわけではないらしく、むしろ、赤目の魔物を追い払うように現れたように見えた。追われた黒い魔物達が飛びかかってくるのを、人間達がひたすら薙ぎ払う様子をじっと見てくる。ただ見ているのではなく、姿勢を低くしてゆっくり近づいてくる様は、明らかに狩りの体勢だ。
わずかな溜めの後、跳躍。前足の爪が、ぼんやりと青い燐光を発しているように見えた。
あれに触れてはいけない。単に深い傷ができるとかではなく、掠ってもいけない。そう直感した。
「よけて!」
それが向かう先にいる兵士に叫び、ちょうど突き刺していた黒い魔物を、それに向かって投げつける。兵士は、ギリギリのところでそれの爪から逃れた。
「爪には触れないで!」
もう一度叫び、飛びかかってくる赤目の魔物に剣を振るい続ける。両方に対応するのはきつい。兵士達は、爪に気を付けながら、槍で何とか狼型を抑えようとしていた。ところが、
「また来たぞ!」
最初の個体よりやや小ぶりの新手が二体、ゆっくりと、様子を窺うように近づいてきた。そして、同時に走り出し、左右から飛びかかってきた。
一体は、兵士の集団に突っ込んで悲鳴が上がる。もう一体は、横から勢いよく飛んできた石礫にひるんだ隙に、兵士が槍を突き立てた。ナイアラの投石だ。少し前から訓練に参加するようになっていた彼女は、昔、遊びで教わったという投石を練習していた。
新たな個体の出現で崩れてしまった態勢を整えなおそうとする間に、何人もの兵士が倒れ伏してしまう。赤目の魔物は、いつの間にかほとんど逃げ去っていた。
槍を持った兵士で一体ずつ囲み、隙をついて槍で突く。一度では倒れず、何度も円陣を崩され、怪我人を増やしながら、どうにか残った二体を制圧できた時、誰もが傷だらけで、口から泡を吹きながら痙攣している兵士もいた。あの青い爪に触れてしまったのだ。
「まさか、毒があるとは・・・なぜ分かったのだ?」
この班の班長に聞かれたが、私は口を開くのも大変で、
「・・・そう、見えたのです。」
と、掠れた声で答えるのがやっとだった。そういえば、後から来た二体の爪は、青くなかった。毒のある個体と、ない個体がいるようだ。
今回は、残念ながら、死者ゼロというわけにはいかなかった。




