宴の後
国王夫妻が退出した後も祝宴の舞踏会は続き、リーズシャウデン侯爵夫妻が退出したタイミングに合わせて、私達も控室に戻った。それでも夜は大分更けていて、小間使いの人達も休んでいた。
借り物の装飾品だけは、慎重に取り外して入れ物にしまったが、その後は、ドレスのまま長椅子に座り込んでしまった。
慣れないことをしたのと緊張とで、とても疲れた。全方向から誰かに見られて数時間も過ごす経験など、これ一度で沢山だ。
一度ならず、他国の貴族が近づいてきたりして、無難に追い払うのに苦労した。侯爵家の人が気付いて助けに来てくれたこともあったが、一人で対応しなければならない場面もあったのだ。彼らは当然、私とエレナの関係を知っている。利用できないかという下心は見え見えだ。
「いいものあったよ。」
オリファが嬉しそうに、水差しを持ってきた。
「さすが王宮だね。美味しいものがある。」
そう言って、カップにたっぷり水を注ぐ。喉が渇いていたので助かった。会場には、お酒はあったが、いわゆるノンアルコールはほとんどなかったのだ。
私はお酒は飲まない。ここに来たとき未成年だったのもあるし、お酒の味が良く分からないのもあるが、酔って仕事に支障が出ると困る、というのが一番大きい。
半分ほど一気に飲み干すと、仄かな香りがついていて、スッキリしていて美味しい。レモン水とも違うようだが、飲みやすい。
「本当だ。美味しい。」
「でしょう?」
残りはゆっくり飲みながら、祝宴の感想を話し合った。エレナの様子は、隊の皆にも後でしっかり伝えなければならない。レースが好評だったことを伝えれば、きっと皆も喜ぶだろう。オリファとナイアラは、隣接した小部屋にもちょくちょく出入りして、用意された食べ物や飲み物もそれなりに楽しんだらしい。
そのうちに疲れが出てきたのか、ナイアラは眠り込んでしまった。
少し暑くなってきたので、風に当たろうと部屋を出た。少し行ったところが大階段の踊り場で、庭の見える回廊があったはずだ。
廊下の壁には等間隔に明かりが灯されているが、少し薄暗い。
さっきまで舞踏会場にいたせいか、頭の中で一つの曲がループしている。ここの曲ではない。哀愁を帯びた、もの悲しいワルツ。確か、映画で使われていたものだ。誰もいないのをいいことに、そのメロディーを口ずさみながら、適当なステップを踏んでみる。
なんだかとても、気分がいい。
体がフワフワとして、雲の上を歩いているようだ。
薄暗い廊下は、光が滲むようで、見上げる天井は、ぼんやりした影に覆われている。踊り場の天井は高く、掘り込まれた彫刻が、揺らぐ明かりの陰で踊っている。踊り場から見える庭は、所々に松明の光が見えていて、幻想的だ。
回廊の柱にしがみついて腰壁によじ登ると、いつもより視界が高くなって、より気分がいい。このまま踏み出したら、飛べるのではないだろうか。
柱に凭れながら見上げる空には、無数の煌めきがある。ここの夜は暗いけれど、その分、星は良く見えるのだ。
石の柱は、ひんやりして気持ちがいい。そう感じながらその場に座り込むと、急激に眠気が襲ってきた。
そうして意識は、闇に落ちた。
「おい。」
腕の中ですやすやと眠るこれをどうしたものかと、束の間リオディスは考えた。
微かな歌声が聞こえた気がして来てみたのだが、青いドレスの女性が、覚束ない足取りで歩いているのが見えた。そのドレスは見覚えがある。女性は何かの歌を口ずさみながら、天井を見上げてぐるりと回ってみたり、右に左にと振れながら、回廊を囲む柱にしがみついた。
回廊の周りには膝より高い壁があり、そこに腰かけても、更に外側にもう一段高い壁があって、転落しないようになっている。そこにわざわざよじ登って、庭の方に手を伸ばそうとするものだから、さすがに危険だと思って引き戻しに来たのだが。
