ソウルフード
王都のお祝い気分が冷めやらない頃、官舎に戻るとツェイランの傍で何やら盛り上がっている一団があった。
いつもの化粧品かと思ったが、今日は違うようだ。
木のカップに入った何かを飲んでいて、とても幸せそうな顔をしている数人と、首を傾げているその他がいる。辺りには甘い香りが漂っていた。
「レイナ。お帰り。」
アーシがカップを持って駆け寄ってくる。アーシは最近、武器の扱い方や体術を本格的に習い始めて、官舎で過ごす時間が増えている。
「はい。レイナも。」
そう言ってカップをくれた。
「これは何?」
「マテチャモドキだって。」
「長い名前だね。」
木のカップには、てんこ盛りの枯れた葉っぱが詰め込まれて、木のストローのようなものが刺さっている。
「これ、飲めるの?」
「もうお湯入っているから、飲めるよ。」
お湯が葉っぱに埋もれて見えない。
ストローを啜ってみると、甘みのあるハーブティーのようなお湯が飲めた。
「ハーブティー?なんて言ったっけ?」
幸せそうな顔でその飲み物を啜っていたアンヘラが、それに答えた。
「マテ茶よ。似ているから、マテ茶もどき。」
聞いたことはある。飲んだことはないけれど。
「こんなところでマテ茶を飲めるなんて・・・モドキだけど。」
「好きなの?」
「当然!マテ茶は命よ!」
「え、そんなに?」
彼女と同じような顔で飲んでいた面々は、大きく頷いている。
ツェイランは苦笑いをした。
「今回のお祝いで、他の国からも人や物が集まってきたのよ。王様の結婚式なんて滅多にないからね。その中からいくつか持ってきたんだけど、これの匂いを嗅いだ途端、マテ茶だって大喜びしてね。私もお茶が飲みたいけど、チャノキがないからねえ。」
「ないの?」
「ないみたい。」
そう言われると、緑茶でも紅茶でも、慣れ親しんだ味が懐かしくなってくる。宰相の邸宅で出されたお茶も美味しかったけれど、私の知っているお茶とは違うものだったのだ。
元々、食にはそれほどこだわりがなくて、出されたものは味に関わらず食べるようにしていた。ここに来てからは、必要だから摂取している。ここの味付けだって悪くはない。シンプルで飽きてはくるが、慣れてもくる。ただ、故郷の味、ということに意識が向いてしまうと、急に欲しくなってくるものだ。
「あとはアサードがあれば!」
「あさーど?」
「アルヘンティーナの魂よ!」
「あら、うちだってそうよ。」
アンヘラが拳を握って力説する横で、別の隊員が反論している。そう言えば、彼女達は同じ地域の出身だ。といっても、かなり広範囲になるが。
アサードはいわゆるバーベキューだが、彼女達にとっては、料理であり、行事であり、生活に欠かせないものだったらしい。
アンヘラの国は、肉が主食と言ってもいいところだと聞いている。ここではお肉は貴重だから、とてもその料理は再現できない。神殿にいた時は肉そのものが全く手に入らなかったし、正規軍の頃は、たまに出てくれば良い方で、干し肉だって一般兵士には貴重だった。今も、時折鶏肉や豚肉を出すのが精々だ。街の食堂でも、固まりの牛肉などは庶民の口には入らない。だから、随分と我慢を強いられていると思う。
アンヘラの発言を契機に、今食べたい故郷の料理について、大いに盛り上がっている。聞いたことはあるけれど食べたことのないもの。初めて聞く名前で全く想像のつかないもの。色々だ。
それぞれにソウルフードがある。
私なら、お味噌汁だ。
故郷にいた頃は、当たり前すぎて何とも思っていなかった。好きな料理は他にあった。話題のスイーツを友達と食べに行くのを楽しんでもいた。けれど今、何を一番食べたいかと問われるなら、それだ。白いご飯とお味噌汁があれば、他には何もいらない。もっとも、ここでは無理な話だけれど。
「あと、これね。」
そう言って、ツェイランが壺を出した。中には、果物の蜜漬けが入っていた。この国は温暖なので、果物とナッツ類は、それほど不自由しない。ドライフルーツなども比較的手に入りやすい。けれど、蜜漬けはやはり高価だ。隊員達は歓声を上げて、久しぶりの甘味に舌鼓を打っている。
「どうしたの、これ?いいの?」
「ギルドからのお礼よ。」
「お礼?」
「ギルドがああいう形で婚礼の行事に関わるのは、いいアイデアだったわ。ただ旗を掲げるより、ずっと盛り上がるし、いい宣伝になったもの。」
「お礼を言いたいのはこちらもだ。飛竜がただ飛ぶより見栄えがしたし、ギルドで布を用意してくれたから、お金もかからなかったし。」
「ま、ウィンウィンってほほへ。」
蜜漬けを頬張りながら、とろけそうな顔でアンヘラが言うので、思わず皆で笑ってしまった。




