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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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祈り

 目が覚めた時、見覚えのない部屋にいたから少し混乱したが、すぐに、王城の一室で眠り込んでしまったのだと気が付いた。しかもドレスのままで。

 疲れがまだ残っているのか、頭の芯が重いし、少し胸焼けがする。喉が渇いて、水差しに残っていた水をカップに注いで、一息に飲み干した。一晩経ったせいか、味が少し変わった気がする。

 オリファとナイアラも長椅子で眠りこけていたが、窓から差し込む光が強くなってくると、もぞもぞと動き出した。


 小間使いも来てくれたので、ドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、お湯も用意してもらった。小さなバスタブではあるが、お湯を使えるのはさすが王城だ。さっぱりとして身支度を整えると、頭重感も軽くなったような気がした。


「ナイアラ。大丈夫?」

「うう・・・あたまいたい・・・」

「オリファは?」

「私は全然平気。さすが王城だね。高級なお酒は気分悪くならないわ。」

「お酒?」

「そうそう。美味しかったでしょ?ナイアラはお酒に弱いみたいだね。レーナは普段飲まないけど、実はいける口だね?」

「・・・え?お酒?これってお酒?」

「これは水だよ。・・・あれ?なんで水?」


 なんだかよく分からないが、昨日水だと思って飲んでいたのはお酒だったらしい。

 ナイアラはかなり辛そうだ。本当は今日の行事にも三人で参加した方が良いのだが、休ませたほうが良さそうだった。





 今日も町は朝からお祝い騒ぎだ。

 昨日は王都の各所でお酒が振る舞われた。今日はパンやお菓子が振る舞われるらしい。日中には、王城前の広場で行事が予定されている。


 魔物討伐部隊(ファリエン)の制服に袖を通し、髪をいつも通りに纏めると、連絡係の隊員と最後の打ち合わせをして会場に向かった。今日は、王妃の姉代わりではなく、魔物討伐部隊(ファリエン)総長として参加するのだ。

 会場には近衛隊や衛兵隊、正規兵の一団も待機していた。近衛隊長も会場にいて、隊士に何か指示をしている。こちらに気が付くと、なぜかじっと観察するような目を向けてきた。


「問題ないか。」

「ありません。準備は整っています。」

「副長は一人なのか?」

「準備の方に行っています。」


 二日酔いです、とは間違っても言えない。

 自分も少しばかり気分が悪いということも、ましてその原因がお酒ということも、絶対に言えない。





 国王夫妻が広場に面したテラスに姿を現すと、門の外に詰めかけた民衆から歓声が上がった。

 一応、門は開かれているが、一般人は中に入れない。外に勝手に櫓を組んで、衛兵に注意されている一団がいたり、王城の塀によじ登っている人もいるが、今日はだいぶ大目に見られている。近くの建物は、窓という窓に人の姿があり、屋根の上にまで上がっている人達がいた。


 角笛が鳴らされ、正装をして騎馬に跨った近衛騎士達が門内の広場に入ってきた。整列すると、一斉に剣を引き抜き、体の正面に掲げる。柄を握る拳を胸の前に置き、剣は顔の真正面をまっすぐに伸びる。これが敬礼の原型だ。剣を持たない時でも、これを再現するために、拳を胸の前に置く。

 騎士達が一糸乱れぬ動きで自在に馬を操る様は、壮観だ。ステップを踏むような足踏みをしたかと思えば、スキップのような動きをしたり、互いに交差するような動きをしたり。まるでダンスをさせているようで、観衆は大いに沸いていた。

 テラスの国王夫妻も、王城から眺めている貴族達も満足顔だ。彼らにすれば、できて当然の技なのかもしれないが、さすが、と言うべきだ。

 再び敬礼をして騎士達が退場すると、また角笛が鳴らされた。


 リールを通して、待機していた隊員に呼びかけて間もなく、上空にいくつもの影が現れた。当初騒めいた観衆は、すぐにどよめきの声を上げた。

 複数の飛竜が上空を舞っている。それぞれが細長い布をつけていて、それぞれの布には大きな文様が描かれている。様々な色の布をひらめかせながら飛竜が動きを変えると、布が形作る模様も変化していく。ちょっとした万華鏡だ。元の世界にあったような航空ショーほど派手ではないが、そもそも、ここの人達は空中で行われる見世物など見たことがない。高度を変えたり、時々入れ替わったり、模様が次々変わっていくのを、上空を見上げる人々は歓声を上げて眺めている。

 布に描かれた文様は、王都にある商業ギルドの紋章だ。布は、それぞれのギルドが用意した。ツェイランが呼びかけてくれたおかげで、元手金はほとんどかかっていない。ギルドからすれば、王家の慶事に積極的に祝意を示した宣伝になる。この後はしばらくギルドに飾られるだろう。