「起きろ。」
体を引こうとした途端、へたり込むように気を失ったので、慌てて抱え込んだが、どうやらただ眠っただけのようだ。以前にも塔から飛び降りようとしたことがあるが、そういう癖でもあるのか。あの時ほどではないが、この高さから庭に落ちれば、良くても骨折くらいはする。
「酔っているのか?」
珍しいことだ。遠征先で他の兵士達が酒宴を上げている時も、彼女が酒を口にしたところは見たことがない。祝宴の会場でも、一口も口にしていなかったはずだが。
さて、どうしたものか。
この季節、夜はさすがに冷える。手袋は既に外していて、肩を覆うだけの袖なしドレスでは、風邪を引くだろう。それ以前に、眠り込んでしまった女性を、こんなところに放置していくわけにはいかない。魔物討伐部隊総長なら、尚更だ。
「レーナ。」
呼びかけてみても、全く起きる気配はない。
仕方がない。
体を抱え上げ、彼女達が控室にしていたはずの部屋に向かう。完全に意識を手放しているから、決して軽くはない。だが、幼子が信頼のおける大人に対してするように、全てを委ねられているのが、不思議な感じがした。
廊下の明かりは全てを照らすほどには明るくはなく、わだかまる陰を抱えている。影と光が交互に落ちかかる中、揺らめく灯に照らされる顔は、子供のように無邪気で柔らかい。
部屋のドアは開けっ放しになっていて、中の明かりも灯されたままだった。二人の副長は既に長椅子に横になったまま眠っている。適当な布やクッションにくるまっており、一人は顔が埋もれていた。
空いている長椅子にレーナを下ろして室内を見回していると、テーブルの上の水差しが目に入った。中身を確認して、大きく溜め息をつく。
「これを飲んだのか。」
口当たりは良いが、これは強い酒だ。水と間違えて普通のカップで飲んだのなら、酔い潰れて当たり前だ。
「これでは、明日に差し障るな。」
明日も婚礼の行事は続くのだ。魔物討伐部隊総長が二日酔いでは、目も当てられない。
酒の入った水差しを回収したリオディスは、しばらくして、別の水差しとカップを手に戻ってきた。
酔い覚まし薬を溶いた水を、匙で口に少し流し込むと、レーナは顔を顰めながら飲み込んだ。むせないように、上体を起こして少しずつ飲ませてやる。これでも起きないのだから、無防備なことこの上ない。常に緊張感を纏っている日頃の彼女からは、想像もつかない姿だ。
「これが戦場なら、死んでいるぞ。」
口の端からこぼれる水を拭ってやりながら呟く。あまり怒る気になれないのは、穏やかな寝顔のせいだ。これも、日頃の彼女からは想像がつきにくい。
祝宴の広間で見せた彼女の微笑みには、リオディスも衝撃を受けた。
出会ってから今まで、彼の知るレーナは、常に厳しい表情をして、常に何かを警戒して、油断なく身構えていた。仲間にはもう少し柔らかい表情も見せていたのかもしれないが、外部の者がそれを垣間見ることはない。それが、あれほど温かく笑うことが出来るとは。
彼女が、世間で言われるような、冷たい心の持ち主でないことは知っている。仲間の死に涙する姿も、魔物の襲撃で親を亡くした子供を慰める姿も、見てきたのだから。
もしかしたら、あれが本当のレーナなのかもしれない。本来なら、あのように、穏やかに笑って生きていたのかもしれない。
そう思うと、心の奥底に、小さな棘が刺さったような痛みを覚えた。
*注意*
真似をしないでください
1.酔っぱらって、どこかにダイブしてはいけません。ほぼ確実に怪我をします。
2.酔っぱらって、その辺に寝てしまってはいけません。高確率でトラブルに会います。
厳に慎みましょう!




