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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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特訓(2)

 マインス伯爵夫人は、先代の王妃にも侍女として仕えており、宮廷の作法には詳しい。大貴族の子女を教育することもあったし、国王にとっても、作法の先生だった。

 この度、王妃内定者の教育係となったのだが、彼女は、今までの生徒とは、基本的なところが異なっていた。

 この国の貴族階級であれば、夫人が教えなくとも、前提として身についていることを、彼女は知らないのだ。元は貴族だったというだけあり、品位や育ちの良さは感じ取れるが、この国の作法に明るいわけではない。しかも、姉代わりとされる三人の女性も生徒に加わることになった。


 マインス伯爵夫人から見て、エレナとレーナは優秀な生徒だった。特にエレナは、基本が似ているのか、苦も無く習得していく。

 レーナは、初め、慣れない動作に苦労していた。兵士のような、素早い角ばった動きの癖が抜けなかったのだ。しかし元来呑み込みは早く、しかも大いにやる気に満ちていた。教えたことをどんどん吸収していくのが嬉しくて、本来必須ではなかった座学の方も教えてみたのだが、これも良く吸収していく。

 他の二人も良くやっていると思うが、職務で抜けることもあり、レーナほどには身についていない。

 本来は兵士である三人が、淑女の作法を身に着けるのは大変なことであると、夫人も分かってはいる。普段は兵士として振舞い、必要な時は淑女として振舞う。この使い分けは難しいだろう。

 しかし、妥協は出来ない。夫人の役割は、本番までに、エレナの王妃教育を終え、他の三人を貴婦人に仕上げることなのだ。


 二か月半が過ぎ、基本動作は全員が身に着けることが出来た。

 エレナの仕上がりには満足している。座学の方はまだまだ修養が必要だが、元々長い時間をかけて学んでいくべきものだ。

 レーナも、基本はマスターしたと言えるのだが、残念なのは表情だ。当初は、まるで戦闘訓練に臨む兵士そのものだった。所作だけ出来ても、これでは周囲を威圧してしまって、とても淑女とは言えない。柔らかい笑顔を求めたいところではあるが、ようやく最近は、威圧感を感じさせない無表情にまで改善したので、これで良しとしなければならないかもしれない。

 彼女は王と同年の二十歳。まだ若いのだし、微笑んでみればきっと素敵だろうに、と思うと残念ではある。  





 最も日差しの強い時期を過ぎ、実りの時期が近付いてきた。

「女官長殿。」

「ファリエン総長殿。」

 挨拶をすると、女官長も返してくれた。

 女官長は、王が即位する前から、王の身辺を取り仕切ってきた。母君を早くに亡くされた王にとっては、母親代わりとも言える。表情の変化には乏しい方だが、王に対しても、婚約者となったエレナに対しても、細やかに気を使っているのが分かる。


「お世話になります。」


 女官長のレンヒルト侯爵夫人は、本来、王と王妃の支度に集中しなければならない。が、着付けも化粧も一人で出来ない私達の為に、人手を()いてくれることになっていた。本当は自分達で出来るようにすべきなのだろうが、最も格式の高い場で、不慣れなことをして僅かな間違いがあっても困る。是非ともお手伝いさせて頂きたい、と言ってもらえたことは、とてもありがたいことだった。

 その申し出の真意は、場に適さない仕上がりになったら、恥をかくのは王と王妃なので、自分達でどうにかしようと思わないように、ということだろうが、そこは全面的に同意する。

 その為の下準備として、この三か月の間、指示された通りに肌と髪の手入れをすることになったのは、少しばかり面倒ではあったが。


「ファリエンの方々には、エレナ様のお衣装をお手伝い頂いておりますし、皆様のお仕度も、お式を滞りなく進めるのに必要なことですから。」


 エレナの衣装は、基本的に王城の侍女や衣装係が準備をしているが、避難者の女性達が、感謝の印を捧げたいと、レース講座の面々と共に、張り切って準備に携わっていた。

 エレナと王の婚姻が決まる少し前に、城壁外にいた避難者達には、国からの救済が届くようになった。村の再建も進み、戻ることの出来た人達も、街で安定した職を得られるようになった人達もいる。エレナから、彼らの実情を聞いた王が、救済を命じたからだ。


「エレナの、いえ、エレナ様のこと、細やかにお心配りいただき、感謝申し上げます。姉代わりなどと言うのはおこがましいのですが、大切な友ではありますので、皆様が温かくして下さるのは、嬉しいことです。」


 エレナと、彼女付になるはずの侍女達は、既に何度も顔を合わせているようだが、すっかり打ち解けているように見える。貴族出身のはずの侍女達に、異境の民であるエレナを軽んじる気配はなく、これは女官長の教育が行き届いているためと思われた。

 しかし、女官長は表情を緩めると、柔らかい声で、

「それはエレナ様のご人徳です。」

と言った。

「エレナ様は、下働きの者も含めたこの城の者達の心を、既に掴んでおいでです。」


 高位の貴族は、往々にして下の者に意識を向けない。侍女や侍従より下の使用人達は、人間とはみなさない。視界に入ることすら許さない人もいるらしい。その中にあって、目が合えば挨拶をし、進んで(いたわ)りの言葉をかけるエレナは、かなり珍しい主だ。彼女の育った環境では、それが当たり前のことだった。そしてここでは、それが好意的に受け止められたのだ。


「皆様のお衣装は、こちらでお預かりいたします。」

 本縫いを済ませた衣装を、管理に慣れた人達が預かってくれるというのは、ありがたい限りである。

 この衣装も、一悶着あった。初めに衣装問題に気付いたのは、オリファだった。私自身は、全く失念していたが、姉代わりとして参加するなら、制服で出るわけにはいかないのだ。

 ドレスなどというものを、持っているはずがない。王の婚儀のお祝いの席に、適当なもので済ませるわけにもいかない。ツェイランに聞いてみたが、今まで使わずに貯めていた給料でも足りないと分かって青くなった。

 しかし、周囲には織り込み済みのことだったらしく、エレナが養女となった侯爵家が用意してくれることになった。装飾品まで貸して頂けるというのである。エレナの支度だけでも大変なはずなのに、まったくもって頭が上がらない。




 作法の方は、ようやく合格点を頂けるようになった。

 マインス伯爵夫人が懐かしそうに仰るには、近衛隊長が正式に従卒として王城に出入りするようになった頃、作法全般を教えたのは夫人だったそうだ。

「あの方も覚えが早くて、言葉遣いも立ち居振る舞いも舞踏も、すぐに習得されたのですよ。始めたのが通常より遅かったですからね、厳しめにお教えしたのですが。近衛隊長の従卒となるには、それなりの素養が必要となりますからね。当時の隊長のお話では、剣術もみるみる上達されて、座学の習得も早かったとか。今では立派な隊長殿におなりで、先代もさぞお喜びでしょう。」

と嬉しそうに話して頂いたのだが、道理で、と納得するところがあった。


 初登城を控えた頃、式次第の順番から臣従の礼の取り方、口上の一言一句まで、事細かく指示したのはあの人だった。夫人の指導を受けながら、似たものを感じていたのだが、あの人の先生なら納得だ。おかげであの時は、滞りなく任命式を終えることが出来たのだが、練習の時に幾分苛ついた気分になったのは一度や二度ではなかった、ということも、思い出していた。


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