 飛竜達が去っていき、広場が興奮の余韻に騒めく中、正規軍の一団が門内の広場を埋め、総司令官がその前に立った。

 角笛が鳴らされ、それに呼応するように、街中と、王都を囲む城壁からも角笛が聞こえてくる。

 音が止むと、広場は何かを待つように静かになった。

 総司令官が進み出て、テラスの国王夫妻に敬礼を行う。剣を携えた正式なものだ。壮年を少し超えた総司令官は、体格も逞しいが、声も大きい。顔の正面に構えていた剣を高々と差し上げると、大きく声を張り上げた。


「国王陛下に、風の大神の祝福を!」

「祝福あれ!!」

 総司令官に続き、広場に集まった全ての正規兵や近衛騎士や民衆が叫ぶ。

「王妃殿下に、地母神の祝福を!」

「祝福あれ!!」

 天と地の神が夫妻に祝福を与えることを祈り、ひいては王家が、そしてこの国が繫栄することを願う。

「王家に、栄光あれ!」

「栄光あれ!」

「栄光あれ!!」

「栄光あれ!!!」


 その声は、広場に留まらず、町中に待機している正規兵や、城壁に居並ぶ兵士達、そして王都の民を巻き込んで、大気を震わすほどの響きとなった。






「リール。今日はありがとう。」

 飛竜の待機場所になっている森に行くと、他の飛竜はほとんど帰った後だった。ほんのお礼代わりの鳥の丸焼きを渡すと、あっという間に平らげる。


 メインの行事は終了したが、街の中は大道芸人や振る舞い酒で、まだまだ騒がしい。王城では、この後、他国の大使も交えた晩餐会がある。出席できる者は限られているから、そこには参加しなくてもよい。見物に行く貴族は大勢いそうだが。


 今日の行事のクライマックスと言えるのは、あの大音声の祝福と繁栄の祈りだ。ほとんどの兵士や民衆は、高揚した気分の中で、心からの思いを口にしていたし、それ以外の意味があるとは思っていない。

 しかし、一部の人間にとっては、示威行動も兼ねていた。周辺各国の大使を始め、他国の貴族も見ているのだ。異境の民を王妃としたことで侮る国も、友好を装って常に隙を探している国もある。そうした国に対して、王家と民の一体感を見せ、圧迫感を与えるという、隠れた意図があった。飛竜が王都の上空を飛ぶ許可があっさり下りたのも、そのためだ。他国には、ファリエンに相当する組織はないし、魔物を操る存在もない。初めて見る光景に、彼らは度肝を抜かれたことだろう。


「人間が大勢いる中に引き出して、悪かったね。皆、気分を悪くしてない?」

 リールは首を傾けてゆっくり瞬きをしている。感覚でやり取りできるから、本当は言葉にしなくても伝わる。思わず呟いてしまうのは、その方が私が話しやすいからだ。

<大丈夫。それなりに、楽しい。>

「そう、良かった。」


 一つ、肩の荷が下りた。目下の重要な任務をやり遂げた。その安心感とともに、一抹の寂しさと、微かな不安が残る。

 別にエレナの保護者ではないし、本当の家族ではないから、そんな感情はおかしいのかもしれない。それでも彼女は、生死を共にしてきた仲間だ。幸福を願うのは当然だろう。


「エレナの相方は、怒ってない?」

<あの子が、喜んでいる。我らも、嬉しい。>


 エレナが葛藤の中で苦しんでいた時は、飛竜達も心配をしたり、怒ったりしていた。特にエレナの契約竜は、人間への不信感を高めて憮然としていたものだ。


<お前は・・・?>

「私?・・・私が、何?」


 この感覚は、よく分からない。何か、モヤモヤしている。

 もしかしたら、私がまだこの結婚に反対していると感じているのだろうか。リールのところに来る前に、神殿の墓所へ行っていたから。

 報告に行ったのだ。死んだ仲間達のところへ。

 ほんの数か月前まで、こんな日が来るとは予想もしていなかった。彼女達が知ったら、驚くはずだ。でも、答えが返ってくることはない。ヘザーがもし知ったとしたら、何と言うだろうか。


「私は、嬉しいよ。そりゃあ、心配もあるけれど。」

 エレナは王城の住人となった。その身の安全は、女官長や、近衛隊に委ねるしかない。彼らは、務めを怠りはしないだろう。

「大丈夫。エレナは、アルタイアのようには、ならないよ。」

<・・・・・>


 リールは反応を返さなかったけれど、モヤモヤの度合いは、強くなったような気がした。


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